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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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養子

 それから少しだけ時間が過ぎて、僕も嫌な人たちを追い出したという記憶も薄れかけた頃、領主様からの呼び出しを受けた。 僕とルーミエに「領主館に来い」というだけの呼び出しだ。

 大体、領主様には世話になっているけど、呼び出されて良かったことなんて無い気がする。 いや、そんなことはないか、結果としては良い事になったことはあるけど、いや、そういうのばっかだけど、いつもいつもいつも、何だか面倒なことを押し付けられている気がするんだよなぁ。

 僕はそんな風に思ってしまうのだけど、ルーミエは違うようだ。


 「そんなことないよ。

  領主様はいつでも私たちのことを考えてくれて、私たちに良いように考えてくれている。 確かに面倒だなと思うこともあるけど、後から考えてみれば、みんな私たちのためを考えていてくれたんだって分かるもの」


 ま、確かにそうなんだけど、それだけじゃない気もするんだよな。 なんていうか面白がっているとか、楽しんでいるとか。 領主様だけじゃなくて、領主様の周りの文官の人なんかもそんな感じがあるんだよね。 最初に町までの道を、毎日魔力が尽きてクタクタになるまで働かされて、作らされたのを、ルーミエは忘れてしまったのだろうか。 ま、確かに道を整備したことは、後からはとても役に立ったのだけどさ。 全てがそんな調子だよ。


 「他領から来た移住者が迷惑をかけたみたいだな。 すまなかった」


 えっ、領主様に謝られてしまったよ。 ちょっと想像していなかったことだったので、僕とルーミエは驚いてあたふたしてしまった。


 「いえ、領主様が謝るようなことではないですから」

 「うん、あの人たちがちょっと勘違いしていただけだから」


 「まあ、そう言ってくれるなら、謝るのはお終いだ。 俺に謝られても、お前たちもどうして良いか困るだろうからな」


 ニヤニヤ笑いながらそんなことを言うのなら、それはいつもの調子の領主様だと思うのだけど、今回はそんな調子ではなく、少し困っている感じだ。


 「担当した者も、元々糸クモの布の生産に関わっていた者たちだと知って、お前たちの助けになるかと思って、お前たちの村を斡旋したのだろう。 悪く思わないでやってくれ」


 「いえ、悪く思うなんてことはありません。

  それに僕は、周りの人たちとの認識の差を改めて考えることが出来ました」


 領主様はどういうことかな、と考える顔をして、無言で僕の続きの言葉を待った。


 「僕らは糸クモさんはデーモンスパイダーだと知ってはいても、僕らの飼っている糸クモさんは糸クモさんで、危険があるなんて全く考えていないのです。

  でも、他の人にしてみれば、糸クモさんはあくまでデーモンスパイダーで、とても怖ろしく感じるモノだった」


 「私たちも最初はデーモンスパイダーだと思って、凄く怖かったのだけど、アリーは普通に接して、私たちも一緒に世話していたら、アリーの言う通り、怖くないことが解って、糸クモさんも村のために田畑の虫も取ってくれるし、近くに糸クモさんがいるのは普通になっていたんです。 でも、あの人たちには違った」


 「僕も普通の人や冒険者がデーモンスパイダーを怖がるのは解るんです。

  でもあの人たちは、アリーの亡くなった両親たちと同じように、仕事として糸クモさんに日常的に接していた人たちです。 だから僕は、あの人たちはアリーと同じように糸クモさんと接するのだろう、と考えていたから、問題が起きてしまうまで、何も考えていなかったというか、気付いていなかったんです」


 「私も、あの人たちが、アリーとは全く違う考えの人たちで、私たちのやり方を認められなくて、アリーに対して高圧的に要求をしてくるとか考えてもいなかった」


 「俺はデーモンスパイダー、糸クモさんの飼育とか全く知らないのだが、そんなに違うのか」


 「うん、違うみたいなの。 あの人たちの飼い方だと、厳重に糸クモさんを密閉した場所で飼っていて、大きくなり過ぎると荒野に箱で連れて行って放すらしい。 そんなところで放されたら、いくら強い糸クモさんでも餌になる木の葉がないから生きていけないのに」


 「アリーは特にですけど、アリーだけじゃなく、僕らの村には何人か、糸クモさんの言っていることまでいかないですけど、気持ちみたいなことが分かる者もいて、余計に糸クモさんが危険な存在ではなくなっているのですけど、彼らにはそういった存在はいなかったみたいです。

  それも僕たちと糸クモさんの接し方が全く違う理由かもしれません」


 「ま、お前らのところには変な能力が目覚める奴がいるよな。 俺が飼育を任せて、今ではお前らの村の収入源の一つにもなっている鳥の気持ちも分かる奴がいると言ってたな。

  違いが出るのは仕方ないかも知れないな」


 やっと何だかいつもの調子の領主様になってきたようだ。 本気とも冗談ともいえない口調で僕らを揶揄う調子だ。


 「しかし、自分たちのやり方を移住して、受け入れてもらった先でも強要しようとしたとは、ちょっと驚きだな。

  お前たちが、あいつらの移住を拒否したのは当然だろう」


 僕は事前に担当の人と話した上で、退去を命じたので、問題になることはないと思っていたけど、それでも気にはなっていた。 もう忘れかけていたけど。 領主様からお墨付きをもらうことになって、やっぱりとても安心した気分になった。


 「それでもお前、あいつらは退去を命じられた時、脅してきたのだと聞いたぞ。

  儂は、それには肝が冷えたぞ。

  お前はともかく、一緒にその場にいたウィリーとウォルフはよく踏み止まったな。

  何しろお前らには、盗賊を鏖殺した前があるからな。 下手したら、あいつらもそうなっておかしくない状況だからな」


 「うん、許せない奴ら。 ウォルフとウィリーは優しい」


 何、ルーミエ、さりげなく恐ろしいこと言っているぞ。


 「まあそうだな。 もしあの2人がそこで馬鹿なことをしようとした者を斬り殺していても、儂としては自衛の範囲のことで、文句を付けようとも思わないが、血が流れない方が良いには決まっている」


 あ、そうか、僕は簡単に流してしまっていたけど、僕は何の脅威も感じてなかったけど、あいつらが僕らを脅してでも自分の要求を通そうとしたり、退去する時に特別扱いを望んで、それを強要しようとしたことは、僕以外の者にとっては、盗賊と同じように自分たちが苦労して得た成果を横取りしようとする行為だったんだ。

 自分たちの生活を守るために、みんなはそういう事は断じて許さない。 即座に反撃して当然の行為だったのだ。

 僕はウィリーが威圧して、逆に脅すような言動をとったのは、実は少しやり過ぎに感じていたのだけど、それは他のみんなにとっては、かなり優しい対応だったんだ。

 そして領主様もそれを当然に考えている。


 僕は盗賊を殲滅した時にも考えたが、今回もその辺のみんなとの認識の差を考えなければならないと思った。 領主様の一人称が俺ではなく儂だったので、個人ではなく領主としての判断でもあるのだろうし。


 「しかしまあ、お前らのところに行く奴は、どうも問題を起こす奴が出てくるな」


 「それは仕方ないと思います。

  成人という年齢にもう何人かはなりましたが、シスターとミランダさん、それにキイロさんを除けば、村の主要メンバーはみんなまだ子どもに近い訳ですから、他から来た人にとっては、良い悪いは別として、自分が上に立って物事を進める方が良いだろうと考えても不思議ではありません。

  でも僕たちは、1から村を作ったという自負がありますから、後から来てそういった上から目線の言葉は、対処に困るだけで受け入れられません」


 「まあ、それは当然だな。 俺だってお前ら以上に上手く村作りが出来たかというと、無理な気がするからな。

  今まで色々考えた上で、色々試した上で、今やっていることを方法を、後から来てちょっと見ただけで、それに対して何か言われたら、『はいそうですか』にはならんし、不愉快にもなるよな。

  言ってきた奴は『何故、大人の言うことが聞けない』と変に腹を立てたりもする。

  上手くいく訳はないわな」


 「はい、そういった感じです」


 ま、これは仕方のないことだ。

 元々、僕たち数人が暮らしていける場を作ろうとしただけのところに、領主様の肝煎りで孤児院の卒院生を受け入れることになっただけの村なのだ。 村民がみんな若い、いや半分子どもなのは当然のことだ。


 「それでもこの領内からお前らの村に行った者とかは問題にはなっていないだろ。

  それはどうしてだと思う?」


 「それはシスターもいるし、フランソワちゃんもいる。

  領内から来た人は、ナリートや私のことも知っている人も多い。

  だからだと思う」


 「そうだな、ルーミエ、俺もそうだと思うぞ。

  とはいえ、お前らの村の主要人物で最も年長のカトリーヌだって、まだまだ若造と言われる年齢だ。 フランソワはお前らと変わらん。

  それでも年長の者でも、カトリーヌやフランソワの言うことは聞く。

  これは何故だと思う?」


 「それはシスターは聖女として有名だし、フランソワちゃんは農業の神様みたいに思われているから」


 「その通りだ。 良く解っているな、ルーミエ。

  その2人と比べると、これは隠しているということもあるのだが、お前たちの実力は人に知られていない。

  それでもルーミエはカトリーヌと共に色々な場所を回ったが、カトリーヌのお供という風に思われていただろう。

  ナリートなんて、せいぜい領館で働いていた子どもくらいのことだろう。

  もちろんお前たちをよく知っている者たちの認識は違うが、領民の多くの認識はそんなところだ」


 まあ、それはそうだよな。 ルーミエはとても珍しい[職業]聖女だったから、そのことを隠すことに、僕たちだけでなくシスターをはじめとする周りも腐心した。 僕も知られていない[職業]だったし、変な記憶があったりもするから、自分でも周りの人と違って不審なことを言ったりすると思うから、身近な人以外にはそういうところを見せないように気をつけていた。

 だから周りから目立たないように、意図的に気をつけていたから、よく知らない人たちの認識がその程度なのは当然のことだ。


 「ということで、普通なら代官の前だともう少し畏まるものなのだが、お前に対しては舐めた口を聞く者が出るという訳だ。

  代官といっても、単に領主の館に居たから、便利使いに任命されたのだろうと、自分に都合が良いように考えるということだ」


 そうなのか、僕は子どもだからと脅されただけでなく、それ以前から代官という役目に対して舐められた態度を取られていたのか。 言われるまで気づいてもいなかった。


 ここで領主様は一旦、さっきからなんとなく手の中で弄んでいたカップの、もう冷めてしまっているお茶を飲んで、そのカップを少し乱暴な調子で机に置いた。 僕は、もっと丁寧に扱えよ。 ちゃんと皿の上に置けよ、なんて、その様子を見て思った。 全くもう、こういうところが「貴族らしくない」と言われるんだ。


 「お前たちのことを知っている者の間だったり、村の中でなら、お前たちの言動はみんなにきちんと重要視される。

  だけど、他所から来た者たちは、村のトップであるお前たち2人の言動をちっとも重視しないというか軽視する。

  そのギャップが問題の根本なのだということは理解できるな」


 ま、領主様の言っていることは理解できるけど、急に歳を取れる訳でもないし、ルーミエの[職業]を公にしたり、僕らのレベルを公開したりするのも違うと思う。 つまり原因が分かっても、急にどうにかできることではないということだ。


 「そこでだ、儂がお前たち2人に、周りが決して無視できない箔をつけてやろうと思う。

  この上でお前たちを軽視するような発言や態度をする者は、儂に喧嘩を売るような者だからな」


 えっ、どういうこと。 僕とルーミエは訳が分からず、ポカンとした顔をしていたと思う。

 領主様は少し怒ったような、厳しい顔をして言った。


 「ナリート、ルーミエ、お前たち2人を儂の養子とする」


 領主様は「ふう」と息を吐くと、やり終えたという感じで、椅子の背もたれにもたれかかった。


 えっ、どういうこと。 さっきからハテナマークが周りを飛び回っている感じだったのだけど、なんとか思考を回転させる。


 「僕たちを領主様の子どもにするということですか。

  確かにそうなれば、僕やルーミエに対して舐めた態度をする者は、領主様に喧嘩を売っていることになりますけど。

  箔が付くなんてもんじゃないじゃないですか。 そんなこと簡単に決めて良い話じゃないじゃないですか」


 「なんだ、ナリートは俺の子になるのは嫌か?」


 「嫌じゃないです。 そんな風にしていただく程、思っていただけていたなんて、とても嬉しいです」


 「私も領主様が私のお父さんになってくれるなら、すごく嬉しい。

  アリーは、亡くなってしまったけど両親の思い出があって、すごく羨ましかった。

  領主様がお父さんになってくれたら、今までの領主様との思い出も全部お父さんとの思い出になる。 そうなったらとても嬉しい」


 自分のこととしては、感情がついていかなくて、まだ何も感じていなかったのだけど、ルーミエの言葉を聞いたら、何だか分からないけど、胸がグッと詰まった。 あ、なんかやばいと思ったのだけど、ルーミエと顔を見合わせたら急に感情が溢れてきてしまって、2人して大泣きしてしまった。 僕もルーミエももうすぐ成人となる年齢だというのに、幼い子どものような大泣きだ。 いつ以来だろう、こんなに泣いたのは、それも嬉し泣きだ。


 「取り消す、なんて言わないですよね」


 「ああ、そんなことは決して言わないぞ」


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