見えた大問題
僕たちは休憩するはずが、一生懸命傷薬が作れる草の採取をしてしまった。
まあでも、僕はそれでも力を使った疲れは取れた気がするけど、ルーミエはどうなのかな、と僕は思った。
でもとりあえず、この場から離れて次の目的地に向かうことにした。
そんなに時間がないからね。
「ナリート、今度はどこに行くの?」
「林の中を流れている川だよ。
とった蔦を石で叩いて、それから川の水で洗ったり、浸けて置いたりするんだ。
そうすると綺麗な糸みたいなのが取れるんだ。
この袋は、その糸で作ったんだよ。
それからもう一つ、良いことがあるから」
僕はそうルーミエに言いながら、手をつないで林の中を川に向かうのだが、やっぱり思ったとおり、ルーミエは休めていなかったようで、僕はルーミエに合わせてゆっくり動いているつもりなのだけど、すぐに遅れるようになった。
それでもなんとか川の側までやって来た。
僕たちは川の見える場所で一度立ち止まる。
「ナリート、あの丸くて、ちょっと透き通っていて、ぷよぷよしてるのって」
「うん、あれがスライムだよ」
「川のところ、あんなにたくさんいるよ。 近づけないよ」
「大丈夫。 スライムは川の近くにはたくさんいるけど、川の中には入って来ないんだ。
だから、スライムがいないところを横切って、川の中に入ってしまって、あの川の中に出来た島みたいなところに行けば、スライムはいないし、近づいて来ることもないから」
「あんなにたくさん居るところを横切るの?」
ルーミエはさすがに完全に怯えている。
「うん、でも大丈夫。 ルーミエのことはおんぶしてやるからさ、怖かったら、おんぶしたら目をつぶっていれば良いよ。
見なければ、怖くないよ」
僕はルーミエが意地を張って「自分で走る」と言うかと思ったが、それよりも怖さが勝ったようだ。
それに、もしかしたらもう本当に疲れていて、自信がなかったのかもしれない。
とにかく素直におんぶされることに同意した。
僕はルーミエをどうやっておんぶしようかとちょっと考えた。
僕は腰に水筒と袋をぶら下げて来たのだけど、袋には今は傷薬が作れる草で一杯で、ちょっと邪魔だ。
それからちゃんと用心のために、竹の槍を2本持っている。
最初、ルーミエに袋を持ってもらって、おぶったルーミエのお尻が竹の上に乗るように、竹の槍を僕が後ろ手で持てば良いかなと思ったのだが、それだとルーミエが僕の背中から滑って落ちそうで怖いと言い出した。
それで結局、袋は僕の背中とルーミエのお腹の間に挟んで、竹の槍はルーミエが僕の首のところから前に持ってきた手で持って、僕の手はルーミエのお尻をしっかりと支えることになった。
僕としてはルーミエが前側で竹の槍を持っていると、なんだかおとしそうだし、手から外れると邪魔になると思って嫌だったのだけど、ルーミエがその方が怖くないと譲らなかったのだ。
ま、実際にスライムの隙間というか、いない場所を横切るのなんて数歩のことだし、川の水の中に入ってしまえば、ほぼ安全だろうから問題ないだろうと思って、その格好で川の中洲に向かうことにした。
「よし、それじゃあ行くよ」
僕がそう声をかけると、ルーミエは手と足で僕にがっちりと抱きついてきた。
ルーミエはこんなに怖いんだ、と僕は思ったけど、スライムの居る場所近くを横切って、川の中洲まで行くのは別にどうということもなかった。
「ルーミエ、もう着いたよ、下すよ」
「もう大丈夫?」
「うん大丈夫。 大丈夫だから降りれるよ」
僕はちょっと言い方を変えた。
おぶさっているルーミエは、つぶっていた目を開けて周りを確認したみたいだが、まだ僕に力一杯くっついている。
「ナリート、竹の槍、もう離しても良い?」
ルーミエがそう言うので、「うん、良いよ」と答える。
竹の槍が僕の前に落ちたけど、まだルーミエは離れようとしない。
僕は背中にルーミエの心臓の鼓動を感じて、まだすごくドキドキしているのに気がついた。
「ルーミエ、急がなくて良いよ。
落ち着くまで背中にくっついていて良いから」
そう僕が言うと、ルーミエの力が少し抜けた気がするけど、まだ張り付いている。
僕は少し待ってやろうと考えて、ふと、さっき見た『聖女』というのが見間違いかどうか確かめてみようと思った。
くっついているから、手をつないでいるのと同じように、きっと見ることができると思ったのだ。
「えっ!!」
僕は驚きのあまり、手で支えていたルーミエのお尻を、力を入れて掴んでしまった。
「痛い!! 降りないからって、そんな意地悪しないで!」
ルーミエに怒られてしまった。
「ごめんごめん、ちょっと他のことが気になって、思わず力が入ってしまっただけなんだ。 わざとじゃないよ」
そう僕は弁解したのだけど、ルーミエは自分から僕の背中から離れて、疑わしいという顔を向けたまま、僕の前の方に来た。
怪我の功名と言おうか、スライムが怖いという気持ちから別のことに注意が向いて、急激に落ち着きを取り戻したみたいだ。
「本当?」
「本当だよ。
とにかくルーミエは座って少し休んでいろよ。
すっごくドキドキしていたから、僕にも感じられたよ」
「もう治ったもん」
「いいから、少し休んでろって、僕はちょっと違う用がここにあるから」
そう言って、僕はルーミエの側を離れて、魚の罠の方に向かって歩いて行った。
僕は魚の罠の方に歩いて行ったけど、頭の中はさっき見たルーミエのことで一杯だった。
ルーミエの[職業]は、やっぱりさっき見た通り、『聖女』だった。
それは予想通りでもあったから、色々考えちゃうこともあるけど、とりあえずはいい。
問題は、さっきよりもしっかりと見たから、もう少し見えてしまったことの方だ。
僕は自分のレベルが2になった時に、初めて自分を見ることが出来たからか、[名前][家名][種族][年齢][性別][全体レベル][職業]以外にも、いくつかの項目が最初からあった。
でも、ルーミエはまだレベル1だからか、それとも僕がルーミエのことを見たからなのかは分からないけど、それ以外に見えた項目は2つしかなかった。
見えた項目は、[体力]と[健康]で、その数字は当然だけど1だ。
それは当然そうだと思ったのだけど、僕は自分を見た時に今までは数字しか見えなかったのが、レベル4になって、解説みたいなのも見えるようになった。
そのレベル4の僕が見たからだろうか、僕はルーミエの[体力]と[健康]の解説も何故か見えてしまったのだ。
[体力] 1
幼児の体力
現在とても危険な状態。 ちょっとした病気・怪我でも、すぐに死んでしまう状態。 このままでは確実に死亡する。
[健康] 1
栄養失調。 極端に栄養が足りていません。
警告・寄生虫に酷く犯されています。
この解説を見ると、どう考えてもルーミエは死にかけているとしか思えない。
でも、なんだかこの解説を読むと納得してしまう部分も多い。
孤児院の子たちは自分も含めてだけど、やっぱり小柄な子どもが多い。
その中でもルーミエは、僕が年下と間違えるほど、とても体が小さい。
これって、僕は『栄養が足りてない』だけど、ルーミエは完全な『栄養失調』だからではないだろうか。
それに今日も、本当にすぐ疲れてしまって、体力がない。
「このままだと、ルーミエは死んでしまう、どうしよう」
頭の中は、この考えだけで一杯になってしまった。
僕はほとんど無意識に、川に仕掛けておいた罠を引き上げた。
「やったぁ、今日は3匹も入っていた!!」
僕は嬉しくて、大きな声を出してしまった。
とにかく今はこの魚をルーミエに食べさせて、少しでも栄養をつけさせようと、魚が入っているのを見た瞬間に僕は考えて、とても嬉しかったのだ。
僕の声を聞いて、ルーミエもやって来てしまった。
「ナリート、どうしたの?」
僕は動揺を隠すために、少しはしゃいだ感じで応えた。
「仕掛けといた罠に、魚が3匹も入っていたんだよ」
「えっ、罠って何? 魚って?」
僕は罠を目の前に持ち上げて、罠と入っている魚をルーミエに見せてやった。
「うわぁ、すごい。 これってどうするの?」
「どうするって、もちろん食べるに決まっているじゃないか」
「このまま食べるの?」
「いや、焼いて食べるに決まっているじゃん」
「そんなの知らない。 魚なんて食べたことないもん」
そういえば、確かに孤児院で食事に魚が出てきた覚えはないな。
でも、僕にとっては今はそんなことはどうでも良かった。
とにかく早くこの魚を焼いて、ルーミエに食べさせないと、と気持ちが焦っていた。
「今すぐに、その魚を焼いて、ルーミエに食べさせてやるよ。
あ、いけない、燃やす枝とか集めなくっちゃ。
ルーミエはここで待ってて」
「私1人で、ここで待っているの?」
「大丈夫だよ。 ここから見える場所で集めたりするから」
「それなら私も一緒に行って、手伝うよ」
ルーミエは1人残されるのが不安なようだった。
でも、もうあまり動いたりしてほしくない。
スライムにどこか溶かされたら、確実に死んでしまいそうだし、逃げようとして転んで怪我しても、それでも危ないのではと僕は思ってしまったのだ。
「あまり遅くなりたくないから、僕が枝を集めたりしている間に、ルーミエは採ってきた蔦を叩いたりをしろよ」
「遅くなりたくない」という言葉に、ルーミエは渋々、僕の言うとおりにしなければならないと納得した。
「本当にここに居れば、スライムは来ない?
ナリート見えない所に行かない?」
「本当にスライムはここには来れないし、僕も見える場所にしか行かない」
そう僕は約束して、ルーミエに蔦を石で叩くことを教えて、「自分の手を叩くなよ」と注意してから、竹の槍を1本だけ持って、その場を離れた。
僕は林の中で、落ちた枝を拾っている間、ずっとルーミエの視線を感じていた。
ルーミエはきっと、やっぱりとても不安だったのだと思う。
僕は集めた枝を、前日火を燃やした場所に置いて、ちょっと大きな葉っぱを数枚と、作って焚き火の所に隠しておいた串を持って、ルーミエの居る川の中洲に戻った。
「なんであんな所に集めた枝を置いてきたの?」
「ここで火を燃やすと煙で目立っちゃうだろ。
あそこだと上に葉っぱがたくさんある枝が出ているから、それが邪魔をして煙がそのまま上に行かないで、薄くなって、目立たないで済むんだ」
「そうなの、目立っちゃいけないの?」
「うん、目立って誰かきたら嫌じゃん」
ルーミエはなんとなく納得したみたいだ。
「あ、でも、ナリート、火を燃やすって言ったけど、どうやって火を着けるの?
私は火なんて着けれないよ、ナリートは火を着けられるの?」
ルーミエは、「火なんて着けられない」と、とても重大なことのように言ってきた。
そう言ったルーミエの気持ちは僕にも分かる。
僕たちの食事を作ったりするおばさんは、かまどに火を着ける時は、火の魔法を使うからだ。
ルーミエは、それ以外の方法で火を着けられることを知らないのだ。
「ルーミエ、大丈夫。
火なんて、魔法じゃなくても着けられるんだ」
僕はその後、昨日と同じように、魚を処理して串に刺した。
「ルーミエ、今、焼いて来てやるからな」
「えっ、ナリート、またここを離れるの?」
「あそこでないと火を燃やせないって言ったじゃん」
僕はさっきみたいにルーミエを言いくるめるのが面倒だったので、さっさとその場を離れた。
ルーミエは付いてはこなかった。
素早く離れたから、1人ではスライムの側を横切れない。
僕はちょっとルーミエの方を見てから、魚の内臓をくるんだ葉っぱを少し遠くに投げた。
スライムがその臭いに誘われてなのか、昨日と同じように、その葉っぱにくるまれた内臓が落ちた場所に集まっていくのを、ルーミエが驚いたように見ていて、僕はちょっとしてやったりと言う感じで嬉しかった。
ま、ルーミエの注意がそっちに削がれた隙に、僕は素早く火を着けたりした。
昨日の経験があるから、2度目は初めてよりずっと簡単に出来る。
僕は3匹の魚を焼いて、中洲に戻ってきた。
「はい、これ」
と言って、僕はルーミエに串に刺して焼いた魚を1匹差し出して渡した。
僕がもう1匹にかぶりつくと、ルーミエも僕に倣って、ちょっとおそるおそる魚にかぶりついた。
ルーミエは一瞬目を丸くしたと思ったら、思いっきり笑顔で言った。
「ナリート、魚って美味しいんだね」
その後は、黙ったまま一心にルーミエは魚を食べていた。
すぐにルーミエはその1匹を、硬い骨の部分を残すだけで食べ終えてしまった。
僕はもう1匹をルーミエに差し出した。
「え、罠で獲れたの3匹でしょ。
獲ったのはナリートだし、ナリートの方が体が大きいのだから、それはナリートの分だよ」
「いいから、食べろよ。
僕は今からまた罠を仕掛けるから、そうすればきっと明日も食べれる。
でも、ルーミエは明日はここにはきっと来れないから、今日はルーミエが食べろよ」
「いいの?」
「いいからそう言っている」
僕はもう1匹をルーミエに押し付けて、罠に入れる餌を獲りにまた林に向かった。
今度はルーミエは食べることに忙しくて、何も言わなかった。
僕はそれから罠を仕掛け直し、ルーミエが叩いた蔦を川に沈めて、流されないように大きめな石をその上に置いておいた。
その間、ルーミエはぼんやりと座っていた。
「なんだかいつもお腹が一杯になることなんてないのに、今は魚を2匹も食べたらお腹が一杯で、そうしたら眠くなっちゃった」
「もう戻らなくちゃいけないから、またおぶってスライムの横を抜けるから、その時だけは落ちないように気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
全然大丈夫そうではなかったので、僕は竹の槍を1本川の中洲に置いておいて、1本だけを持って、ルーミエをおぶった。
1本だけなら、片方の手で竹の槍を持って、もう片方の手でおぶったルーミエのお尻を支えられるからだ。
袋は仕方ないから首から下げた。
おぶって歩き出すと、案の定ルーミエはすぐに眠ってしまったのを僕は感じた。
僕の今の力と体力だと、ルーミエをおぶったままでも、歩いて帰ることは出来る。
僕はルーミエが眠っているので、起こさずにそのまま村へと戻って行った。
でも、おぶったまま村に入って孤児院に戻るのは恥ずかしいので、村に近づいたところで、ルーミエを起こして背中から下ろした。
ルーミエは起こされて背中から下ろされた場所が、もう村のすぐ近くだと気がついて、赤くなって僕に謝った。
「ナリート、ごめんなさい。
あたし、ナリートにおんぶしてもらったまま寝ちゃってた?」
「うん、大丈夫、ルーミエは軽いから、全然大変じゃなかった」
ルーミエはますます赤くなって言った。
「本当にごめんね。
今度は気をつけるから、もうあたしと一緒には林に行かないなんて言わないで」
「そんなこと言わないって」




