もう到着?
ロベルトに任せていた王都からやって来るシスターたちの宿舎が間に合わない。
町の院長先生から、こちらの受け入れ準備がどうなっているかの問い合わせが来た。
なんでも王都の協会側は、すでにこちらに来させる見習いシスターの選定を終えて、もういつでも送れる準備が整っているらしい。 おかしなことに見習いシスターだけではなく、そのシスターたちを引率するという名目で、下級シスターも来るらしい。
合わせた人数は、僕たちはせいぜい10人位を予想していたのだけど、総勢で22人ということだ。 それでも希望者を絞り込んだということだ。
「俺は任された仕事をサボっていた訳じゃないぞ」
うん、僕らもロベルトがサボっていた訳ではないことは解っている。 ロベルトに丸投げしてしまった僕らの方が悪い。 ロベルトに丸投げして、僕らは荷馬車を作ったり、製鉄の本格化の準備ばかりをしていて、他のことを見ていなかった。
それに馬が予定よりも早く数が増えたこともある。
僕らが荷馬車用の馬を手に入れようとしただけでなく、想像以上に素早く領主様が馬を手配して、その世話をする人と共に送り付けて来たのだ。 その人数も多かった。
馬の世話係みたいな人は何人か来るかなと思っていたが、騎士やら騎士見習いやらが大挙してやって来るとは思っていなかった。 そもそも馬と世話係の人だけだって、やって来るのはもっと先のことだと思っていた。
ロベルトが自分が指揮して使うはずだった男性陣は、馬の放牧場とするための土壁の作成が終わると、なし崩し的に馬関係の建物などの建設に追われることとなってしまった。
もう来始めてしまっているものを、押し返す訳には行かないし、人だけでなく馬も生き物だから、後回しにも出来ない。
もうどうしようもないから、フランソワちゃんの実家から来てもらったアドロさんが大忙しだ。
馬房はともかくとして、馬関係の人たちが寝起きする家というか宿舎なんて、騎士が寝起きしている所でも最低限の作りで、蹴飛ばせば崩れてしまいそうな、急場凌ぎだ。
こっちはもうおいおい自分たちでどうにかして貰いたい。
急場凌ぎの宿舎を作ってあげただけでも、領主様からしっかりと代金をせしめたいと思う。
そんな風だったから、ロベルトに丸投げした修行に来るシスターたちの宿舎が出来ていないのは、とてもじゃないけど責められるような事ではないのだ。
そんな中でロベルトは頑張って、その宿舎を作るためのレンガを用意してくれていた。
この辺りは極端に木材が不足しているので、僕らの作る建物は基本的には土を使って作ることになる。
ある程度の試行錯誤をした結果として、今現在はレンガを作って、それに竹を中に組み込んで積むことで柱や壁を作る方法になっている。
レンガは土に干し草を混ぜて天日干しして整形した物だ。 それだけだと雨に弱いので、ハーデンをかけている。 積み上がってからも、もう一度表面にハーデンをかける。
それだから結局は一番手間暇がかかるのは、レンガ作りということになる。 この部分をロベルトは済ましておいてくれたのだ。
ちなみに急場凌ぎの家は、単純に組んだ竹に土を盛って、ハーデンで固めただけだ。
この作り方でも、きちんと計画的に竹を組んで、厚みを持たせたり、盛る土に小石を混ぜたりの工夫をすれば、ちゃんとした家を作れないことはないけど、大急ぎなので壁も薄く、竹組も簡単なの物となっている。
ロベルトがレンガを用意していてくれたといっても、それは10人位を予想しての建物分だから、22人となると予定していたよりも大きな建物を建てねばならないことになり、とても足りない。
急いで不足分のレンガを作ろうと思ったのだが、ふとちょっと別の方法が頭に浮かんだ。
製鉄をするのに石灰石を使うことを考えていたように、この地では石灰が採れる。 それならセメントを作れば良いじゃないか、と。
今まではハーデンという魔法が使えるから、レンガ、正確には日干しレンガもどきの使い勝手が良くて、他の方法で建物を作ろうと考えていなかった。
日干しレンガもどきを作る時にも、水分をウォーターの応用で抜いて時間の短縮をしているのだが、その応用法も道作りで覚えた方法だし、割と簡単に誰でもが使えたこともある。 それにファイア系というか温度を上げ続ける魔法よりもずっと魔力の消費が楽なのだ。 そんなこともあったり、今のところそれで困っていなかったから、他の方法を考えるということがなかった。
しかし今では鍛治をする必要から、メルトやメルトダウンという魔法まで覚えて、温度を上げるという魔法にも習熟した。
その今なら、石灰石と粘土を混ぜて焼いて作るセメントが作れて、コンクリートを使えるのではないかと思うのだ。
セメントが石灰と粘土を混ぜた物であるというざっくりとした知識だけじゃなくて、どのような成分がセメントの強度や固まる速度などに影響するかの知識もある。 まあ、それにしたって経験則というか実験結果の積み重ねに近いことで、完全に解っている訳でもない。 この世界においては、僕は周りの物を認識する能力で、ざっくりとした感じでは分かるのだけど、今の僕たちの技術力ではきちんと成分を分析するなんて夢の話だ。
となれば、当然実験してみるしかない。
石灰石は普通に見て分かる鉱物だから良いけど、粘土の成分は詳しくは分からない。 セメントが固まる時間に大きく作用する石膏も、石灰岩の上の地層にあるかと思ったが内容だ。 鉄の生産が始まって、脱硫装置というちょっと面倒な物を排気に取り付ければ、環境破壊をある程度防ぐ副産物として石膏は得られるけど、まだそこまで行ってない。
結局は色々やってみて、一番都合よく使える組み合わせを見つけるしかないということだ。
まず最初に極少量の石灰を作ってみることにする。
石灰岩を高温にすれば良いのだから、今まで砂鉄を高温にしてスポンジ状の鉄を作ったり、それによって出来た鉄を溶解したりした経験がある。 砂鉄を鉄にする時には炭素分を足すために炭を燃やしたりを一緒にしなければならなかったことを考えると、やることは単純だ。 ただし、それよりは高温にしなければならないので、どちらかというと溶解させるメルトダウンに近い感じだ。
それでも量も少ないから、これは簡単にクリアすることが出来た。 温度を逃さないために小さな窯を作って、中に適当な大きさにした石灰岩を入れて高温にしただけだ。 必要とする温度は鉄を溶解させる温度より低くて良いから、その辺は込める魔力を適当に合わせたつもりだが大丈夫だった気がする。
しかし、ここからは要注意な作業だ。 石灰石を熱して作られた生石灰は水分と反応すると高温を発する。 だからそのままの状態では扱いが難しい。 素手でなんて扱えないし、粉が目に入ったりしたら大怪我だ。
そこで幾らかの水分を加えた後、熱を冷まして消石灰の状態にしなければならない。 水を適度に加えると、生石灰は熱を出すとともに固まりが崩れていく。 水を加え過ぎても、今度は出来た消石灰が水に溶けてしまうから、水分量は重要だ。 少なめに水を加えて一度冷めるのを待って、その後で大きな粒を細かくする。 細かく粉の様にすれば、空気中の水分でも反応して消石灰へと変わる。 これらはもちろん室内の作業だ。
今は簡単な実験なので、僕は竹で小さな小屋を作って、その中で作業している。 細かくしようとすると粉も飛ぶので、気をつけて飛ばさないように慎重に作業を行なった。 消石灰になっていても、生石灰ほどではないけど害はあるからね。 量を作る時には、少し考えないとならないな。
出来上がった消石灰を見ると、セメントを作る実験をする前に、やっぱり使ってみたくなる。 水を加えて練って、整形すれば硬化するはずなのだから。
まずはセメントよりは問題なく作れるであろう漆喰を作ることにした。 これなら消石灰に砂と、糸作りの時に出た繊維屑を混ぜるだけで作れる。 糊がないけど、糊の主な作用は使い勝手を良くするためだから、簡単なお試しなので無くても良いだろう。
「ナリート、消石灰というのは出来たの?」
まだセメント作りの実験の最初の段階なので、僕は一人で作業していたのだけど、家でやっていることなんかを話したりはする。 それに石灰石を焼く窯を作るのとかは手伝ってももらっているので、ジャンも少し興味を持ってくれていたようだ。
「うん、出来たからとりあえずセメントよりは簡単な漆喰を作ってみようとしている」
「漆喰って何?」
「うん、作った消石灰に砂と繊維屑を混ぜて水を加えて練った物。 少し時間が経つと固くなって、水も通さなくなるんだぜ」
「へぇー、固くなるって、ハーデンをかけるのとは違うの?」
「ハーデンでも固くなるけど、完全に水を通さなくなる訳じゃないし、皿なんかもだんだん脆くなって、かけ直さないとならなくなる。 それに、少しは沁みてしまうから、だんだん皿に模様が付いたりして、結局だめになっちゃう。
漆喰が硬くなるのはそれとは違って、本当に硬くなって水を通さなくなるから」
「ふうん、そうなの」
ジャンはまだどんな利点があるかピンときてはいないみたいだ。
「例えばさ、今、家の壁は外側にハーデンがかけてあるけど、雨が当たったりすると、その水が少し染みたりして、崩れたりして補修が欠かせない。 ある程度定期的に補修して、ハーデンもかけ直さないとならない。
でも、家の外壁に漆喰を塗っておけば、雨が当たっても水を通さないから、外側が崩れたりすることが無くなって、補修したりハーデンを定期的にかけたりしなくても済むんだよ。 色も白くて綺麗になるしね。
それに結構接着力も強くて、レンガを積む時にその間に漆喰を使えば、今より丈夫になるんじゃないかな。 壁に水が染みやすかったり壊れやすいのは、レンガを積んでいる部分だから。 そこは土を挟んでいるだけだから」
「うん、なるほどね。
ところで、これ、何時になったら固まるの?」
僕は試しに、割れてしまったレンガの間を漆喰で埋めて元の形に近い状態にして、その上にも漆喰を盛って、表面を均した。
「流石に即座という訳にはいかないよ。
明日になれば固まっているんじゃないかな」
「それなら土でくっつけて、即座に水分を抜いてハーデンをかけた方が速くない?」
「確かに速さではその方が速いかもしれないけど。
まあ明日の結果を見てよ」
翌日になって、固まって無かったらどうしようかと思っていたけど、ちゃんと固まっていて、ちょっと安心した。
少し自慢げにジャンに漆喰を盛ったレンガを渡す。
「えーと、これって、あれからハーデンとかかけてないよね」
ジャンはそう言って、僕に確認すると、そのレンガにドロップウォーターで水をじゃんじゃん掛けた。 そうして繋げたレンガを外れてしまうか試した。
「本当だ。 これって固まると水が染み込まなくて、崩れたりしないんだ」
「土で固めて、表面をハーデンで水に強くしても、少しヒビが入ったりすると、そこから水が沁みて、中の方からだんだん壊れてしまうだろ。 これもとっても強いという訳じゃないから、叩いたりして強い力が掛かればヒビが入ったりはするけど、そこから水が沁みて中から壊れるということはないんじゃないかな」
「なるほど、だからレンガを積むのに使ったり、外側に塗っておくと良いということだったんだね」
「それだけじゃないさ、少なくとも土の壁よりは強いから、中も塗れば壁が丈夫になって傷みにくくなる。 土壁だと注意してないと、何かを打つけたり、引っ掻いたりすると簡単に傷になったり、崩れたりするだろ」
「なるほど。 これって、作るのそんなに大変そうじゃなかったよね。
それって、ナリートだから」
「そんなことないよ。
一番重要な材料の消石灰を作るのは、大怪我をしないように気をつけないといけない所があるけど、鉄を作ったり鍛治仕事が慣れてるなら、誰でも出来るるんじゃないかな。
ジャンやウォルフやウィリーはもちろん、ロベルトや、最近はもっと若いのも鉄を溶かすのをやらされたりしてたから、きっと大丈夫だと思うな」
そこからジャンは、みんなに漆喰の良さを宣伝しまくった。
なんでそんなに頑張っているのかなと思ったら、どうやら家の外壁の補修は、みんな結構大変というか、常に気をつけていないといけないので、面倒らしいからだった。 うん、僕はいつも新しいことをしていて、そういうことは周りの人、特に自分が住んでいる家の外壁とかはジャンに任せっきりだった。 ごめん。
ということで、消石灰はみんなで大量に生産することになった。
石灰岩を採って来たり、それをある程度の大きさに砕いたりするのは、やっぱり力仕事だから多くの人が関わってくれる方が効率が良い。 助かった。
ただ、大量に作ることになると、石灰岩を熱するだけでも、そこから出る排ガスが何らかの影響を周りに与える可能性があるので、城の近くでは作業したくない。
予定よりも早く、鉄の精錬をする場と決めた場所との間を往復する荷馬車が活躍することとなった。 後々では鉄の精錬にも石灰は使うこともあって、そちらで石灰も作ることにしたのだ。
しかし、コンクリートを作るセメントを作る実験をしようと思っていたら、それよりも先に漆喰を使うことになって、石灰の製造が本格化した。
まあ僕としたら、家だとかの建物の壁に漆喰が塗られて白くなれば、何となく城っぽさは上がる気がするから、それはそれで良いのだけど。
でも僕が作ろうとしているセメントは、なかなか上手く行かない。
石灰を作るのとは違ってこちらは原料を細かくして混ぜてから高温にする必要がある。
単純には石灰石に乾いた細かい粘土を混ぜるだけのことなのだけど、どこの土が良いかとか、配合比率とか、試行錯誤が続く。
速く固まり過ぎたり、固まった強度が不足したり色々だ。
固まる速度が速過ぎることに関しては、石膏を加えると良いという知識があるが、今のところ石膏が手に入らない。
鉄の精錬を始めると、その排ガス含まれる硫黄を石灰水を使って除去しようとすれば、副産物として石膏が採れるから、それを待つことになるのかな。 鉄の精錬の設備が大掛かりになりそうな気がする。
王都からやって来るシスターたちの宿舎の建設は、そんな訳で結局今までと同じレンガを使った方法で建てられることになった。
漆喰でレンガを積むことにしたから、今までと全く同じという訳じゃないし、最初から壁は外だけでなく中も漆喰を塗ったから、そこも違う。
その違っている部分は、ロベルトが試してみたかったらしい。
身内にちょっとありまして。 まあ、放蕩者の兄なのですが。
ほとんど音信不通だったのですが、昨年末に入院の知らせが。 その後回復して、退院の予定が急変し。
まだ老母が生きてはいることも影響して、その後のことが物凄く面倒になっていて、書いている余裕がなくて、久々の更新になってしまいました。
あーあ、まだ数ヶ月は確実に影響しそうです。




