製鉄を始めるぞ
ストーリーとは直接にはあまり関係ない鉄作りの技術的な会話が続きます。
興味のない方は読み飛ばしても大丈夫です。
「荷馬車と言ったって、別に馬が引かなければ動かない訳じゃない。
馬が引けなきゃ、別のモノが引けば良いんだ」
今いる馬では作った荷馬車を引くことが出来ないことが分かった時、僕は膝から力が抜けてしまったのだけど、気を取り直した。
「馬じゃなきゃ、何が引くんだ。
もしかして、俺たちが引っ張れば良いって言うんじゃないだろうな。 それじゃあ荷馬車じゃなくて、単なる荷車だろ」
ウィリーが即座に僕の意図を読み取ってツッコミを入れてきた。
「もちろん僕たち4人だよ。 あ、キイロさんも加わります?」
「いや、俺は遠慮しようかな。 やることあるし」
キイロさんは重労働を課せられるのを察知して、逃げる選択をしたみたいだ。 逃がさないよ。
「でも、これ使おうとしているのは、鉄鉱石を溶かす炉を作るためですよ。 そこはやっぱり鍛治士のキイロさんも加わらないと」
「いや、俺は今使っている物の治しとかがあるしな」
「そんなにないですよね。 そもそも材料の鉄がないから新しい物作れないですよね。 この荷馬車を作るのに使った鉄も、在庫が無くて、砂鉄から何とかした鉄だったし」
「いや、だから、治しが」
「治しなんて今ほとんどないですよね。 今やっている壁作りは、大急ぎという訳じゃないから、みんなちゃんと丁寧にソフテン掛けて、道具を無理して傷めたりしないようにやってますよね」
「まあそうだな。 分かった、俺もその荷馬車を馬の代わりに引っ張ったりを手伝うよ」
良し、仲間の中で一番年上のキイロさんに勝った。
キイロさんが手伝うことになると、自分たちもサボれなくなるウィリーとウォルフはキイロさんを応援していたのか、キイロさんが僕に白旗を上げると頭を抱えていた。
「で、ナリート、鉄作りのために荷馬車を僕らが引っ張らなければならない事は分かったけど、何を乗せて行くの?」
ジャンは荷馬車を自分も引くことになるのは最初から諦めていたようだ。
「いや、最初は荷馬車は引いて行かない。
鉄鉱石が取れる所の近くの適当な場所で、穴を掘ったり、煉瓦を積んだりして、鉄を作るための炉作りだよ。 だから壁作りと変わらない。
それと、ここからそこまでの道を整備するのと、その周辺も整備しないとダメだと思う。
でも、その辺はやり慣れたことじゃん。 ただ、みんな忙しいから、ここにいる僕らでやらないとならない。
まあ、それだけじゃつまらないだろうから、そこまでの行き帰りは順番に馬に乗る練習をすることにすれば良いかな」
「馬が歩いている僕らより先に行ってしまわない?」
「ジャン、馬に乗って、乗った馬を駆けさせるなんてのは、ほんの少しの時間だけだぞ。 普通は歩かせるだけだ。 人が歩くのとそう変わらない。
馬は駆けさせたりすると、意外にすぐ疲れてしまうんだ」
衛士として、馬に乗る領主様と一緒に行動して、馬のことを知っているウォルフがジャンにそんな説明をした。
僕も今回の王都行きで、騎士の人たちと共に馬と一緒に行動して、初めてそういうことを知った。 王都行きでは、馬に荷物も括り付けたからかも知れないけど、騎士の人も馬を引いて歩いていることがほとんどだった。
僕のイメージとしては、馬に乗って颯爽と駆け抜けて行く、という感じなのだけど、実際は伝令などの仕事で駆けさせる事はあっても、それも一日中という訳にはいかないらしい。 距離がある場合は、次々と馬を替え、人を替え、ということになるらしい。
「しかしまあ、炉を作るとなると、炭作りの窯もそっちに作るのか? それとも炭作りはこの近くでやるのか?」
キイロさんは馬にはあまり興味を示さず、鉄作りのための炉作りの方が気になるみたいだ。 当然だな。
「炭作りはなるべく近くでやりましょう。 運ぶのに少しでも軽い方が良いですから」
「まあ、そりゃそうだな。 薪を運ぶより、炭を運ぶ方が軽いからな。
まあなんであれ、鉄の鉱石から鉄を作ると、出来た塊から不純物を叩き出す手間が大変だけどな。 それは仕方ない」
鉄鉱石から鉄を作るというのは、結局酸化している鉄を還元して、純粋な鉄にするという事なのだけど、そのためには炭つまり炭素を燃やして一酸化炭素を作ってそれによって酸化鉄を還元することになる。 そのためにどうしても炭つまり炭素が必要だ。
炭の代わりに、石炭をコークスにして使うという方法もあるけど、石炭を見つけていないからその手は使えない。 ちなみにコークスにするのは、石炭の炭素以外の不純物を除くためだ。
この地方であまり鉄が手に入らないのは、原料の鉄鉱石がないからじゃない。 僕は自分の能力で簡単に見つけることが出来たけど、そんな能力がなくたって、少し鉱物の目利きが出来る人がいれば、鉄鉱石を見つけることは出来たと思う。
問題はそっちじゃなくて、炭の方だったのだろう。 この地方は木が少ないから、とてもじゃないけど、鉄作りに必要とするだけの炭を作ることが出来なかったのだ。
それでも鉄は使っていて、鍛冶屋もあるのは、鉄を溶かす燃料として炭を使わなくても、魔法で鉄を溶かすことが出来るからだ。
素材の温度を上げるのに燃料となる炭を使わずに済めば、鉄を作るための炭は、還元するための一酸化炭素を得るためだけの量になるから、ずっと少量の炭で鉄が作れるはずなのだ。
僕はその仮定の元に、機織り機作りの時に砂鉄から鉄を作ることを試してみたが、それは正しかった。 ただし、それが今までたぶんほとんどされてこなかった理由も理解した。 鉄を溶かすメルトダウンの魔法は、魔法を使い慣れている僕らでもなかなか大変な魔力を必要として、難しいからだ。
僕はそこはもう人海戦術だ、と考えている。
僕たちの城下村のみんなは、普段から魔法を使い慣れいて、一般的レベルよりレベルも高くなっている。 つまり魔力量も多い。
今現在はキイロさんの鍛治の仕事は、僕たち元からのレベルが高い者ばかりが手伝っている。 つまり、メルトやメルトダウンの魔法は僕たちばかりが使っている訳だけど、もっと沢山の人数が使えるようなれば、一人一人の使える回数というか時間は少なくても、交代でどんどんやっていけば良いのだ。
あ、炭を燃やすのに空気、いや出来れば酸素を送り込む必要もある。 一酸化炭素を発生させないと還元できないからな。 酸素だけを送り込む方が炉内の温度が下がらずに済むけど、酸素ってどうすれば教えられるのだろうか。 気体は混ざり合っているだけだから、意識すればその中の一種類を魔法で集められる気がするのだが・・・
「ナリート、さすがに長いよ」
僕はジャンに突っつかれて、現実に引き戻された。 しまった、また頭の中の考えに熱中してしまっていたようだ。
「ま、いつものことだ」
ウォルフがそう言って笑った。 この面子だと、僕が頭の中の考え事に急に熱中してしまい沈黙してしまうことなんて慣れている。
「で、何考えていたの?」
「うん、まだ先のことなんだけど、僕らだけじゃなく、みんなにもメルトダウンの魔法が使えるようになってもらわないとな、とか考えていた」
「うん、ナリート、お前、どんな大きさの炉を作ろうと考えている?
俺はお前らに加えて、せいぜいロベルトくらいで使うのだと思っていたのだが」
僕の言葉を聞いてキイロさんが、そう疑問を投げかけてきた。
「そんな訳ないじゃないですか。 その程度で使う炉だったら、わざわざ荷馬車にこだわったりしませんよ。
もっとずっと大きくして、一気に鉄を作るんです。
メルトダウンの魔法を次々と交代でかけ続けて、それで今、空気も送り込まないといけないんだったと思い当たって、ちょっと考えていたんです」
「いや、だからお前、そんなに大量に鉄を作ったって、その後でその作った鉄を叩いて不純物を除去する大変な作業が残るだろ。 だから現実的に考えると、一度にそんなにたくさん作ったって、どうにもならないんだ。
作った穴だらけの鉄なんて、そのままにしておいたらすぐに錆びて、駄目になってしまう」
あれっ、ちょっと待って、僕とキイロさんだと出来上がった鉄のイメージが違う。 僕のイメージは鉄のインゴット、つまり延べ棒の形なんだけど、キイロさんの方はスポンジ状の物体。 あ、僕とジャンとロベルトが砂鉄で作ったヤツのイメージだ。
僕は鉄作りの炉のイメージが根本から違っていたことに気がついた。
「あ、根本的に違っていた。
キイロさん、僕の考えている鉄作りの炉で出来る鉄は、キイロさんがここに来る時に持ってきてくれた様なインゴットの形になる予定なんです。
つまり炉の中で完全に鉄を溶かしてしまって、溶けた鉄を用意しておいた型に流し込んで出来上がりにするっていう」
「ナリート、お前、どんな形の炉を作ろうと思っていたんだ。 そこからちゃんと説明しろ」
僕の頭の中では、鉄を作る炉つまり製鉄用の炉といえば高炉というのが当たり前過ぎて、それ以外のことなんて全く考えていなかった。
タタラ製鉄とかの知識もあることはあるけど、それは試しにやってみた鉄作りもそうだけど、それらは砂鉄を使うことを前提としていた。 砂鉄は鉄の純度が高いので、それで十分実用性の高い鉄製品を作ることが出来る。
でも鉄鉱石を原料とすると、不純物が多いので、それらに近い方法で作った鉄はそれだけでは使えない。 あ、確かにキイロさんが叩いて不純物の除去と何度も言う訳だ。 鉄を熱して叩くのは、鉄を鍛えるだけじゃなく、不純物を除去する方法でもある。
僕は自分が当然の様に考えていた高炉についての説明をした。
「それで、こういう炉で鉄鉱石を完全に溶かすのですけど、その時に炭と共に石灰石も入れるんです。
そうすると、溶けた物が上の方と下の方に分かれて、下の重い方が鉄の溶けた物になって、上の軽い方が不純物になるんです。 それで先に上の不純物の方を取り出して、残りの鉄の部分だけを型に流し込む訳です」
「石灰石というのは、石?」
ジャンが聞いてきた。
「うん、この辺でもよく見かける白い石というか岩。 その石の成分が鉄鉱石に含まれる鉄以外の成分と反応して、分離して分けやすくなるのさ」
ジャンの質問に付け加えた後半部分の言葉は、みんなにとってはちんぷんかんぷんだったようだ。
「つまり、その白い石も一緒に鉄鉱石と炭と共に熱すると、後で不純物を取り除くためにたくさん叩く必要がなくなるということ?」
ジャン、凄いな。 僕がみんなに解って欲しいことを、ちゃんと汲み取ってくれた。
「うん、ただ、この方法で作った鉄は、砂鉄を使って今までの方法で作った鉄とは逆で、炭素をたくさん含む合金になっていて、硬いけど脆いんだ。 鋳物を作るには良いけど、刃物だとか農具だとか、何かに当たったりするようなことに使うと、すぐ折れたり割れたり欠けたりで、使い物にならない。
だから、そういう物を作る時には、もう一手間かけて、含まれる炭素をある程度除去しなければならない」
「やはり何でもそう上手く行くという訳じゃないんだな」
「あれか、砂鉄から作った鉄の時は、坩堝で溶かして木の棒でかき混ぜたやつ」
「うん、それと真逆のことをしなければならない。
あれは純鉄に近い鉄に炭素を加えているのだけど、今度は逆に減らさなければいけないからね。
そのやり方については、まだ考えているというか、色々実験してみないと、どうするのが一番楽で、沢山出来るか分からないから、まだ後になるけど」
ジャンとウィリーとウォルフがそんな感じで僕と話しているとキイロさんが言った。
「鍛治は俺の専門なんだが、俺はナリートの言っていることが半分も理解出来ねぇ。 お前ら良くナリートの話について行けるな」
「キイロさん、僕たちだってナリートの言っていることが理解出来ている訳じゃないですよ。
大体ナリートが理解出来ないことを言い出すのなんて、いつもの事なんですから一々気にしていられないですよ。
ただまあ、僕たちは経験上、そういう時にはナリートの言う通りに物事を進めた方が上手く行くことが多いと知っていますから、ナリートの言っていることで自分がどう動けば良いかの確認をしようとしているだけなんです。
ナリートは、自分の言っていることが、何故そう言っているのかの理屈を喋っているみたいなんですけど、そんなの僕には理解出来ません。 でも自分が何をしたら良いかは分かります。
でも、そんなの何もナリートに限ったことじゃなくて、例えばキイロさんに教わって一緒にやっている鍛治だって、なんで鉄を熱くして叩いた方が良いのかとか、どのくらいの時に水に浸けるのが良いかとか、それだけじゃなくてもう一度熱して今度は放置して冷ますとか、そんなの全然理屈は分からないけど、そうした方が良い刃物ができるのは分かりました。
ナリートのことも同じですよ。 今まで開墾をするのにソフテンの魔法を使うと楽に出来るとかですよ」
「ま、それなら俺もホットウォーターの魔法を使うと、楽にお湯を出せる様になったしな。 やってみて解れば良いということか」
「そうそう。 それに俺たちはナリートと違って、学校に行ってないですからね。 教わってないから、難しいことを言われても分からない。
でもマーガレットは、俺たちは学校に行った奴以上に、ナリートやルーミエやフランソワちゃんに教わっているから、知識があると言われますけど」
「ああ、それは何となく分かるな。
俺は本当に物を知らないけど、ウォルフ、ウィリー、お前たちは色々なことを知っているものな」
「教会に居た時に、シスターが先導して、ナリートとルーミエが学校で教わったことを俺たちに教えてくれていましたからね。 途中からはフランソワちゃんも加わって、本当に良く教わりました。
一度、マーガレットが来た時には、『学校で習っているよりも、高度なことをやっている』って、びっくりしていたけど、まあ、そのくらいです。
計算が出来ることくらいですかね、孤児院を出てから良かったと思う事は」
「その学校で一緒に勉強したはずのルーミエとフランソワちゃんだけじゃなくて、シスターも、『ナリートの言う事は、時々理解出来ない』って言うのだから、僕らがナリートの言っていることが理解出来ないことが多くても、そんなの気にする必要はないんです」
何だかジャンが話をまとめてしまったけど、すごい言われような気がする。 ま、僕自身も頭の中にそういう知識があって、もっと詳しく説明しようと思えば出来ない事はないけど、「なんでそんなことを知っているの?」と言われたら、答えようがないから、似たような物だとも思う。




