すぐに馬車が使える訳じゃない
僕たち3人が城下村に戻ると、ほんの2-3日前に話を聞いたはずなのだけど、もう馬の放牧地を作り始めていた。
放牧地作りといっても難しいことではなく、ある程度の区画を土壁で区切るだけだ。 作り始めた場所は僕が頭の中で考えていた場所と少しズレていたけど、「そこでも良いよね」と思える場所だった。
きっとその辺のことを決めたのは、ウォルフとウィリーとジャンが相談してのことだろうけど、彼らは僕ならこんな風に考えているだろうと予測して、場所なんかを決めてくれた様だ。
馬の放牧地作りが難しいことではないのは、その辺にいるモンスターに畑を作る時とは違って、あまり神経質になる必要がないからだ。
その辺にいるモンスターというと、そのほとんどはつまりスライムと一角兎なのだが、選んだ場所は水辺から離れているので、スライムは少ないだろう。 つまり問題となるのは一角兎なのだが、一角兎は体が小さいので、普通は自分よりも大きな馬に攻撃を仕掛けることはない。
だから土壁はどちらかというと、放牧した馬がどこかに行ってしまわないように、場所を限定することが主目的だ。
馬は賢い動物だから、実際はロープを張っただけでもその外には落ち着いていれば出ないのだが、臆病な動物でもあるので、何かに驚くとかなりの障害物でも飛び越えたりして逃げたりしてしまう。 そこで少し視界を遮る意味もある。
それ以上に、土壁があることで、他の肉食の動物やモンスターを避ける意味が強いかも知れない。 単なる狼にしろ、平原狼や大猪というモンスターなんかもだけど、大型になってくると知恵も回るのか、そういった人工物にはあまり近寄ってこないのだ。 まあ、その周りには木も植える計画で、その木にある程度大きくなった糸クモさんが住み着けば、他のモンスターなんかも余計に寄って来なくなると思う。
実際の放牧地の土壁作りは、村の後輩の冒険者をしていた者がリーダーで進められることになっていた。
土を柔らかくして、それを盛って壁を作り固めるという作業は、城下村に住む者なら今では誰でも出来るのだが、その作業をしている時にスライムや一角兎に攻撃される可能性があるからだ。
実際のところとしては、城下村のみんなは一角兎は投石器の的当ての的にしていたくらいで、恐れることはないしすぐに駆除してしまう。
問題はスライムの方で、モンスターとしてのレベルは一角兎より下の最弱なのだけど、体の中で動く核に攻撃が当たらないと倒せないので、投石ではなかなか上手く倒せない。 その上、金属の武器で攻撃するとその武器をダメにしたり、酸で攻撃してきたりするのだ。 大事な鉄製のスコップや鍬を、スライムにダメにされたのでは割りが合わないのだ。
そこで冒険者として、スライムを狩る経験もしている彼らが、その集団を率いることになったのだ。
スライムは馬にとっても同様に、一角兎以上に危険なので、駆除しておきたいということもある。 まあ、数は少ないだろうし、駆除してしまえば、それから増えはしないだろうと思う。
「アドロさん、この部屋を使ってください」
「良いのですか、こんなに立派な部屋を私などが使って」
城下村で馬を飼うために、とりあえず僕らが貰った馬の世話をお願いするために、わざわざ来てもらったアドロさんには、領主様が村に来た時のために建てた家の文官の人に泊まってもらうための部屋を提供した。 そこ以外即座に使える部屋もないし。
同じ建物の別の部屋にはシスターとミランダさんも居るから、余計に自分がそんな建物の部屋に住むことを躊躇したみたいだ。
連れて来た2頭の馬は、僕らの家の近く、つまり丘の上に竹でごく簡単な馬屋を作って、細かい世話はアドロさんに任せることにした。 おいおい色々と教わらなければならない。
「馬を2頭も手に入れて来たのか。
それにしてもお前たちが馬にもう乗れるのがびっくりだ」
ウィリーが僕らを見てそういうと、ウォルフが続いた。
「この見慣れない足を入れる紐が、きっとお前らが馬に乗れている理由だな。
これがあれば、もしかして俺たちも馬に、少し練習すれば乗れるのか?」
衛士をしていた時に馬に接していたウォルフとウィリーは、僕らが馬に乗っていることに驚いただけでなく、すぐに乗れている理由に気が付いたみたいだ。 そうしてすぐにジャンも加えて馬に乗る練習を、自分たちも行うことに決めた。
黙っていないのがエレナだ。
「ルーミエとフランソワちゃんも馬に乗れるようになったのでしょ。
それなら私も練習しなくちゃ」
結局エレナに加えてマイアも馬に乗る練習をすることになった。
こうなると残りはアリーということになるけど、アリーは「馬に乗る練習はいい」と言って、そこには加わらなかった。
それじゃ女性陣は2人かな、と思ったら、なんとシスターがそこに加わってきた。
「正式なシスターだとしたら、馬に乗るのはダメかも知れないけど、今は名簿には載っているけど正式なシスターじゃないし、服もシスターの服を着ている訳じゃないから、私も馬に乗る練習をしても良いでしょ」
ミランダさんはちょっと驚いていたみたいだけど笑っていたが、「自分も」とは言わなかった。 これに絶句したのはアドルさんで、「シスターも練習なされるのですか」とだけ言って、ポカンとしていた。
ミランダさんが加わらなかったために、マーガレットが加わり損ねてしまった様だ。 ミランダさんが加わらなかったので、「自分も」と言い出せなかったのだ。 でもきっとマーガレットはそのうち練習するようになるんじゃないかと思う。
馬に盛り上がってしまった城下村の主要メンバーだけど、そっちはとりあえずアドロさんに任せることにする。 馬に乗ることを練習するといっても、まずは馬に自分たちが慣れるだけでなく、馬もここにいる人たちに慣れないとダメだからね。
まずは飼育の仕方を覚えるところからだ。
シスターとミランダさん、それにマーガレットも呼んで、僕らはもう一つのこと、こっちは全くまだ伝わっていないだろう院長先生からの依頼の話をした。
「つまり、この村に王都からも見習いシスターを連れて来て、私たちがイクストラクトや製薬を教え込む、ということなの?」
「はい、ざっくり言えば、そういうことだと思います」
最初に反応を返してくれたのはシスターではなくて、ミランダさんの方だ。 ミランダさんもイクストラクトを使えるから、確かに教える側に自分も立つことになる。
「単純に製薬を教えるというだけじゃなくて、薬草なんかを栽培するところから教えてほしいという話で、そこはフランソワちゃんが担当することになる」
ルーミエが、ちょっと話の補足をする。
「それは良いとして、ルーミエとフランソワちゃんも正式に初級シスターとして登録されたのね」
シスター、それは良いとしてって簡単に言ったけど、それをどうするかの話をしているのですけど。 シスターの関心は、王都から見習いシスターを受け入れることよりも、ルーミエとフランソワちゃんが正式に初級シスターとして登録されたことの方にあるみたいだ。
あれっ、マーガレットがショックを受けている。 あ、そうか、マーガレットはシスターを養成する学校を卒業してきたのに、今はまだ見習いシスターで、院長先生の推薦の形でとりあえず都合でシスター登録しただけのルーミエとフランソワちゃんが初級シスターになっていたら、そりゃショックを受けるか。
「はい、ルーミエはそれでもおかしくはないと思うのだけど、私まで院長先生が見てくれたら、初級シスターの称号になっていたみたいなんです。
私はルーミエとは違い、イクストラクトはちゃんと習ったこともないから、ほとんど使えないので、自分でも驚きました」
フランソワちゃんが、ちょっと恥ずかしそうにシスターに言った。
「フランソワちゃんは、ヒールは昔から使っていたし、薬草の栽培は一番詳しいから、初級になったのかも知れないわね。
自分で意図していなくても、シスターとして意味のあることを今まで一生懸命にしていたってことね」
シスターが、フワンソワちゃんをそう評価して褒めた。 フランソワちゃんはその言葉が嬉しかったみたいだけど、それ以上に何だか照れくさそうな顔をした。
マーガレットが、そのシスターの言葉を真剣な顔をして聞いていた。
僕もフランソワちゃんまでが初級シスターなのを、見せてもらって確認しているのだけど、その時に気が付いたのだが、フランソワちゃんは製薬自体には直接関わっていないのだけど、ルーミエに迫る勢いで製薬の項目のレベルが高かった。 きっと薬草の栽培も製薬に含まれているのだろうと思う。
「フランソワちゃんもということは、きっとそういうことなのでしょうね」
ミランダさんも、シスターとフランソワちゃんのやり取りを聞いていて、考えるそぶりを見せて、そんな風に言った。
もしかすると、ルーミエとフランソワちゃんが、登録したらほとんど即座に初級シスターになったのは、僕らが考えるよりもシスターたちにとっては衝撃的な事実だったのかも知れない。
「ルーミエとフランソワちゃんが、初級シスターとして登録されたことはともかくとして、話の本筋に戻って良いですか」
僕はここに王都の見習いシスター、院長先生の様子からは見習いだけでなくて初級くらいのシスターも含まれていそうだけど、新たにシスターを受け入れることについてに話を戻した。
受け入れには、その人たちが住むための宿舎が必要だし、製薬の作業場も拡張しなければならない。 薬草の栽培畑を増やすのは、その人たちが来てからの方が良いかも知れないから、そっちは後回して良いか。 それにそれは畑の場所を決めさえすれば、後はフランソワちゃんに丸投げすれば良いだろう。
イクストラクトを教えたり、製薬を教えたりの計画はシスターとミランダさんに任せれば良いか。
まずは急いで受け入れ計画を作って、準備して、院長先生に詳しく報告しなければならない。
領主様と院長先生から頼まれたことの、みんなへの説明は終わったし、その中で一番最初に話が進んで問題になるであろう王都から来る見習いシスターの宿舎作りは、ロベルトに丸投げした。
ウォルフとウィリーとジャンは馬に気を取られているし、ロベルトが中心になって僕ら以外が宿舎を作った方が、多くの経験になるからね。
せっかく少し城下村作りが一段落したのだから、なるべく仕事になる様なことは他人に振ってしまわないと、忙しいままになってしまう。
僕は僕でやりたい事があるのだ。
僕が今やりたいのは、やっと馬が手に入ったのだから、それに引かせる荷馬車作りだ。 馬車と言わず荷馬車としているのは、馬を使いたい一番の理由が、鉄鉱石とそれを使って作った鉄の地金の運搬だからだ。
「一頭の馬が引いて無理なく運べる量しか載せれないとしても、それでも道だって平という訳にはいかないだろうから、しっかりとした丈夫な物を作らないとダメだな」
僕はそんなことを考える。 町に向かう道なんかは、僕らは常に整備して、なるべく平にして、草が生えたり水が溜まったりしない様に表面をハーデンで固めたりしている。
しかしハーデンという魔法は、皿などの食器がさほど強度がなくてすぐに壊れることでも分かる様に、そんなに硬くすることは出来ない。 いや、魔力をたくさん注ぎ込んで、かなり硬く出来ないこともないのだけど、道なんかのように広く使うには、それは実用的ではないというのが正しいかも知れない。
とにかくそれだから、鉄なんて重い物を積んだ馬車となると、ハーデンで固めた道なんてすぐに割れてしまうだろう。 そうなるとどうしても凸凹のある場所を馬車は踏んで行くことになる。 もしかしたら軟弱な地盤のところは、石を持ってきて補強の必要もあるかもしれない。 うん、どうであれ凸凹したところを動かすことは確定的だな。
そうなると馬車本体というよりは、荷馬車の車輪と車軸の補強が重要だなと僕は考えた。
頭の中にはゴムのタイヤなんて都合の良い物の知識があるのだけど、そんなのが今の現実で作れる訳が無い。 今出来るのは、鉄で車軸を強化することと、車輪に鉄の輪を嵌めて強化することだろうか。
こういうことは僕が頭の中の知識だけで考えていると、どうも何時でも何か抜けているところがある気がする。 こんな時はちゃんとその道の人に相談する方が良いだろう。
馬車を作る専門家みたいな人はいないけど、鉄を使った製品だから、きっとキイロさんなら今までに何か見ていて、相談に載ってくれるんじゃないかと思う。
「キイロさん、馬を連れてくることが出来たから、本格的に鉄を精錬するために、まずは丈夫な馬車を作らないとダメだと思うのだけど、相談にのってください」
僕は自分が考えたことをキイロさんに相談した。
「車輪に鉄の輪を嵌めるのは良いと思うぞ。 そうすると単純に車輪が長持ちするだけじゃなくて、木で作った簡単な車輪だと木の硬いところと柔らかいところというか、木の木目の方向なんかで擦り減り方が違って歪になりやすいのだけど、鉄の輪を嵌めるとそういうことがないそうだ。
木の車輪に鉄の輪を嵌めるのも、前に親方のところでやったこともある」
やはり鉄の輪を嵌めた車輪は、あるみたいだ。 もっとしっかりと周りの馬車を観察しておくべきだったと僕は反省した。 あまり関係ないと思っていて、注意してそういうところを見てない。
「車輪に鉄の輪を嵌めるのは、木で作った車輪よりほんの少し小さい鉄の輪を作って、それを熱して、熱い状態で嵌めて、水を掛けて冷やせばきっちりと嵌る。
輪をしっかりと作らないと、冷やした途端に切れたりしちゃうから、輪の大きさも含めて注意するところもあるのだが、それは経験があるから大丈夫だ。
問題は車軸の補強に取り付ける輪の方だな。 こっちは車輪の輪と比べると、幅が必要な上に輪の口径も小さいから、車輪みたいに熱して取り付けるという訳にはいかない。
車軸の方は、板を叩き曲げて、車軸に巻き付けて、それを固定する方法かなぁ。
まあそれでも、車軸がすり減って折れるのを随分と防げると思うぜ」
僕はキイロさんの言っていることを理解した。 確かに車軸に取り付けたい鉄の輪は、車輪の方の様に、高温にして伸びるのを利用して嵌めるという訳にはいかないだろうと思う。
「それと問題は車軸が当たる、荷台の方の部分だな。
そこは革を間に挟むしかないと思うが、それでもすぐに革が駄目になるだろうな」
軸受の部分か、確かに摩擦ですぐにダメになりそうだ。
頭の知識としては、鉄でベアリングを作れば解決なのだが、そんな物がまだ作れる訳がない。
「ただ単に革を挟むだけじゃなくて、常に油で滑り易くするとか、工夫しないとダメかなぁ」
「そうだな、その辺は色々と試してみないとダメだな。 それに荷台自体も作らないとダメだろ。
重い荷物を乗せるのだから、そっちもちゃんとしないとすぐ壊れるぜ」
結局、荷馬車作りは僕とキイロさんだけでなく、ウィリー、ウォルフ、ジャンも巻き込んで行う一大プロジェクトになってしまった。
だって、今のところ使う鉄は砂鉄から作らないとならないし、軸受に使う皮は丈夫な物でないとダメだから、兎の革では役に立たないから、大猪を狩ることになったから。
そんなこんなで、僕らは馬に乗る練習をする時以外のほとんどの昼間の時間を使い、荷馬車作りに没頭した。
荷馬車の部分が基本的に出来上がって、それを引くために馬を固定する器具を作る所までたどり着いた。 これはまあ学校に通っていた時に見慣れている物だから、同じように作れば良いのだと楽観していた部分だ。
でも一応これこそ専門家のアドロさんに、僕らが作ろうと思っている道具で間違いがないかを尋ねてみた。
「えっ、この馬に荷馬車を引かせようというのですか。 それは出来ませんよ。
この馬は人を背に乗せて歩いたり走ったりする訓練しかされていないですから、馬車を引くことは出来ないのですよ。
馬車を引かせるなら、その訓練をしなければなりません。
それにこの馬は、馬車を引かせたり、畑で農具を引っ張ったりするのに適した馬ではありません。 単純に道を人が乗った馬車を引くくらいなら訓練すれば出来るでしょうが、重い荷物を積んだ荷馬車を引かせるには不適合です。
そういうことに適した馬も、こちらで牧場を本格的にする時には、連れてくる馬に何匹か欲しいと領主様にお願いしてみるか、自分たちでどこかから仕入れるしかないですね。
農耕に使うような馬は、割と今は仕入れられると思いますよ」
ここまで僕は、いや僕たちは、そんな根本的に問題があることに、全く気がついていなかった。
確かに僕の頭の中には、馬にも色々な種類があるという知識はあった。 言われてみれば僕らがもらって来た馬は、人が乗る以外に使われたことがない。 乗馬に特化した馬だったのか。
この世界にも、そういう馬の使用目的に合わせた種類の違いってあったんだなぁ。 知らなかった。




