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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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故郷の村に寄ってから

 ルーミエとフランソワちゃんが乗馬の練習に夢中になっても、そもそもが2人で1頭だから、ずっと馬に乗っている訳じゃない。

 僕らはまだ大人の体の大きさにはなりきっていないが、それでも女子の2人はもう大人の人とあまり体格差が無いけど、それでも馬に二人乗りしても、馬はそんなに負担に感じないんじゃないかと思う。 でも2人乗りは、1人で乗るよりも難しいことなのは当然なので、2人が出来るはずもない。

 だから交互に乗って練習している。


 僕はというと、体の大きさは2人と違って、まだ大人の男の人と差が無いとは言えない状況だから、もしかすると僕が練習していない方と2人乗りすれば、2頭の馬だけで移動出来るかも知れない。

 しかし、来た時に使っていた馬車もあるのだから、乗馬の練習をしていない方はそっちに乗っている。

 現実的には、僕ら3人はまだそう長く馬に乗り続けることは出来なくて、馬車に乗っている時間の方が多いくらいだ。

 その辺はさすがに騎士の人たちは違っているというか慣れていて、移動はずっと乗馬でも大丈夫みたいだ。


 「こういった旅の時には、馬も人間が歩く程度の速さで歩いていますからね。 急ぎの伝令などで走らせてだと、やはりそうは行きませんよ。 まあ、馬自体もそんな風に駆けると、そんなに長く走っていられる訳では無いのですけど」


 騎士の人はそんな風に言うけど、乗馬に慣れない僕たちは、歩いているような速度での移動でも、乗馬に慣れてなくて、使う筋肉なんかも鍛えられていないからか、そう長くは乗っていられない。

 まあ馬車に乗っているのも、正直に言えば揺れが酷かったりして、お尻が辛かったりもするので、自分で歩くのが一番楽かも知れないとも思う。 少し早足で歩く程度の速度だからね。


 そんな訳で、王都から領主様の町に戻る時には、ルーミエとフランソワちゃんが乗馬の練習を熱心にしていたと言っても、僕たちは馬車の中で話をする時間はたっぷりとあった。 何故かそこに領主様も混じっている。 いや、本来はこの馬車は領主様が乗る馬車で、そこにどういう訳か僕らも同乗させてもらっているのだから、領主様が乗っているのは当然なのだけど。


 「儂だって、歩く程度の速さなら、馬に乗っていられない訳ではないぞ。 しかしまあ、疲れるからな。 尻の痛みに耐えても、こっちの方が楽かも知れん」


 そうなんだよな、馬に乗っている方が、その動きに上手く合わせれば、お尻は痛くない。 馬車に座っていると、どうしてもお尻が痛い。 だけど、馬に乗っていると、動きに合わせたりで足や体幹の筋肉をずっと使っていることになる。 だから疲れる。

 騎士の人たちは、鐙を使うようになって、「以前よりずっと楽になった」ということだ。 以前は内股を締めるのとバランスだけで、その動作をしていて乗り続けていたのだから、訓練されていると言っても、やはり凄いと思う。


 「まあ、それはともかくとして」


 領主様は僕らとほとんど同じで、馬に乗ることには今まであまり慣れていなかったから、騎士の人たちのようにはいかず、僕らと同様に半分は馬車に乗っているから、あまりそこには触れたく無いようだ。


 「お前らの村の中に、馬をまともに飼ったことのある者はいないだろ。

  それにただ飼うだけじゃなく、馬の繁殖を考えると、新たに生まれた馬が少し大きくなったら、それを調教できる技能を持った者がいなければならない。

  だから、新たに馬をそっちに送る時には、そういった技能を持つ者も一緒に送ろうと思っている。 たぶん一家としてそちらに移住させることになると思うから、その為の家とかも考えておいてくれ。 人選もこちらでする」


 みんなと相談してからじゃないと、馬の繁殖を手伝うか決められないと言ったのだけど、領主様たちの間では決定事項になっているようだ。 ま、仕方ないか。


 「しかし、他の馬とその一家をお前らの村に向かわせるのは、さすがに即座にという訳にはいかない。

  そうなると、お前たちの馬2頭の世話に困るのではないか?

  何ならその時まで、お前らの馬2頭は、俺の館で預かろうか?」


 確かにこの旅の間に、騎士の人たちに世話の仕方を教わったくらいでは、馬を飼うのに不安がある。

 城下村では馬を飼うのは0から始めることになるので、何かと色々細かいことが分からず問題が出るのは目に見えている。 こういうのは、僕の頭の中にある知識だけで、どうにかなるという話じゃ無いんだよなぁ。

 領主様はそこを心配して現実的な提案をしてくれたのだと思う。 


 僕が「そうですね、お願いします」と答えようかと思っていたら、フランソワちゃんが言った。


 「領主様、大丈夫です。 何とかなります」


 「フランソワちゃん、そりゃ私たちの中ではフランソワちゃんが一番馬には詳しいと思うけど、大丈夫なの。 難しくない?」


 ルーミエも僕と同じように考えていたみたいで、フランソワちゃんの返答には驚いたし、反対のようだった。


 「うん、私たちだけだと、やっぱり難しいと思うよ、私も。

  だから、私たちだけで大丈夫になるまで、アドロを呼んで来てもらおうと思うの。 そうすれば、困らないし、他の馬が来るまでに色々と進めないといけない準備も教えてもらえると思う」


 アドロさんというのは、僕らが領主様の町の学校に通っていた時に、馬車の御者をしてくれていたおじさんのことだ。


 「ああ、そういう事か。

  俺も会ったことがあるが、お前らが学校に通っていた時に馬車の御者をしていたあの男なら、そうだな、うってつけだな。

  確かにそれが可能なら、一番良いだろう」


 領主様の賛同も得た。

 僕たちは、城下村に戻るのに、その前にもう懐かしく感じてしまう元の村に寄ってからにすることにした。

 僕たちがその寄り道をすること、そしてその理由である馬の繁殖を城下村で請け負うこと、また王都からも人が来ることなどを、簡単にウォルフたちに領主館から人を出して伝えてもらうことにした。

 その方が僕らが最初に伝えるより、きっと文句は言われないと思うしね。


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 フランソワちゃんは実家があるから時々戻っていたけど、僕とルーミエは育った孤児院があるこの村に来るのは本当に久しぶりだ。

 育った村とはいっても、もう孤児院にいる子たちはほとんど知らないし、シスターも城下村にいる。 院長だった偽神父もああいうことになり、今では別の人がなって苦労しているということだから、余計に足が遠のいているというのもある。


 「何だか久しぶりに来たからかも知れないけど、村の様子が少し変わった感じがする」


 ルーミエがそんなことを言ったが、それは僕も同じように感じていたことだ。 すぐに分かる以前との違いは、農作地が前よりも外に広がったことなのだが、それよりも何となく雰囲気が変わったのだ。


 「そうかもね。

  広めた農法が完全に根付いて、収穫量が以前より増えて、全体的に豊かになったって、お父さんが言ってたわ。

  それに最近は簡単に肉が手に入るようになったから、そっちでも食べることに困る人が減ったって。

  それから寄生虫を駆逐したから、健康状態が良くなったというのもあるわね。 だから、この村ではあのお腹を壊す病気の騒ぎもなかったし」


 フランソワちゃんが嬉しそうに解説してくれた。

 そうだよな。 フランソワちゃんは、この村に来れば村長の娘で、村人たちのことをいつも気にかけている存在だったんだ、と改めて思った。

 そう、僕たちが居た時とは違って、今は村人たちがみんな痩せてなくて健康そうで、何となく以前より明るい雰囲気なのだ。

 それが様子が違って見える一番の理由なのだろう。



 僕たちは2頭の馬に跨って、村に入って行った。 ここではフランソワちゃんの顔を立てて、フランソワちゃんは1人で馬に乗り、僕とルーミエは二人乗りだ。

 馬に乗ってやって来る人なんて目立つに決まっている。 僕たちはすぐに村人に声を掛けられた。


 「フランソワ様、お転婆にも馬に乗ってのお帰りですか? きっと村長は驚きますよ」

 「フランソワ様、お帰りなさい」

 「でも馬から降りた方が、村長はともかくお母様に叱られますよ」


 村人たちが次から次へとフランソワちゃんに声を掛ける。 やはりフランソワちゃんは人気者だ。

 僕とルーミエも声を掛けられる。


 「もう2人は誰かと思えばナリートとルーミエか。

  フランソワ様とは違って、お前らは久しぶりだな。 もう少しお前たちも顔を見せに来い」

 「ナリート、お前馬にも乗れるのか?」


 この村ではフランソワちゃんに比べると、僕たち2人に対しての村人たちの物言いはぞんざいになるのだけど、それは当然のことで仕方ない。 

 孤児院出の僕たちのことを憶えていて、声を掛けてくれるのだから、結構良い扱いだと思う。 孤児院の子が村から居なくなれば、すぐに忘れ去ってしまわれるのなんて、今まではごく普通のことだったのだから。

 まあ、僕とルーミエはフランソワちゃんの学友という立場だったので、他の孤児院出の人とは違っているのかも知れないけど。



 アドロさんにしばらくの間城下村に来てもらうという話は、簡単にフランソワちゃんのお父さんである村長の了解を得られた。

 アドロさんは、フランソワちゃんと僕たちの通学に毎日付き合うという仕事が無くなってから、少し暇にしていたらしい。 それに馬も農耕馬ではなく、馬車を引く馬として調教されている馬だったので、その活躍する場が激減していたからだ。

 僕らが使わなくなってからは、フランソワちゃんが領内を回って農法指導をしていた時は活躍していたのだけど、フランソワちゃんが城下村に来てからは、そういった活躍の場を失くしていたからだ。 村長が用事で町に行く時くらいしか、活躍の場がほとんどなかったらしい。

 そんな訳でアドロさんが城下村に行くことは、すんなりと了承された。


 「お父さん、良いの? 町に出る時とか困るんじゃない?」


 フランソワちゃんは少し心配したが、

 「以前と違って、今では町への道で一角兎に襲われる心配なんてまず無いからな。

  それに一緒に行く者1人に竹の盾を持たせておけば、その危険も防ぐことが出来るのが今では判っているから、何の問題もない」

と笑って反論された。


 そうだよなぁ、僕らが通学で通っていた時に、村長が馬車を用意したのは、一角兎の危険を避ける為だったんだっけ。 もう忘れていた。


 ということで、簡単にアドロさんが城下村に来てくれることに決まったのだけど、後から聞いた話では、アドロさんは村長に、フランソワちゃんが城下村で実際にどんな暮らしをしているか、しっかり観察して来るように言われていたらしい。

 村長夫婦はあまりそんな態度を見せなかったけど、どうやら城下村でのフランソワちゃんの暮らしを心配していたらしい。


 僕とルーミエは、生まれて初めて村長宅に泊めてもらうことになったのだけど、その晩は村長夫妻に色々と質問責めにあった。

 フランソワちゃん自身はというと、歳の離れた弟と遊ぶことの方が優先だった。 弟は見慣れない僕らにも興味津々だったのだけど、両親が僕らに集中してちょっと拗ねたりしていて、それも可愛らしかったのだ。


 翌日、アドロさんが城下村に向かう準備をしている間、もう懐かしいと言って良いのか分からなくなった孤児院に顔を出してみた。

 孤児院は、村全体は活気がある感じがしていたのだけど、逆にちょっと活気がない感じがした。

 「どうしてかな?」と思ったら、孤児院にいる子どもの人数が僕たちが居た時よりも、ずっと少ないのだ。


 孤児院に入る子どもは、親がいなくなってしまって、引き取り手がない子どもという訳だけど、以前はそんな子は少なくなかった。

 栄養状態があまり良くない中で、少しの油断や不運で、そういう子どもはたくさん生まれていたのだ。 ちょっとした油断で、モンスターに襲われたり、不運で作物が取れなくて飢餓に陥ったり、流行り病にかかったり。

 ここにきて、そういった状況が村の雰囲気が変わった理由で好転して、結果として孤児になる子どもがずっと減ったということなのだろう。

 良いことなのだけど、何だか自分が卒院した場所が寂れた感じになっているのは、複雑な気分だ。 もっとも、今ここに居る子たちは、ちっともそんなことは感じていないだろうけど。


 もう一つ驚いたのは、前に城下村に来た先輩たちが居たことだ。 何でも今は誰も使っていなかった寮に住み込んでいるという。


 「お前、ナリートだったな。 孤児院に顔を見せに来たのか。

  俺たちもここに挨拶に来たら、宿代わりに今誰も使っていないから寮を使って良いと言われ、それから少しここのことを手伝っていたら、今居るシスターに気に入られて、それで何となく長居することになってしまったんだ。

  そしたら村に冒険者が少なくなっていたみたいで、ここの冒険者組合でも色々頼まれることになって、そんなこんなで今でもまだこの村に居るんだ」


 何だか照れ臭そうに言っていたけど、この孤児院や村の役に立っているなら、使われていない寮に住んで、この村で暮らしても良いと思う。 今なら村を出なくても、生きて行けるのだから。


 僕たちは、先輩たちと今の孤児院に居る子たち一緒に、久しぶりに川のところのスライムの罠を直したり、魚取りの罠を作ったりした。

 孤児院の子たちや先輩たちは懐かしがってしているのだと思ったみたいだけど、ルーミエには僕の意図がバレバレだったみたいだ。

 僕と一緒に罠を仕掛ければ、その罠にスライムや魚が掛かれば、経験値が入るからね。 まだレベルの低い彼らにとっては、その経験値は大きくて、気づかずに[全体レベル]が上がるはずだ。 そうすれば[体力][健康]といったレベルも上がって、色々と有利になるはずだからね。


 結局僕たちは村長宅に2泊することになってしまった。


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