王都の店も色々
「それにしてもやっぱり領主様は凄いね。
王都のお店の人も領主様を知っていて、冒険者みたいな格好をしていても、こうして店長さんを連れて来てくれるんだから」
ルーミエがちょっと嬉しそうに、そんなことを言った。
領主様はその褒め言葉にちょっとだけ喜んだ顔をしたが、すぐに種明かしをしてくれた。
「ルーミエ、店長を呼んで来てくれた店員は、儂の顔を知っていた訳じゃないと思うぞ。 あの店員は儂の胸のハンカチを見て、それと気付いたんだ。
高級な服を見に行っている客を見て、それと気づかない様な店員しか置いていないような店では、根本的に取引の対象にはならないだろ」
僕は領主様が胸のポケットに見せているハンカチはいつものだと分かっていたけど、貴族の服装ではなく冒険者みたいな格好をしていることも含めて、そういった試す意味もあったのかと教えられた。
「男爵、意地が悪いですなぁ。 我が店は既にご領地の方に支店まで出しているでは無いですか。
もし気づかなかったら、取引してもらえなかったということですか。 危ない、危ない」
「何を言っておる、待ち構えていたくせに。
まあそれは良いだろう。 早速だが、まずはとりあえず参考までに色々聞かせてくれ。 本格的な商談は、日を置いてから、こいつらと直接してもらうことになるがな」
領主様はすぐに僕たちが王都にやって来た目的のことを、話し始めてくれるみたいだ。
僕たちは簡単に、王都の店で糸クモさんの糸を使った布が、どのくらいの値段で売られているかを、何軒かの店を見て回って、確かめて来ようと考えていたのだけど、どうやら糸クモさんの糸を使った布は高級品らしくて、簡単には見えない場所にしまわれているらしい。
さっきちらっと見た最高級品らしい服の中でも、糸クモさんの糸が使われている服はその中でも高額だった。
僕たちは、糸クモさんの糸を自分たちで作っているので見慣れているけど、思っていた以上に高級品なのかも知れない。 マーガレットが僕たちに、王都で実際に確かめてみることを勧めるはずだ。
店長さんが僕たちに告げた買取値は、僕たちが考えていたよりずっと高額だった。
「糸クモの糸を使った布は、少し前に主要産地にスライムが異常発生して、ほぼ壊滅してしまいましたから、今はとても貴重になってしまっていますから」
そんな話を聞いたことがあるような気がする。 そのお陰じゃない影響で、アリーの一家が僕らの住む所に移り住むことになって、色々あって今に繋がっている。
「それだけでなく、彼らの村で織られた布は、とても高品質であることも確認出来ていますから、その分も高く仕入れさせていただきます」
「ところで、それらをこちらで買ってもらう場合、この王都まで持って来てから買ってもらわねばならないのか?」
「いえいえ、それでは何の為に近くに支店を作らせていただいたか分かりません。 もちろん支店の方に入荷していただければ、その値で取引させていただきます。
なんでしたら、運搬に人が必要でしたら、こちらから出させていただきますよ」
村の前の支店で取引が出来ることは歓迎だけど、その運搬に人が村に入って来ることは遠慮したいな。
僕らの村でしていることは、これといって秘密にしていることは無いけど、それでも他ではしていない独自のことがかなりある。 それをあまり領外の人に見られたくない気がするのだ。
例えば薬草の栽培も、フランソワちゃんがかなり試行錯誤して頑張ったのだし、機織り機なんかも色々工夫している。 それだけじゃなく、日々の生活の中にかなり違うことがあることを、僕も少しは自覚している。
「いえ、大丈夫です。 村の前にある支店で買い取ってくれるのであれば、そこまでくらい僕らの方で運びます」
僕が少し慌てて、そう口を挟むと、店長さんは僕が慌てたのが可笑しかったのか、少しにっこりして言った。
「はい、それで大丈夫ですよ。
私たちは仕事に必要だと思うから、色々と情報を集めますけど、それを他に流そうとは考えていません。
男爵やあなた方の村とは、これから長く取引させていただきたいと考えていますので、尚更です。 心配しないでください」
完全に見透かされている。 まあ当然なのだと思う。
「いえ、これといって完全に秘密にしていることなんて無いので、そこは心配しているという訳でも無いのですけど、やはり少し周りとは違うことをしているので、まず第一に僕らの村の中では糸クモさんが自由に活動しています。
僕らは糸クモさんと言って、慣れてしまっているのですけど、僕にも経験がありますが、冒険者や普通の人からしてみれば、糸クモさんは恐ろしいデーモンスパイダーです。 びっくりして慌てて怪我をしたり、また反射的に攻撃してしまうと、糸クモさんも反撃してしまうかも知れません。
そんなことも、やはり心配なんです」
「なるほど、そういう問題もあったんですね」
「まあ、あれは知らないと、いや知ってはいてもギョッとはするな。 儂でもデーモンスパイダーの小さいのが、田んぼや畑に行くのに大挙して列を成しているのを見ると、つい身構えたくなるからな」
僕が見透かされた照れ隠しに、別の尤もらしい理由を述べると、店長さんは何だかこっちが恥ずかしくなる感じで納得してくれた。 領主様は店長さんを半分揶揄っているの感じだ。
「それにしてもナリートよ、あの店の位置を村の前というのは、もう間違いだろう。
お前の城下村はもう堀の内側だけでなく、外側も含めたモノとなってきている。 移住はどんどん増えていくだろうからな。
そうなるときっと、堀の門のすぐ前のあの店は、村の中心街に最も近い場所にあることになって、すぐに賑わいの真っ只中の店となるだろう。
良い場所に支店を持ったな」
「そうですね。 それではそろそろもっと売る物の品数や種類を増やす方が良いかも知れませんね。
支店から本店に運ぶ荷も増えることでしょうから、無駄がなくて良いことです。
そのうち、男爵の膝元の町よりも賑わいを見せるようになるかも知れないですね」
「おい、俺はそこまでのことは言ってないぞ。 それにまだお前の所に卸すという約束もしてはいないわ」
「おっと、そうでした。 私も先走りました。
それはともかく、支店で売る品の種類をこれから増やすのは、すぐにでも着手しますので、忙しくなりそうです。
向こうでご入用の物がありましたら、支店になくとも話を持ちかけていただければ王都の本店で仕入れられる物でしたら、何でも支店にお持ちしますので、気軽に支店に話を入れてくださいね」
店長さんの最後の言葉は、僕たちにというより、ルーミエとフランソワちゃんに向かっての言葉のようだった。
一軒目の視察はこんな具合に領主様の主導で、簡単に上手く進んだ。
「どうだ、俺と一緒に来て良かっただろう。
お前たちだけじゃ、せいぜい外からか、店の入り口近辺を見て回るだけだったんじゃないか。 それじゃあ、目的がちっとも果たせなかっただろう?」
悔しいような気も少しするけど、領主様の言う通りだ。 領主様はどうやら休みを一度喜んだのに、領主様と一緒に出かけることになったことに、ちょっと恨みがましいような気持ちになった僕たちに気がついていたようだ。 それで言い訳してきたみたいだ。
「今のが、これからお前たちが、あの布を卸す時の基準になる値となるだろう。 単純に値が高いか低いかだけでなく、他の条件も考えてみるんだ。
ま、実際に経験してみないと、理解できないだろうから、今日はどんどん多くの店を見て回るぞ」
領主様がまず最初は弾いたのは、領主様が入った店の高級な品物を見ようとすると、領主様の冒険者のような格好を見て、それを拒んだ店だ。 最初の店でも言っていた通りだ。
「このハンカチを一目で普通の物ではないと気付く位の目を持たない店員しかいない店はダメだ。 勉強が足りない、と言うよりは糸クモの糸を扱ったことがないし、扱いたいという野望もないのだろう。
それでは最初から話にならん」
次に領主様が弾いたのは、最初の店よりも明らかにかなり高い買取値を提示してきた店だ。
「高値で買い取ってくれるなら良いような気がするかも知れないけど、あそこまで値が違うのは信用出来ない。
最初は確かに高値で買い取ってくれるかも知れないが、独占契約を持ちかけてきたりして、その後は買い叩いてしまえとか、何かしらの悪いことを考えているのだろう。 布を卸すのは儂ではなくてお前たちで、契約もお前たちとになると聞いて、お前たちなら後でどうとでもなるとでも考えたのだろう。
何かしら悪いことでも考えていない限り、そうそう買取価格が大きく変わる物ではない。 裏があると見るべきだ」
他にも少し高値で買い取ってくれる所もあったが、そこは王都での買い取りということで輸送は僕たちが行わねばならなかったりと、どうやら結局一番条件が良いのは、村の前に支店を出している最初の店のようだった。
「まあ、そういうことだな。
儂や老シスターがお前らから貰ったハンカチを見せたら、それに目敏くすぐに食い付いて、支店を作った才覚はなかなかのものだと思う。
それに今回お前たちが儂と一緒に来たことも、事前に報告が入っていたようで、こっちに来てからのお前たちの動向もしっかりと報告を受けていたようだな。
ナリートはともかく、ルーミエとフランソワのことは、お前らがこっちの孤児院でしたことを聞いたのだろうなぁ。 まあ老シスターも、そこら辺の影響も考えて、お前らを連れ回してこっちの孤児院を回ったのだろう。 もちろん小さい子を診させたいという目的もあったのだろうが。
それにしてもルーミエの能力に関しては知っていたから驚きはしないが、フランソワの能力に関しては改めて報告を聞いて驚いたぞ。 農業以外のことでも、お前の感化力は有効なんだな。 王都の孤児院のシスターが、お前が教えることで次々と魔法が使えるようになったそうだな」
「いえ、領主様、そんなことはありません。
確かに子どもたちを少し生活魔法が使えるようには出来たかも知れませんが、シスターたちはすでに習っていた魔法を、どう使うのが効果的であるかの実際を少し話しただけです。
どうやらあまり魔法を使わないことが良いことだと思い込んでいたみたいで、それでは魔力量も増えないということをついでに教えただけです」
フランソワちゃんとしては珍しく、自分が褒められたことを狼狽えた感じで謙遜した。
「自分では、それだけという位のことなのかも知れんが、あの店長や儂にはルーミエだけでなく、お前もやはり特別だと感じる位のことだったのだ。 フランソワ、そこは誇っても良いことなのだぞ」
フランソワちゃんは、昔は単純に村長の娘だからということで、その後は農業指導者として、そして村に来てからも、ちょっとだけ後からの参加になったが、一番最初からのメンバーの中にシスターと共に入ってしまっているから、ちょっと特別視されている。
だから頼られたり、褒められる感じになっているのは普通のことなのだけど、面と向かってそれを言われると、とても恥ずかしがるのだ。
「それは良いとして、他に気になる店はあったか?」
領主様の質問にルーミエが答えた。
「小さな店だったけど、高級な布にならない太い糸で織った布があるかどうか聞いてきたお店。 太い糸でも良いとも言ってた。
『あまり高くは買い取れないのだけど』と申し訳なさそうにも言ってたけど、あの店は気になる」
確かに僕もあの店は気になった。
実際のことを言えば、僕らの飼育から離れる前の太い糸が一番多く取れるのだけど、その糸は太過ぎて高級な布にはならない。
今現在はシスターとルーミエが主導している薬ではない方、つまり女性の生理用品の原料の一つとして製品化されているけど、それだけでは使いきれていない。
糸クモさんがデーモンスパイダーと言われて恐れられる、その状態の時の糸より僅かに細いだけだから丈夫で切れにくいのだけど、流石に糸にする処理をした後なので、大きくなった糸クモさんが自分の住処周辺に張った糸ほどではない。 でも糸クモさんが張っているだけの糸は、日の光や雨風に晒されると、そのうち切れてしまうけど、処理した糸はそれよりはそういうことに強い気がする。 それでロープに編んだりして使うと、とても丈夫でしなやかな良い物になるのだけど、高級な物というのが頭にあるので、やっぱりなかなか使いにくいんだよなぁ。
それを少し安くても、買い取ってくれたり、利用してくれるなら、それもまた良い取引先と言えると思う。
ただ問題もあって、その店は小さな店なので、輸送までは手が回らないということなので、もしそこに卸すことになると、王都までの輸送はこちらでどうにかしなければならない。 そうなると卸値が安いこともあり、現実的にあまり利益は出ないんじゃないかな、とも思った。
「確かにナリートの言う通りなんだけど、それだけでもないじゃん」
ルーミエには別に思うことがあるようだったけど、今回はまだ視察に来ただけで、実際に卸す物が出来るのもこれからなのもあってか、あまり深く話すことも、こちらから聞くこともなく、話は放置されてしまった。




