見えてしまった
「ナリート、もう少しゆっくり歩いて、私そんなに速く行けない」
「あ、ごめんごめん」
僕は仕事が休みという貴重な日に、ルーミエを連れて林に向かっている。
それはルーミエとの約束でもあるけど、シスターに頼まれてしまったから、断れなかった結果でもある。
正直僕は面倒だな、とも思っていた。
だけど、今はラッキーだったと思っている。
何故なら、この約束があったお陰で、僕は今日、村から外に出るのに、余計な言い訳を考えたりしないで済んだからだ。
柴刈りをしに行くという普通の理由が、仕事が休みになる日にはないので、みんなの近くを離れて、1人で外に出るには何か理由を考えなければならなかったのだ。
まあ最近は、リーダーに僕が目をつけられているのは誰でも知っているから、それから逃げるためだと、みんなは思っているので、僕が居なくなっても黙認してくれていた。
でも僕が多くの時に、見える範囲に居ないことに気づいたリーダーが、最近ではうるさく僕の居所を気にするような感じになってきていたのだ。
だから、シスターに頼まれたという大義名分があるのは、とても楽で嬉しかったのだ。
僕の頭の中では、ルーミエのことはほとんど忘れ去られていた。
ほとんどで、全部じゃないよ。
ちゃんと2匹以上獲れていないと困るな、とは思っていたから、ルーミエのことを完全に忘れていた訳ではない。
だけどルーミエが、僕自身とは違って、か弱い女の子であることは、すっかり忘れていた。
僕は自分ではレベルが上がって、もし本当にやる気になれば、僕を目の敵にしていじめているリーダーだって、簡単に倒せる自信がある。
自分を見てみた結果によると、僕自身はもう大人と同じくらいの体力の数字になっているんだ。
鍛えていないからか、それよりも栄養状態に問題があることの方が大きいんじゃないかと思うけど、数字は大人レベルでも思春期の子どもくらいの体力らしいけど、それでも確実にリーダーよりずっと上だろう。
レベルが上がって、前よりも動けるようになった、疲れなくなったと最初はとても感動したのだけど、すぐにそれに慣れて、それが普通の感じになってしまっていた。
だから、僕がいつもの調子で動いているのに合わせていたルーミエは、かなり無理をして僕についてきていたことになる。
文句を言ってくるのは当然のことだと思う。
うん、ルーミエを見てなくて、ルーミエが言い出すまで、ルーミエが苦しい思いをしていたことに全く気がつかなかったのだから、これは僕が悪かったと思う。
ちょっと気が咎めて、僕はルーミエに言った。
「今日さ、袋を作る方法を教えたり、実際にその材料を採ったり、作り始めたりするだけじゃなくてさ、他のこともしようと思っているんだ。
きっとルーミエも喜んでくれると思うよ、期待してて。
もうちゃんとルーミエの大変じゃないくらいで進むから、頑張って林に行こう」
「うん、大丈夫。
ナリートが速く歩きすぎるから、ちょっと疲れちゃっただけだから。
でも、私のことを見ないでどんどん行っちゃうんだもん」
「ごめんごめん、悪かったってば」
僕がもう一度そう言うと、ルーミエは手を伸ばしてきた。
置いていかれるのは嫌だから、手をつなげということだと理解した。
うん、確かにそれなら忘れられて置いていかれることはないよな。
別にルーミエと手をつなぐのを躊躇うこともない。
だって小さい子の体を洗うのを手伝っている時なんて、僕もルーミエも服を脱いで裸でやっていて、そのままルーミエが僕にくっついて来るなんて、よくあることで何とも思わない。
ちょっとだけ手をとるのを躊躇った自分が、「あれっ、どうしてだろう」とちょっと変な感じだった。
僕はルーミエと手をつないで、ルーミエのペースで歩く。
僕はこんなにゆっくりしか歩けないんだ、とびっくりした。
それでもルーミエが真剣に歩いているのは、その顔を見ればわかる。
「レベル1って、こんなに弱かったんだ」
と僕は思ってしまった。
そして、改めて自分の今現在のレベル4というのが、みんなとかなり違っているのだろうと想像した。
それから僕は本当に何気なく考えてしまった。
ルーミエって、本当にレベル1だよね、まさかレベル0とかって数字はないよね。
そんな馬鹿なことを考えてしまって、ルーミエのことを自分を見るみたいに見てみたいと思った瞬間、
「あっ、見える!!」
驚いて、僕の口からルーミエと一緒にいるのに、独り言が思わず大きな声で出てしまった。
「見えるって、ナリート、何が見えるの?」
僕のちょっと大声の言葉に少し驚いたのか、ルーミエが即座に僕にそう尋ねてきたので、僕はルーミエのことをほんのちょっとだけしか、その時には見なかった。
「あ、違った。
あっちの方に、材料にするのにちょうど良い蔦が見える、と思ったのだけど、見間違いだった」
「何よ、大きな声でいうから、何かと思った。
まだ遠いから、見える訳ないじゃん」
「何だか見えたと思っただけだよ。 誰でも見間違いはあるよ」
僕はルーミエを誤魔化して、ちょっと怒ってそっぽを向いた真似をした。
ルーミエはあっさり騙された。
僕はルーミエと手をつないで歩きながら、今のことを考えた。
確かに僕には見えた。
[名前] ルーミエ
[家名] なし
[種族] 人間
[年齢] 7歳
[性別] 女
[全体レベル] 1
[職業] 聖女
[名前]は、うん、そのままルーミエだな。
[家名]は、ルーミエはないのか。 でもそれは普通のことだ。 [家名]がある方が珍しいはずだ。
[種族]は、当然だけど人間だな。
[年齢]は、本当に7歳だ。 本当に僕と同じ7歳だったんだ。
[性別] [全体レベル]は当然のことしかないな。
でも、[職業] 聖女 って、これ普通じゃないよね。
僕は今、歩きながら、さっき見えたことを思い出して考えている。
まず第一の問題は、なんでルーミエのことが見えたかということだ。
僕は自分のことを見ることができることは、レベルが初めて上がったあの時に、頭の中で言われて、良く分からないけど知っていた。
でも、自分以外の人のことも見えるなんて言われていないし、知らなかった。
でもルーミエのことが見えてしまった。
どうしてだろうと思って、ちょっとだけ思い当たることがあった。
良い石があったりするのが、分かるようになったのが関係するのではないかと思った。
今の僕は良い石がないかとか、意識して見つけようと思うと、近くならその場所がわかる。
前は本当の近くでないと分からなかったけど、今は両手を伸ばしたくらいまで分かるようになった。
でも、それは意識してそうしようと思った時だけだ。
さっきは、というか今もだけど、僕はルーミエと手をつないでいて、つまりとても近い位置で、ルーミエのことを見たいと思ってしまった。
もしかしたら、近くにいたことと、見ようと思ったことが関係しているのかもしれない。
もう一つの問題は、ルーミエの[職業]だ。
聖女って、どう考えても普通じゃない、というか特別な職業な気がする。
なんだか、ルーミエがそんな特別な存在だとしたらと思うと、ちょっと真剣にドキドキしてきてしまった。
「ルーミエ、ルーミエもこの前、神父様に[職業]を見てもらって、何だったか教わったんだよね」
僕はちょっと唐突だったかもしれないけど、直接聞いて見ることにした。
ルーミエは僕の話の唐突さなんてまるで意に介さず、そっぽを向いていた僕が話しかけてきたので、嬉しそうに答えた。 ちょっとだけ胸が痛い気がした。
「うん、見てもらったよ」
「で、さ、ルーミエの職業はなんだったの?
そう言えばそれを聞いてなかったことを思い出した」
「ん、別にナリートと同じだよ。 確かナリートもそうでしょ。
普通に村人だよ。 大体は村人か農民なんだから、当然そうだよ」
「えっ、村人なの? 違う何かじゃない?」
「何言ってるの、ナリート?
あたしなんかが、村人と農民以外の何かなんて、なる訳ないじゃん。
違うのは特別な人だけだよ。
あっ、でもシスターは、お父さんもお母さんも農民だったのに、自分はシスターだったて言ってたけど」
うーん、やっぱり僕が見ると、神父様が見るのとは違うことが見えてしまうのかな。
僕も村人って、神父様には言われたけれど、自分で見ると罠師だからなぁ。
いや、ルーミエの場合は、さっきは本当にチラッと見ただけだから、まだ見間違いの可能性もあるな。
そんなことを僕はルーミエと話したり、考えたりしながら林までやって来た。
ここからは本当に気をつけて、スライムと遭わないようにしないと。 今はルーミエが一緒だから、素早くは逃げられない。
そうだよな、さっきのルーミエの調子だと、走って逃げるのは大変そうだ。
出来なくはないだろうけど、すぐに疲れて動けなくなりそうな気がする。
あ、良いことを思いついた。
「ルーミエ、ここからは林だけど、今までは見える範囲が広かったから、そんなに危なくなかった。
でもここからは木の幹や、葉っぱや、草の陰になって、簡単には見つからないスライムがいるかもしれない。
もちろん気をつけているけど、もしルーミエが近くにスライムを見つけたら、僕にも教えてくれ。
それで、本当に近くで危なそうだったら、その時は僕がルーミエをおんぶして逃げるから」
「ナリート、あたしだって自分で走って逃げられるよ」
「うん、でもさ、ルーミエは林に来るの初めてだろ。
林の中に慣れていないから、転んだりしたら、スライムに追いつかれちゃう。
それでルーミエがもし怪我でもしたら、任された僕がシスターに怒られちゃう。
それにルーミエだって、スライムにどこか溶かされたくないだろ。
溶かされると凄く痛いぞ」
流石にちょっとルーミエは怖くなったようだ。
「ナリートはスライムに溶かされたことがあったんだよね。
本当に凄く痛かった?」
「痛いなんてもんじゃなかった。
僕が溶かされた時は、偶然近くに冒険者さんがいて、すぐに治癒魔法で治してくれたから良かったけど、そうでなかったと思うと、今でも思い出しただけで冷たい汗が出るほど痛かった」
「うん、わかった。
あたしが見つけて、危ないと思ったら、素直にナリートにおんぶしてもらう」
「うん、絶対だよ」
僕はルーミエにそう念を押してから、いつもよりも気をつけて辺りの気配を探ってから林の中に入った。
今日は柴刈りをする訳ではないから、林のどの場所でも構わなので、以前都合の良い蔦があったところを目指す。
「ナリート、どんどん進んで行くけど、どこに向かっているの?」
「うん、前に都合が良さそうな蔦があった場所に行こうとしている。
誰か他の人に取られてなければ良いのだけど」
僕が前に見つけていた場所は、幸いにも他の人に採られてはいなかった。
「良かった。 あったよ。
僕が一番下を切って、それから木から引き剥がすよ。
ルーミエは僕が適当に引き剥がしたのを、束にして纏めて」
あとで叩いて潰すから、あまり太い蔦だと大変になるから、適度な太さの部分を選んで、根本に近い部分を石のナイフで切って、それから木から引き剥がす。
蔦は途中途中で木にも根を伸ばして絡ましているので、それを引き剥がすのはかなりの力仕事なのだ。
前はそれが大変で、引き剥がせないで木に絡み付いてる根を切ったりもしたのだけど、今の僕は力任せに引き剥がすことが出来る。
「ナリート、凄いね。
もしかして、それって凄く力が要るのかな?」
「うん、僕も最初は引き剥がすことがなかなか出来なくて苦労した。
最近は慣れて、引き剥がすことが出来るようになったんだ」
ルーミエは僕がしている作業を見ただけで、自分ではとても出来そうにない、とても力を使う作業をしているのだと解ったみたいだ。
「すごい、すごい」と言ってくれるので、僕は何だか嬉しいけど、照れ臭い気持ちになった。
今回の主目的の蔦を採ることは意外に簡単に終わった。
まあ、そうでないと僕は自分の目的をしている時間がなくて困るのだけど。
「蔦、簡単に採れたね。 もう帰るの」
「いや、もうちょっと他のこともしてからにしようよ。
でもちょっとだけ休憩」
僕は力を使ったので、ちょっと休憩することにした。
レベルが上がって、体力とか筋力とかも上がったのだけど、栄養状態の問題なのか持久力はあまり上がっていない気がする。
「今はこの周りにはスライムはいないみたいだから、ルーミエも安心して休んでいて良いぞ」
僕は一応用心のために、周りを少し探ってから、休むことにして、ルーミエを安心させた。
ルーミエは林に入ってから、明らかに神経を研ぎ澄まして、辺りの警戒をしている。
ずっとそんなに気を張っていたら、本当に疲れ切ってしまう。
ルーミエはちょっとホッとした顔をして言った。
「それじゃあさ、この近くだったら、あたしは草を摘んでもいいかな。
そしてナリートの袋に入れて、持って帰ってくれる?
私にはまだ袋がないから」
「この近くなら安全だから、それは構わないけど、何の草を採るの?
食べられる草?」
僕は何気なく自分でそう言って、「あっ、そうか。 食べられる草も林の中にはあるかも知れない、いや、きっとあるだろう」と、ふと考えた。
「違うよ。 それにあたし、食べられる草なんて知らないもん。
あたしが採るのは、傷薬が作れる草。
シスターに教わったんだ。 それがあるの。
だからシスターへのお土産にするの」
「へぇ、そうなんだ。
それなら僕にもその草を教えて、僕も一緒に採るよ」
ルーミエに、その傷薬が作れる草を教わって、それを意識すると、僕はすぐに自分の近くにその草があれば、分かるようになった。
やっぱり両手を広げたくらいの範囲だけど、その範囲の自分の近くにその草があると、どこにあるのかなんとなく分かるのだ。
僕はすぐにルーミエより素早く、その草を採ることができるようになった。
「ナリート、見つけるの早い」
「うん、何かを見つけるのは得意なんだ」




