やっと王都に来た目的に
フランソワちゃんがイクストラクトを覚えたら、すぐに体内の寄生虫の除去にも成功したと聞いて、僕はちょっと悔しい思いをした。
僕は傷口から異物を排除したりすることはすぐに出来たのだけど、体内から寄生虫を除去するのは今だに出来ない。 見えない物を、隔てている物を通過して取り出すということが、どうにも想像できないからだろうか。
ルーミエやフランソワちゃんの言動を見たり聞いたりしていると、ちっともそんなこと考えてなさそうだけど。
院長先生が、ルーミエとフランソワちゃんがもう見習いではなく初級シスターになっていると言ったというので、2人にも頼まれて見てみると、確かに[称号]には初級シスターがあった。
ルーミエはそれでも分かる気がする。 今までシスターの称号がなかったのは、シスターにならなかっただけで、任命されてシスターの役目というか仕事をすれば、称号を得てそのレベルが上がるのは当然のことの様に僕にも思えた。 だって、ルーミエは今までもずっとシスターと一緒に、シスターとしてのレベルに関係が深いと思われる、治癒魔法や製薬をし続けて、そのレベルが随分と上がっているからだ。
シスターと違って関係すると思われる[項目]で上がっていないのは、説法という項目のみだ。 ちなみにシスター自身もその項目は、シスター自身も言うように、積極的に説法なんて行為をしないため上がっていなかったのだが、最近は急に上がっている。 僕はシスターの言葉は、聖女様の言葉として聞いた人が尊重する様になったからではないかと密かに思っている。
フランソワちゃんはルーミエに比べれば、シスターと一緒に寄生虫の駆除に駆け回ったり、製薬を頑張っていた訳じゃない。 それなのに何故、すぐに初級シスターになったのだろう。
「ルーミエは解るんだよ、ルーミエは」
僕がつい小声で呟いた独り言を、フランソワちゃんに聞かれたようだ。
「そうよね、私もそう思うわ。
ルーミエはシスターになっていた訳じゃないけど、ずっとシスターを手伝っていたから、すぐに初級になってもおかしくないと思うの。 でも、私は違う。 私はそんなにシスターの手伝いなんてしてないのに、なんで私まで初級シスターなのかしら?
ナリート、真剣に見てみて。 私も本当に初級シスターの称号ってある?」
「うん、本当だよ。 院長先生の方便じゃない」
「当然だよ。 フランソワちゃんは私と同じことして来たのだから、称号も同じで当然だよ」
いや、それは違うだろう、と僕は思ったのだけど、それなら何故?
「あ、フランソワちゃん、すごく製薬のレベルが高いよ」
僕は驚いて声が出てしまうほど、フランソワちゃんの[製薬]という項目のレベルは高かった。 治癒魔法のレベルは、さすがにルーミエほど高くなかったけど、それでも僕より上なのは寄生虫を除去出来るからかな、製薬はルーミエと同等のレベルだ。
「えっ、なんで?
私、ルーミエとは違って、普段、製薬なんてしてないよ」
そうだよな、薬作りはシスターとルーミエ以外はミランダさんとマーガレットたちの仕事で、フランソワちゃんは加わっていない。
「でもさ、結局、薬草なんかの栽培は、フランソワちゃんが一番試行錯誤して、栽培が上手く出来るようにしたじゃん。
直接薬作りをした訳じゃないけど、その薬の原料というか素材を得ることに関してはフランソワちゃんが1番の功労者だよ」
そこかぁ。
「なるほど、確かにそうなのかも知れない。
それからルーミエ、[説法]という項目は、フランソワちゃんの方がお前より上だぞ。 どうしてそうなるか、薬草の栽培方法を他の人に教えたりしたからかな」
「それ、なんとなく解る気がする。
今日だって、フランソワちゃんは子どもたちや孤児院のシスターに魔法を教えたり、普段の鍛え方なんてのを教えていたもの。
フランソワちゃんは、人に物を教えるのに慣れているというか、そこが上手だから、きっとそうなるんだよ」
フランソワちゃんも初級シスターの称号になるのは、やっぱり当然なのかも知れない。
僕は領主様の挨拶回りに連れ回され、ルーミエとフランソワちゃんは院長先生に孤児院に連れて行かれる。
何だか王都にやって来てから、そんな日ばっかりだけど、それ以外のこともちゃんとしている。
まず僕らが絶対にしようと決めたのは、馬の世話の手伝いだ。
僕らの城でも馬を飼いたいから、これは絶対に覚えたい。 僕たちは朝の世話は必ず手伝って、夕方戻って来てからの世話も可能な限り手伝うようにした。
夕方が可能な限りなのは、僕は領主様の他の貴族への挨拶回りから戻ると、その後の側近の人との話し合いにも同席させられることが多かったし、ルーミエとフランソワちゃんは戻って来る時間が遅かったりすることが多かったからだ。
それでも馬の世話は、なんとなく慣れたのだけど、ルーミエとフランソワちゃんが希望していた騎乗訓練はする暇がなかった。
「ちゃんとズボンは手に入れたのに」
とルーミエは文句を言っているけど、時間が取れないのだから仕方ない。
そんなこんなしているうちに、仕事と言って良いのか、領主様が挨拶周りしない日と、院長先生が孤児院に行かない日が出来た。
院長先生は毎日の孤児院行きに疲れたので、キリの良いところで休日を入れたのかも知れないけど、領主様の場合は、休みなど要らないから早くやる事を終わらせて帰りたい、という考えの様だから、僕や側近の人たちのための休日だろう。 基本立っているだけだから、体は疲れないけど、気持ちはとても疲れるから、僕も休日は嬉しい。
休日が嬉しいのは僕だけではなく、ルーミエとフランソワちゃんももちろん同じ感じなのだけど、それだけじゃない。 一番嬉しそうだったのは、領主様の側近の人たちだ。
僕たちは王都の領主様の館のお世話係の人たちに、あまり迷惑をかけないように、食事はなるべく、領主様も含めて全員で一緒に取ることになっているのだが、休日となったこの日は、側近の人たちの希望で朝食の時間まで、いつもより遅めの時間で、朝からのんびり過ごすことになっていた。
僕ら3人は当然、領主様からは一番離れた席でだけど、和気藹々と朝食を食べていた。
館の中ではルーミエとフランソワちゃんは、給仕をしているおばさんたちと共に一緒に何かの仕事をしていたりすることが多いから、部屋の物を運んで来る方の出入り口にも近いのが僕らの席だから、おばさんたちも僕らの話に混ざったりもしている。
「ナリート、ルーミエ、フランソワ」
席が離れているので、食堂内の全員に聞こえる大声で、領主様が僕らに呼びかけた。
「食べたら、今日はすぐに儂と町に行くぞ。
儂も今日は普通の服装で出るから、お前らも普通の服装に、つまり町での服装に着替えておけ。 おっと、ただしルーミエとフランソワはズボンはダメだぞ」
僕たちは一日のんびりと過ごすつもりだったのだが、領主様はそんな時間を僕らにはくれないみたいだ。
ルーミエとフランソワちゃんに、「スカートを履け」と言うのだから、普通の服装と言っても僕らが城でしている様な、作業用の服装寄りの格好を求められたのではないのだろう。 僕たちは町に行くときの服装というか、僕らにしてみればちょっと気を使った服装、フランソワちゃんの村長の娘としての服装に合わせたという感じの格好をした。
玄関ホールで待っていると、自室から出てきた領主様が、「まあ良いだろう」という顔をしたから正解なのだろう。
しかし、その評価を下した本人の格好は、どう見ても貴族様には見えなくて、ベテランの冒険者という感じだ。 一応腰に帯びている剣だって、冒険者然としたいかつい物ではないし、目立つような防具を着けたりしていないのに、どうしてそう見えるのだろう。
僕たちは王都の館を管理してくれているおじさんが御者をしてくれた馬車で、王都の町の中心部に向かう。 馬車といっても貴族の馬車という感じの馬車ではなく、ちょっとした商人かなんかが家族用に使うくらいの感じの箱馬車だ。
それもその馬車でどこかに直接付けるのではなく、適当な所で降りて、それからは自分の足で歩くみたいだ。
「さあ、今日は何軒か回ってみるぞ。 お前たちは、その為に王都まで来たのだからな」
僕たちはせっかくの休日を領主様に潰されてしまった様な気がして、少し不満に思っていたが、そんなことはなくて、領主様は自分の男爵としての仕事を休みにした日に、僕らが王都に来た目的に協力してくれるようだ。 ルーミエとフランソワちゃんの機嫌が一気に良くなった。
「1軒目は、お前たちの村に支店を出してきたところの本店だ。
一応基準となるだろうから、最初に行ってみるぞ」
僕たちは領主様に先導されて、立派な構えの店に入っていく。
何だか場違いな場所に来てしまった気がして、気後れしてしまう。 場違いといえば、貴族の館を訪ねるのに加わっている方がもっと場違いなのだけど、そっちは何ていうか仕事という感じで、領主様の付き人という立場になりきれるので、案外大丈夫なのだ。
それと違いこの店では、領主様自身からして冒険者みたいな感じだし、この店に入って行くのは場違いな感じなのだ。 僕たちはそれ以上だよ。 フランソワちゃんまで、なんとなく緊張しているから、僕とルーミエは本当に気後れしてしまう。
そんな僕らの心情を全く忖度しないのか、それとも気にも留めていないのか、領主様は構うことなくズンズンと店の中に入って行く。
店の中は、思った通り、僕らを除いてみんなもっと綺麗なちゃんとした格好をした人たちだ。 僕らは着てくる物を失敗した、と思った。 もっと高級な服を着て来るべきだった。 でもそれだと逆に領主様が浮いてしまうかも知れない。
店の中に居た客たちは、店の雰囲気に合わない武骨な感じの領主様と、それと同じようにみすぼらしい格好の僕たちに、胡散臭そうな視線を向けている。 領主様と違って、僕らは入り口から少し中に入った所で立ち止まってしまい、それ以上中に入ることを躊躇ってしまった。
「おい、何をしている。 早くこっちに来い。
目的としているモノは、そんな場所では見れんぞ」
他の客の冷ややかな雰囲気をまるで気にせず、領主様は僕らに行動を促した。
従わない訳にはいかないので、僕らはちょっと視線を避けるために俯き加減で領主様の方に近づいて行った。
領主様は、どんどん最高級品が並べられている奥の方へと向かって行った。
その領主様を見ていた店員が、何だか急いで奥に引っ込むと、何だか立場が上らしい人と一緒に戻ってきた。
僕たちは、その店に飾られている最高級らしい服を前にしているのだが、何だか緊張してあまり目に入ってきていない。 領主様だけは、全く辺りを気にせず、服を見ている。
「男爵、お越しでしたら、すぐに声を掛けていただければ、すぐに奥の部屋においでいただくのに。 飲み物でも用意しましょう」
「ああ店長。 今日は若い連れも居るからな。 たくさんで押しかけるのも、と思ったのだ。
それに今日の主役は儂ではなく、コイツらだからな」
「それはそれは。 お連れの方も勿論構いませんとも、一緒に奥にお連れください。
それに他のお客様に目立ってしまって、お連れの方たちは辛そうではありませんか。 なおさら奥に来ていただいた方がよろしいのでは」
店長らしい人にそう言われて、初めて周りを見回して、領主様は言った。
「どうやら目立たない様にと思ったら、余計に目立ってしまった様だな。
それじゃあ甘えようか」
「そうなさって下さい。
それに私もお連れの方と、しっかりと顔馴染みになっておきたいと思いますので」
その言葉を聞いて、領主様はちょっとニヤッと笑った。
周りにいた他の客たちは、ぱっと見の格好から場違いに思っていた僕たちが、店長自ら奥の部屋に招待する様な貴族の一団だったことに驚いて、みんなが僕らを見ていた。 それで余計に領主様以外は緊張して居た堪れない感じになっていた。
「男爵様、今日はお供を連れての視察ですか?」
「ああ、まあ、そんなところだ」
僕たち3人は良く分かっていないが、領主様と店長さんは互いに分かりあっている様な調子で軽く話をしている。
それにしても流石に領主様は、他の客からはちょっと場違いな人の様に僕らと共に思われていたみたいだけど、店の人には顔が知られているのだろうか。 すぐに店長さんが呼ばれて出てきたのに、びっくりだ。
「ということは、こちらがあの村の人たちですね?」
「そのとおりだ。
ナリート、ルーミエ、フランソワ、こちらがお前たちの村に支店を出している店のオーナー兼、王都の本店の店長さんだ。 きちんと顔を覚えておけよ」
僕たちは領主様に促されて、店長さんに挨拶をした。
「報告は受けています。
城下村の代官になっている村建設の発案者のナリートくん、もう1人の聖女のルーミエさん、豊穣の女神と言われる農業指導者のフランソワさんの3人ですね」
「おいおい、随分としっかり調べているな。 ナリートとフランソワのことはともかく、ルーミエのことは一応秘密なはずなのだが」
「それは、これから長く取引をさせていただきたい方々ですから。
私も伊達や酔狂で支店を出したりしません。 当然、情報も集めさせていますから。
しかし、なんとも調べて送られてきた情報の内容が、なかなか信じ難くて、判断に困っていたのですが、こちらに来てからの様子を聞いて、本当のことだったのだと驚きました」
「やれやれ、なかなか抜け目のないものだ」
と言いつつ、領主様は笑っているから、想定内だったのだろう。
「何をおっしゃいますか。 男爵様も私どもが見ていることは知っておられましたでしょう」
「まあ、当然見ているだろうと思っていたから、それを咎めたりはせんよ」
なんだろう、領主様とここの店長さんは仲が良いのか、悪いのか、どっちなんだか判らない調子で話をしている。
領主様は他の貴族を訪ねるのに僕も連れて行って反応を見たり、何だか王都では神経が疲れることをいつでもしている感じだ。
僕はそんなことは僕らには関係ないし、どうでも良いのだけどな、と思った。 知りたいのは、僕らの所でできる布がどのくらいの価値があるかだけなんだけど。




