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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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フランソワちゃん、また覚醒?

 次の日も、今度は朝から院長先生はやって来て、また私たちを連れて別の孤児院に行った。


 前の晩、領主様の王都の館に戻ってからナリートが私たちを見てみたら、[称号]に2人ともしっかりと「見習いシスター」というのがあった。 院長先生が私たち2人を見習いシスターに任命したというのは、私たちを使うためのちょっとした方便ではなくて、本当のことだったようだ。


 「ルーミエは、[職業]が聖女だから、シスターに任命されてもおかしくないけど、私は本当にただの農民だよ。 その私がシスターになれるの?」


 フランソワちゃんは驚いていたけど、[称号]にちゃんとあるということは、もう本当になっちゃっているのだから仕方ないよね。 それにフランソワちゃんは、農業の指導者というだけでなく、最近は一部では「豊穣の女神様」なんて言われている。 女神様扱いされることから比べれば、シスターなんて大したことないと私は思うのだけどな。

 フランソワちゃんが、自分がシスターになったことにとても驚いて大騒ぎをしたので、私は何だか自分がシスターになったことを驚き損ねてしまった。


 今度の孤児院でも、私とフランソワちゃんの役割分担は同じで、私は小さい子たちの寄生虫を発見したら、それをイクストラクトで排除する作業をしている。

 以前はシスターと2人でこの作業をしていると2人とも魔力を使い果たして疲労困憊したのだけど、今ではレベルが上がったのもあるし、もしかしたらイクストラクトを使い続けて精通したからか、このくらいの人数を相手にするのは問題を感じない。

 フランソワちゃんも、次々とホットウォーターでお湯を出してやり、ヒールを使い続けているけど、全く疲れた様子はないから、私と同じように余裕があるのだと思う。

 私たち2人は互いが見える位置で、互いに任された仕事をしているのだ。 結構忙しいし、魔力が少ない人だとすぐに音を上げてしまうような事なのだろうけど、私たちなら出来ることだし、孤児院の子たちのためだから頑張れる。


 「ルーミエ、ちょっとだけこっちを手伝って」


 洗ってあげていた1人の女の子を見て、フランソワちゃんは私に声を掛けてきた。

 遠目でもちょっと傷があるようだから、きっとそれが関係しているのだろうけど、ヒールで治る範囲の傷に見える。 何が問題なんだろう?


 「ちょっと待っててね、呼ばれたから、あっちを見て来るからね」


 私の前に並んでいる子に、私はそう言ってから、フランソワちゃんの所に行った。


 「フランソワちゃん、どうしたの? 何か問題があったの?」


 「ルーミエ、ちょっとこの子の傷を見てみて」


 私は言われるままに、フランソワちゃんが問題にしている子の傷を見てみる。

 傷はちょっと前に負った傷のようで、少し治りかけてしまっている。 でも処置が悪かったのだろう少し膿んでしまっていた。


 「傷を負ってすぐの処置が悪かったんだね、ちょっと膿んじゃってるね」


 でもまあ、こういうことは良くあることで、フランソワちゃんが治療を躊躇う事ではないだろうに、と思った。


 「うん、そうなんだけど、それだけじゃなくて良く見てよ。 傷の中に小さな小石が入っていて、そのまま治りかけているから、中に入り込んじゃっているじゃん。

  その小石を取り出すことを考えたら、普通に取り出すのは、また治りかけているところを破って取り出すことになるから、かなりの痛みがあると思うの。

  だからルーミエを呼んだのよ。 イクストラクトで取り出してあげて」


 フランソワちゃんに言われて、もう一度良く見てみると、確かに小石が傷の中にまだかなりあって、それを取り出そうとすると治りかけてしまったので、逆にとても痛そうだ。

 でもまあ、これも良くあることだよ。


 「あ、本当だ。 確かにこれはイクストラクトで取ってあげないと可哀想だね。

  イクストラクトで取ってあげれば良いと私も思うよ」


 なんだ治療方法の相談だったのか、と私は思った。


 「だからルーミエ、イクストラクトで取ってあげてよ」


 「私に頼まないで、フランソワちゃんがイクストラクトで取ってあげれば良いじゃない」


 私にはフランソワちゃんは何を言っているのだろうと思った。


 「ルーミエ、私、イクストラクトを覚えてないわ」


 「あれっ、そうだったっけ」


 「今までイクストラクトを使うのって、ルーミエとシスターだけだったじゃん」


 「えっ、そんなことないよ。 寄生虫を除去するのはどういう訳かダメだけど、イクストラクトはナリートも使うよ。 だからきっとフランソワちゃんも使えるよ。

  良い機会だから、覚えて使ってみたら?」


 「私が使うの? 出来るかな?」


 「大丈夫だよ。 失敗したら、私が掛けるから。

  見えているモノに掛けるのは簡単なんだよ。 きっと出来ると思うよ。

  傷の中の小石を全部しっかり見て意識して、そうしてやれば出来るよ」


 フランソワちゃんは、私の言葉を真剣に聞き、ちょっとだけ緊張した顔で女の子に向かった。


 「イクストラクト」


 フランソワちゃんが傷に手を翳して魔法名を唱えると、しっかりと魔法は発動して、女の子の傷の中の小石は取り除かれた。


 「本当だ。 私にも出来たわ」


 「そりゃ出来るよ。 というかフランソワちゃんの魔力なら、十分に出来ると思っていたよ。 というか、出来ないのを知らなかったよ、私は。

  これで問題ないね」


 フランソワちゃんは私の言葉を聞き流して、女の子の治療を続けていた。

 膿をウォーターの水で綺麗に洗い流し、傷口にクリーンを掛けた上で、それからヒールを掛けた。 女の子の傷は綺麗に治った。

 私は自分の仕事に戻った。



 私が自分の仕事から一時的に外れてフワンソワちゃんのところに行ったからだろうか、どうやらそれは院長先生の注意を引いたようだった。

 私とフランソワちゃんは院長先生のことを気にしていなかったのだけど、一部始終を院長先生はしっかりと見ていたようだ。


 「誰もあの女の子の治療はしなかったの?」


 院長先生はちょっと厳しい詰問調でこの孤児院のシスターに質問した。


 「はい、傷を負ったということは把握していて、しっかりと傷口を洗い流すように指示はしたのですが」


 1人のシスターが答えた。


 「それで傷の様子の確認はしっかりしたの?」


 「いえ、そこまでは」


 「何を馬鹿なことをしているの。 今のフランソワの治療の様子だと、その時点で十分に治療するべき怪我だったのは明白でしょう。

  どのくらいの怪我かの確認もしないで、治療の必要があるかどうかも判らないでしょ」


 シスターたちは、その院長先生の言葉になかなか声が出ない。

 この孤児院の年長のシスターが仕方がなく答えた。


 「ヒールはもしも何かあった時に備えて、なるべく温存しておくことは当然のことですから、言った以上の処置をここでは出来ませんから」


 「あの子の怪我は、当然その何かあった時に当たると何故考えないの?

  それに私の連れて来た2人が今見せているように、魔法を使い続けることがあなたたちには出来なくとも、それでも1回か2回しかヒールを使えない訳ではないでしょ。 もし、それしか使えないのだとしたら、尚更普段から使うことを心掛けて、多く使えるように訓練する必要があるのではないかしら。

  それだけではないわ。

  さっきフランソワが行った治療を、あなたたちは驚いた顔をして見ていたけど、まさかヒールを掛けるまでの治療行為に驚いていた訳ではないでしょうね」


 「私たちは学校で、傷にヒールを掛けて治すことしか教わっていませんから」


 「何を言っているの、傷口に異物があったら、しっかりとそれを除去してからヒールを掛けると教わったでしょ。

  その除去の手段としてイクストラクトも教わったはずよ。 ヒールと違って、イクストラクトは学校で出来るようにならなくてはならない必須にはなっていないけど、その知識は教わっているはずです。

  それに傷付いた時の処置として、まず傷口を綺麗な水で洗うというのは、冒険者たちでさえ知っている知識よ。

  フランソワがそれに加えてクリーンも使っていたのは、クリーンの効果が新たにきちんと確認されたからだけど、その効能に関しては私から教会本部にきちんと連絡をしたから、その効能については知らせが届いたはずよ。 ま、その効能にしっかりと気づいたのも私ではなくて『聖女』と呼ばれた元シスターなんだけどね」


 今度はもう年配のシスターさえ声を出せなかった。


 「仕方ないわね。

  あなたたちみんな、今、手の空いていてるシスターは、フランソワを手伝って、治療の仕方をしっかりと教わりなさい。

  あなたたちも生活魔法のドロップウォーターは使えるでしょ。 それが出来ないと手伝いにもならないから」


 「待ってください。 お言葉ですが、私たちが見習いシスターに物を教わる訳にはいきません」


 「それなら初級シスター用の黒いリボンを二つ持って来て。 ここにも予備はあるでしょ。

  私が連れて来た2人は、年齢からするとやっと見習いになれるかどうかの年齢だから、それに合わせて見習いシスターということにしたのだけど、本当はもう初級シスターなのよ。

  それなら、あなたたちも教わっても構わないでしょ」


 見習いシスターはあくまで見習いであって、本当のシスターではないという扱いらしい。 それで見習いシスターから物を教わることは、変な抵抗があるらしい。



 老シスターが来たということだけで、それを気にしていたこの孤児院の院長であるらしい神父は、何だかざわついた雰囲気に気が付いて、近くにやって来ていた。

 それに気が付いた年配のシスターが声を掛けた。


 「神父様、あの2人は若いけど初級シスターとのことですが、本当でしょうか?

  老シスターの言葉を疑う訳ではないのですが、あまりに若いので、ちょっと信じられない気がしてしまいまして」


 そう言われて神父はルーミエとフランソワを見た。

 いや、見ようとして焦った。 とても困った顔をした。

 老シスターがニコニコしている。


 「どう? 見えなかったでしょ。

  あの2人は鍛えられていて、ここの神父様よりレベルが上だから、神父様には2人のことは見えないのよ。

  それだけでもあの2人が見習いじゃないと信じられるんじゃない」


 その事実に驚いて唖然としたのはシスターだけじゃない。 見えなかった神父様も唖然としていたのだ。

 王都の孤児院の神父様は、神学校出の若手のなりたての神父が多いので、レベルはあまり高くないのだ。

 要は、孤児院の子どもたちが見えれば、それで良いという考えらしい。


 そんなハプニングがあったけど、結局ここのシスターたちはフランソワちゃんに怪我の治療法を習うことになった。 院長先生の目論見通りなのかな。

 シスターたちは、シスターの学校でそういうことはきちんと学んだはずなのだけど、フランソワちゃんのすることをしっかり真似することは出来ない人がほとんどだった。

 まず第一に、魔力が足りなくて、傷を洗うのに水を出して、それからと魔法を次々と使っていくと、すぐに魔力が枯渇して疲労困憊になってしまう人が続出したのだ。

 フランソワちゃんは、「本当は魔法で出した水で傷口を洗う方が良いのだけど」と断ってから、井戸の水で洗わせて、洗い終わった子に自分で傷口にクリーンを掛けてから、シスターたちにヒールを使わせた。


 「もしもの時のために魔力を温存しておく必要はあると思うのですが、魔法も普段から使い続ければ徐々に魔力量も増えていきますから、ヒールだけでなく生活魔法なども、もしもの時のための分は残すことを心がけつつ、なるべく使って練習をした方が良いです」


 自分も参加してみて、あらためてフランソワちゃんとの違いを知ったシスターたちは、その言葉を神妙な顔をして聞いていた。


 「凄いでしょ、あの2人。 聞いたことがあると思うけど、私が今いるところで『聖女様』と呼ばれている人の弟子なのよ、あの2人は」


 院長先生は、前日の孤児院でしていたのと同じようにシスターのことを宣伝して、同じように出来るようになりたくないかと、なんだか勧誘をしている。



 それでも他のシスターも手伝ったから、フランソワちゃんの方が早く終わって、私の方にやって来た。

 私は自分だけというのは、ちょっと悔しい気がして、フランソワちゃんにも寄生虫の除去もやってみてもらおうと考えた。


 「フランソワちゃん、イクストラクトにもう慣れたかな。

  寄生虫を除去するのもやってみてよ。 もしかしたら出来るかもしれない」


 「それって、ナリートも出来ない事でしょ。 無理だと思うよ」


 「やってみないと分からないよ。 フランソワちゃんは寄生虫もしっかり目にして、どういうモノか解っているから、出来る可能性はあると思う。

  ナリートと違って、私と同じ立場なんだから、きっと上手くいくよ」


 とにかく試してみてもらわないことには始まらない。 私はフランソワちゃんも出来たら、たぶん明日も続くこの仕事が楽になるのにと思って、励ましてみた。

 寄生虫がいるのが判っている子を1人、フランソワちゃんに託してみる。

 フランソワちゃんは、出来なくて失敗しても何も問題がある訳じゃないかと、軽く考えてみようとしたみたいで、とりあえずという感じで試してみた。

 

 「あれっ、なんだかあっさり成功しちゃったみたい。

  寄生虫を除去するのって、ミランダさんも習得するのに苦労したって話だよね。

  こんなに簡単に出来ちゃって良いのかしら」


 「ナリートが上手くいかないのは何故か分からないのだけど、ミランダさんと比較すると、フランソワちゃんの方がずっとレベルが上だからじゃないかなぁ。

  きっとそんなとこだと思うよ」


 出来たことを喜ぶのではなく不審に思っているらしいフランソワちゃんに、私は咄嗟に思いついた理由を言った。 理由なんてどうでも良いんだよね、出来てしまえば。



 帰りの馬車の中で私たちは院長先生に言われた。

 「あなたたちが初級シスターにもうなっているのは本当だけど、きっとすぐに中級シスターになるかも知れないわね。 何しろあなたたちは、カトリーヌが正式にシスターになった時に初級を飛び越えて中級での登録になったのだけど、その時のカトリーヌよりももうレベルが上なのだから。

  カトリーヌが中級で登録された時も、すごく若い中級のシスターだと話題になったのだけど、あなたたちがなれば、カトリーヌの記録を更新して大きな話題になるのは目に見えているわ。

  今日はあなたたちを都合で、もう見習いシスターを超えているとバラしてしまったけど、中級になっても、それは秘密にしましょうね」


 院長先生は自分が口にしたことだけど、私たちがもう初級シスターになっているのをバラしたのは失敗だったと思っているようだ。

 でも本当に私たちは初級シスターにもうなっているのだろうか。 見習いシスターの[称号]があることを昨晩ナリートに確認してもらったばかりだ。

 今晩もナリートに確認してもらおう。

 それにしてもフランソワちゃんは、本当にあっさりとシスターの使う魔法が使えるようになるなぁ。


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