最初に仲良くなったのは
「水路の水量管理ならロベルトが担当しているから、ロベルトに聞いて」
マイアに聞いてみると、すぐに誰が担当しているのか教えてくれた。
ロベルトって、機織り機作りを始めるまで、自分では「何かしら重要なことは何もしていないから、嬉しい」なんて言ってたけど、今までだってしっかり役割を持っていたんじゃないか。
あれ、もしかして知らない僕の方がおかしいの?
「もしかして、ロベルトが水路を管理していることって、他のみんなは知っているの?」
「それはきっと知っているわよ。
水路の脇に設置しているスライムの罠に餌を付けに行った時、水路に少しでも壊れたところがあったら、修理したことを報告したり、堀の水量が少なくなったら、水門を少し開いて水量を増やすようにお願いしたり。
水路と堀を維持するには、それなりに手間をかけていないとダメでしょ。 今はその水路の水を田んぼや、畑、その他にも使っているのだから。
誰かが責任を持って管理して、点検してなかったら、すぐに不都合が出てきて壊れちゃうよ」
うん、それはそうだ。 ハーデンで表面を固めて、水漏れを防いだり、崩れにくくしているとはいえ、所詮は土で作った施設だ。 食器が何かの拍子で割れたりするのと同様に、きっと色んな所が少し壊れたりしているのだろう。
気がついた人が、その場で補修していると思うけど、そこはやはり誰もが同じだけの技量がある訳では無い。 きちんと確認の点検をしなければならないのは当然のことだ。
堀の水量が足りなくなった時も、それならすぐに水路に流す水量を増やせば良い、という話ではない。
田んぼに水を引き込んでいる時などは、水路の水嵩が増すと、予定以上に田んぼの水深が深くなってしまうかも知れない。
そういった他の作業状況を確認して、水量を増やすことを周知してからやっと、水門を開いて水量を増やすことができる。
うわっ、めんどくさい。
「うん、そうなのか。
それじゃあロベルトに相談してみて、それから感謝もしてくるよ」
「うん、それが良いわ。
水路のことは、だからロベルトが一番詳しいし、それに作るだけじゃなくて、作った物を維持するのも結構大変で、ナリートはそこが頭から抜けているから、それをしてくれているロベルトに、たまにはちゃんと感謝すると良いと思うよ」
何だか話の最後の方は、マイアに説教をされた気分だ。
ただマイアの言うことは尤もなんだよな。 僕は何かを作ったり、何かを始めたりすることは夢中になって行うのだけど、そういったことが軌道に乗ると関心が薄れてしまって、それから後のことは誰かに託して、忘れてしまう。
その誰かに託すことだって、自分で人選している訳ではなくて、人任せだ。
で、そういうことの采配をしてくれているのが、ちょっと前までは女性で一番年長だったマイアだ。 ウィリーはもちろんだけど、ウォルフとロベルトもマイアには頭が上がらないから、必然的にそのポジションになった。 それ以外はエレン以下みんな年下だから、孤児院時代以来当然の上下関係があるので、誰もその差配にちゃんとした理由がない限り文句を付けられない。
性格的にも、マイアは世話焼きの姉御肌だけど、細かいことを気にしたりしない大らかなところがあるから、みんなに慕われる。
この城下村は、僕が言い出して開拓を始めたのと、領主様と親しいこともあって、他から来る人への権威付に、僕が代官ということになっているけど、実際に一番上に立っているのは、もしかしたらマイアじゃないかと思う。
新たな移住者の耕作地の土地の塀作りと開墾は、もう先に僕らに代わって領主館の人が家だけでなくその分を含めた代金を受け取ってくれていたので、なるべく速やかに行わねばならない。
ということで、その工事をしにやって来たのだが、メンバーは相談を受けていたのでフランソワちゃんは当然やって来て、田んぼも作るということで水を引くので水路の責任者としてロベルトも来た。 あとはフワンソワちゃんが声を掛けた丘の下の後輩たちだ。
ところがどういう訳かキイロさん一家がそれに加わっている。
「俺もこの村の住人として、鍛治だけじゃなく、少しは開拓仕事も覚えようかと思ってな」
なんで今更、それにそれならなんで、まだ乳飲み子の子どもまで連れて奥さんも来ているの? 僕の胡散臭げな目つきを見て、キイロさんは白状した。
「いや、俺は参加する気はなかったんだが、タイラが、どうしても参加するとうるさかったんだよ。 仕方ないだろ。
だからそんな変な目つきで俺を見るな」
タイラというのはキイロさんの奥さんのことだ。 当然だけどタイラさんも僕の孤児院の先輩で、僕は覚えていなかったけど、タイラさんの方はキイロさんと違って、小さかった時の僕らを覚えていた。 男の子は外に出て林で柴刈りをするのが主で、小さな子の世話は女の子の方がすることが多かったからだろう。 だから、なんとなく気恥ずかしいんだよな。
とにかくキイロさんは、奥さんのタイラさんに強制されて、今回の開拓に参加しているということか。
自分たちのための土地の開拓ということで、当然だけど全員スコップや鍬などの道具を持って集合だ。 うん、なんて言うか、すごく気合いがはいっている。
僕たちも丘の上を開拓した最初の日は、こんな風に気合いがはいっていたなあ。 ふと僕はそんな風に懐かしいものを見た気がしてしまった。
一方の僕らの方はというと、到ってのんびりムードだ。 ダラダラとした雰囲気にロベルトが怒っている。
「こら、お前ら、もっとしゃきっとしろ。
堀の排水路から水を引き込む為に、竹の管を埋設したり、水の取り入れ口を作ったりもするからな。
特に取り入れ口はちゃんと作っておかないと壊れやすいから、しっかり作るぞ」
「ロベルトさん、そんなこと解っているって」
「ならもっとちゃんとしろ。 お前ら、もう今日は目一杯魔力使わせてやるからな。 覚悟しておけ」
開拓予定地に着くと、最初にフランソワちゃんが全員に向かって、挨拶というか宣言をした。 僕が代官として言うよりも、フランソワちゃんが言う方が、新たな移住者にとっては有り難みがありそうだからね。
「ここが皆さんの開拓する場所となります。
今は排水路に水がほとんど流れていませんが、必要な時にはしっかりと水を流すので安心してくださいね。
今日から何日かかけて、5家族のそれぞれの土地を作りますが、順番に作っていきます。 全部が出来てから、それぞれのご家族でそれぞれの土地を好きに使うことになります。
具体的な作業をどうするかと、その指揮はナリートとロベルトが執りますから、その指示に従ってください」
僕らは一家族用の区画を土壁でそれぞれに囲って作ることにした。 全体を大きく囲う方が面倒がないのだけど、それぞれにした方がそれぞれの所有がはっきりして、後からの面倒は少ないだろうと考えたからだ。
それともう一つ、スライムや一角兎などのモンスターの侵入を許してしまった場合、それぞれの区画で被害が止まる可能性も考えたからもある。 僕らの作った壁の外だから、完全に守られているとは言えないからだ。 まあ、近くのモンスターは狩ってしまうので、あまりそんな事態は考えられないけどね。
僕の指示でまずは場所をしっかりと測って決めて、土塀を作るための縄を張る。
ま、当たり前の最初の作業なのだが、そんな作業も見慣れないのか新たな移住者たちは真剣な顔で、興味津々に見ている。 あ、自分たちの土地になるのだから、広さとかが間違っていないかが心配なのか。
「なるほど、そうやって開拓する土地の広さをしっかりと決めるのですね」
違った。 本当に見慣れない作業だったからだった。
「よし、それじゃあいつもの様に、縄張りの外側を掘って、盛っていってくれ。
最終的な形を整えるのと、ハーデンをかけるのは僕とロベルトの2人でやる。
取り掛かってくれ」
後輩たちにはそんな簡単な指示で十分だ。
「キイロさんはどうします? 彼らに混ざりますか?
キイロさんはソフテンは使えましたっけ?」
「ナリート、馬鹿にするなよ。 俺だって、流石にここに来てからソフテンは覚えたさ。
それに、お前らはともかく、少なくとも下の若いのには魔力量だって負けないからな。 当然あいつらに混ざって俺もやれるところをタイラに見せないとな」
キイロさんは魔力をとても必要とするメルトを毎日使って鍛冶仕事をしているから、魔力は鍛えられていて多いし、レベルも高くなっている。 丘の下の後輩たちに負けないのは当然だろう。
問題は、当事者である新たな移住者たちである。
縄張りをしていた時は、単純に珍しい作業を興味深く見ていただけのようだが、土を掘って盛り上げる作業に入ると、最初は自分たちもその作業に参加しなければと考えたようだが、後輩たちがソフテンで土を柔らかくしてどんどん掘っては盛ってを繰り返すのを見て、驚いて動けなくなっている。
フランソワちゃんとタイラさんが、どうしてその速さで作業が進められているのかを説明している。
魔法を使って土を柔らかくして、それで掘り返しているからの速度なのだが、そんな方法があること自体を知らなかった彼らから見ると、現実離れした速度で作業が進んでいるのだ驚いてしまうのは無理ない。
「フランソワちゃん、掘るのは彼らに任せてもらって、移住してきた皆さんには盛った土の形を整えて、踏んだり叩いたりして固める作業をしてもらえるかな。
そっちは任せるよ」
僕たちの壁作りは版築という方法だが、木が貴重なので、基本型枠を作って固めるという方法は取らない。 単純に盛っていく土を踏んだり叩いたり突いたりして固めて、不必要な部分は削っていくという方法だ。
もう手慣れているフランソワちゃんに任せれば、しっかり指揮して、慣れない移住者も作業してくれるだろう。
「あの、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」
移住者の1人がそう言って来た。 あれ、何か問題があるかな。
「はい、なんでも聞いてください」
「あの、土壁で大丈夫なのでしょうか?
作った時は良いかと思うのですが、雨が降れば壊れてしまうのではないでしょうか。
それとも、あちらの大壁のように外側に何かをするのでしょうか?」
「あ、土を盛って整形した後で、表面全体にハーデンという魔法を掛けるので大丈夫なんです。
ハーデンというのは、食器の皿とかを作る時に使う魔法で、硬くして崩れにくくしたり、水が染み込みにくくする魔法です。 主に食器なんかを作っている人が使う魔法ですけど、実際は誰でもが使えるようになる生活魔法のちょっとした応用なんです。
もちろん土で作った壁ですから、どうしても壊れる部分は出てくるので、後で土を掘るのに使っているソフテンという魔法と共に、ハーデンという魔法も教えますので、皆さんにも覚えてもらおうと思っています。
作った物はどうしても補修は必要になりますが、それは当然皆さんにお任せすることになります」
僕の説明にたぶん納得は出来ていないだろう。 初めて見たことだから理解が追いつかず、とりあえず保留されただけだろうと思う。
もう1人疑問の声をあげた。
「本当に、土を盛った壁で大丈夫なのでしょうか?
一角兎は地中に穴を掘って来ると聞きました。 その為に石の壁を作る時は先に穴を掘って地中の部分にも石の壁を作るのだと、私は思っていました」
「はい、それが普通なのは僕も知っていますし、僕の前に住んでいた村でもそうやって石壁を作っていました。
ですがそういった方法で石壁を作るのはすごく大変で、作るのに手間がかかるのも時間が掛かるのも知っていると思います。
そこで僕らはこの方法を考案しました。
色々実験もしてみましたが、確かに土を盛るだけだと、兎はその下を掘って入り込みます。
しかし、壁の外にある程度の深さの堀があると、それで兎は入り込めなくなることが確認出来ていますので大丈夫です。
それから付け加えますと、壁の形は最終的にはフォームという魔法で、スライムが登りにくい形に整えますし、表面も大壁と同じにツルッとした感じに仕上げます。 それも主目的はスライム対策です。
一角兎は堀と壁があれば、意外に簡単に防げるのですよ。 あ、それから堀になっている部分も整形してハーデンをかけて崩れないようにしておきます」
こっちの説明は、なんとなく納得してもらえた気がする。
「あとは、当然ですが1箇所出入り口を作りますが、そこは竹で作った扉を付けます。
竹はスライムが嫌いますし、一角兎がそれに突っ込むとツノが刺さって身動きが取れなくなります。 一角兎狩りをする冒険者の盾と同じことですね。
ですから、とにかく出入り口のその竹の扉を開けっ放しにしないことは気をつけてください。
夜、忘れて開け放しておくと、簡単にスライムも一角兎も入り込んでしまいますから」
この注意はとても納得してもらえた。
外側の壁作りが終わり、中側の田んぼや畑作りを始めた時に、僕は思い出して、この土地の所有者になる一家全員を集めて、排水路との間にスライムの罠を作って、その使用方法も教えた。
僕たちはもうスライムの罠ではレベルが上がらないけど、この移住してきた人たちのレベルだとまだまだ上がるだろう。
まあそういうことは関係なしに、水の近くだからスライムが集まりやすい環境であるからスライムの罠は作っておく必要がある。
スライムの罠に関しては知ってはいたみたいだが、自分で作ったり使ったりしたことはないようで、彼らは作るのも、その使用方法の説明にもとても真剣だった。
1日目は一つの区画を作るので精一杯だった。
僕としてはそのくらいの広さを作るのは、この人数でも2区画はいけるかと思ったのだが、甘かった。
中の田んぼ作りと畑作りになった時に、移住者の人たちにまずソフテンを教えたのだが、それが出来るようになるまでに、今までにないほど手こずり、なんとか出来るようになってもあっという間に魔力切れを起こした。
魔力切れを起こしたということは、体力も使い果たしてしまったということで、移住者は作業を続けられなくなってしまったのだ。
移住者の人たちは、自分でソフテンの魔法を使ってみて、それを使い続けて作業している僕たちと、自分たちの違いを認識して、領主館でお金を払って最初の開拓をしてもらうことを強く提案された理由を、初めてはっきりと納得したのだった。
その日の作業を早めに終わりにすると、タイラさんが移住者の女性たちを風呂に誘っていた。
風呂場は門の中にある施設だから、移住者の人は入ったことがないらしい。 というか、この城下村では入浴は普通のことになっているが、一般の人にはそんな習慣はないのだ。
「タイラは、風呂で移住者の女の人に子育ての話を聞くつもりらしい。
ここには子育ての相談を出来る人がいなかったからな。 シスターは相談にのってくれるけど、シスターは自分の子を育てた経験はないからな」
あ、それでキイロさんとタイラさんは、新しい移住者のための開拓作業に加わってきたのか。 僕はとても納得できた。
タイラさんは、女性たちとすぐに仲良くなれたみたいだ。 移住して来た人たちも、この村のことを気軽に聞くことが出来る人が出来て、互いに有益だからな、とちょっと思ってしまった。




