移住が始まった
何だか最初に話を聞いた時からすると、どんどん尻つぼみになっていった城下村発展計画で、僕はどんどん興味を失って、ほとんど忘れそうになっていた。
実際問題として、領主様の言い方だと、すぐにでも移住者が来るのかと思ったのだけど、そんなことは全く無かった。 やっぱり領主様が大袈裟に言ったんだな、と僕はほとんど無関心になりながら思っていた。
そんなことを思っていたら、門の所の見張り台から、開拓を始めた集団がいるとの報告が入ってきた。
領主様のところから僕らに、「移住者を送る」という連絡はないから、結局先に来たのは正規に僕らの城下村に移住しようとする人ではなく、僕らの城下村の近くを勝手に開拓して便乗しようという輩だった訳だ。
まあどこを開拓しようと、それは開拓する人の自由であって、僕らが自分の土地とした場所でなければ、文句が付けられる訳でもない。 好きにしてもらうしかない。
僕らが苦労して作った道を、自分たちでは何の苦労もなく利用することだけは、狭量なのだけど少し腹立たしいけどね。
「お手並み拝見というところだな。
ま、俺たちとは方法が違うだろうから、苦労すると思うけど」
ウォルフが少し悪い顔をして、そんなことを言った。
彼らは、僕らの城下村から少し離れた川沿いの場所を開拓することにしたみたいだ。
水を簡単に確保したり、壁を作る石を簡単に集めるには、川の近くが有利だからだろう。
「あんな川に近い場所で、スライム対策が出来るのかな。
スライムの罠を作ってもいなさそうだし」
ロベルトは丘の上に住む男の中では、唯一の一番元からのメンバーでは無いからだろうか、少し同情的な感じて言った。
彼らには、最初から一つ大きな誤算があった。
彼らは壁である程度の土地を囲えるまでは、スライム避けに、自分たちのほんの小さな小屋の周りに灰を撒いて安全を確保しなければならない。 その為の灰を得るため、また煮炊の為の燃料がいる。
その為の薪や柴を、僕らが管理している尾根の林から得ようと考えていたのだ。 近場で燃料が簡単に得られると安易に考えていたようだ。
もちろん断固拒否だ。
僕らは尾根に近づいてきた彼らに警告した。
「この城下村の中心である丘の後ろの続く尾根の近くのかなりの部分は、城下村で植林したり管理している。 尾根の周りの木々も植林して育てている物だ。
それらの場所に立ち入ることは控えてもらいたい。
立ち入って、何らかの物を採取した場合、この村へ盗みに入ったとして、盗賊として対処させてもらう。
だから薪や柴を確保したいなら、かなり離れた場所まで行くことになるだろう」
「それからこれは善意で教えておくけど、この尾根の奥の方はデーモンスパイダーの巣となっている。
そのことは領主館では説明されることになっているのだけど、あなたたちはそこを通さずに来たらしいので、もしかすると知らないかもしれないので、教えておく。
十分に気をつけた方が良い」
ウォルフとウィリーが、剣、槍、弓といった武装をして、柴刈りと思われる装備で少し城下村を迂回して尾根の方に向かおうとした彼らに近づき、そう警告した。
武装はしているし、口調も衛兵の時の口調だ。 面白がって威嚇している。
彼らは諦めて、すごすごと戻って行った。 それはそうだろう、デーモンスパイダーがうようよいると判っている所に、薪や柴程度の物のため入っていく馬鹿はいない。 命と天秤にかけることでは無い。
結局彼らは町に行って、薪や柴を調達してきたみたいだ。
それから僕らは、今までは優先的に行っていた道に沿っての兎狩を止めた。
近くに彼らがいるので、変なトラブルになることを避けるためだ。 別に意地悪をしようとしていた訳ではない。
僕らも最初は兎狩りで手に入る肉は重要な食料だったから、彼らに近い場所で狩ることを控えたのだ。 僕らが狩ることで、彼らが狩れなくなる可能性を考えたのだ。
結果的には、僕らが町に続く道の付近の兎狩を控えたことが、この勝手にやって来た開拓者たちが、開拓を諦めて撤退する一番の引き金になったようだ。
僕たちは、今では誰もが気軽に兎を狩るので忘れていたのだけど、一角兎は冒険者が狩る獲物のモンスターであって、一般の人が誰でも狩れるというモノではなかったのだ。
僕らが道の両側付近や、新たな開拓者が入った土地近くの狩りを控えたため、その辺りは一角兎からしてみれば安全な土地になり、その数を増やした。
水に近い場所に生息するスライムへの対処だけで苦慮していて、壁作りもなかなか進まないでいた開拓者たちは、スライムだけではなく増えた一角兎にも悩まされることになった。 そして極め付けは、兎が増えたことと、僕たちが狩に入らないことで、兎を餌とする平原狼も戻って来てしまったことだ。 平原狼となると、僕らの所でも対処できる人は限られてくるので、もう彼らが対処するのは完全に無理で、冒険者を頼んで駆除してもらう案件だ。
燃料にする薪と柴も予定外に町から買わねばならなくなった彼らに、その依頼金を払う余裕はなかったのだろう。 彼らは開拓を諦めて、ほうほうの体で町へと戻って行った。
結局彼らが残したのは、僅かな長さの石を積み上げた塀だけだったのだが、僕らが後からそれを利用することはない。 僕らの村とは関係なく開拓をするという関係で、道からはそんなに離れていなかったけど、僕らの城下村からは少し離れた場所だったので、僕らにはメリットがなかったからだ。
彼らの残した石積みは、かなり後まで失敗というか愚かさの象徴みたいな扱いになってしまった。
そんな扱いになってしまった原因は僕らにある訳じゃない。 彼らが開拓に失敗して町に戻って行って、それからほとんど間を置かずに、今度は領主館の担当してくれた人が自ら引き連れて、今度は僕らの所に新たな移住者を連れて来たからだ。
「ナリートくん、この人たちは、つい最近開拓に失敗して逃げ戻ってきた人たちとは違い、きちんと私たちの説明も受けて納得して、その為の資金も用意して来た人たちです。
事前に準備をお願いしてあった、安全な場所にある家に案内してあげてください。
それから耕作する土地の、安全のための土塀と最初の開墾も、ナリートくんたちに依頼するそうなのですが、それに関しては相談したいこともあるそうですので、話を聞いてあげてください」
担当の人に僕たちは、5組の家族を紹介された。 どの家族も1人か2人の子どもを連れた夫婦のようだ。
本当にあのお金を払ってもここに移住して来ようとする人がいるんだ、と思いつつ僕たちは用意してあった家にまずは向かってもらう。
防御用の塀の外側の堀に最も近い位置だから、水を使うのにも困ることはないだろう良い場所だ。 家も簡素な物だけど、文句を言われることもなかった。
まずはとりあえず、その家でその日は休んでもらうことにする。 彼らはそれぞれに最低限の家財道具や農機具などを荷車に積んで引いて来たから、それらを家に入れたりもしなければならない。
担当者さんも、移住する家族のゆっくりな足に合わせてやって来たので、その日のうちに日帰りするという訳にはいかなくて、一泊して行く。
僕たちは、その後の事情というか、今までの経緯を担当者さんから聞いた。
「やっぱりナリートくんたちのことをよく知らない人たちにしてみると、この辺りの開拓は子どもでも出来たのだから、誰でも簡単に出来ると思われたみたいですね。
ですから、この村への正式な移住となると、ちゃんと資金が必要だと知ると、それを嫌う者が出た訳です。 そんな金など払いたくはないと」
うん、まあ、そうだろうなと思う。
「私たちも、そういう者が出るのは想定していましたから、まずはそういう人に勝手にやってもらうことにしました。
今日連れて来た人たちは、最初から私たちに相談して来ましたが、そういう自分たちだけでも出来るという人の意見にも引きづられて、すぐには決心が出来なかったのです。
まあ、開拓して自分たちの土地を新たに持つという夢のために貯めたお金を使うのですから、そのことに慎重になるのは当然で、理解できます。 そこで私は、勝手をする者たちがどうなるか、見てから決めることを勧めました。
『きっと失敗して戻って来ますよ』という言葉を添えておきましたけどね」
担当者さんは、ちょっと預言者ぽくって楽しかったそうだ。
「で、当然ですけど、失敗して戻って来たので、今日連れて来た家族たちは、そこで一大決心をした訳です。
完全に一から自分たちでの開拓をは諦めて、お金を払って、この城下村の世話になる道を選んだということです」
担当者さんは、連れて来た家族にとっては、一生を賭けた選択だったことを理解して、優しく接してあげて下さいね、ということだった。 うん、それは僕らにも理解出来る。
「それから耕作地の土塀や、最初の開墾もお願いしたい、とのことですが、何だかフランソワちゃんに相談したいことがあるそうです。 明日にでも話を聞いてあげてください」
「私に相談て、何かしら?
はっきり言って、私は土壁作りも、最初の開墾も他の人より上手に出来る訳じゃないわよ。 その私に何の相談があるのかしら」
「フランソワちゃんは、農民のみんなからは特別に思われているから、やっぱりフランソワちゃんに相談したいって思うんだよ」
ルーミエがフランソワちゃんにそう言ったが、まあ、そんなところだろうなぁと僕も思う。
「前の勝手に少し離れた所を開拓しようとした人とは違って、領主館を通して私たちの村にお金を払ってまで移住して来た人たちなのだから、失敗して戻ることになったりしないように、私たちも考えてあげないといけないわね」
シスターは、そう僕たちに言ったけど、そこまで僕らが責任を持つ必要があるのかな、とも思う。 お金を払って頼まれたことはしっかりこなさなければいけないけど、それ以上は自己責任だと思うのだけど。
ま、最初の一般の人の移住だから、少し特別に考えてしまうのは仕方ないかもしれない。
「ナリート、ちょっと相談があるのだけど」
何だかあらたまった感じでフランソワちゃんが話しかけてきた。
フランソワちゃんは、一つ歳上だし、最初は村長の娘として僕とルーミエに対して上から口調で話しかけてきた。 それは長くは続かず、すぐに対等な口調になって、今に至るのだけど、そんな訳だし、ベッドもルーミエと3人一緒だし、ルーミエと共に僕にわざわざあらたまった感じで話しかけてくるなんてことは普段ない。
普段は
「あれやっといてよ」
「えっ、あれはルーミエがやっているよ」
「私はあっちが優先だから、やっぱりあれはナリートがしてよ」
「ほら、だからあれやっといて、私はこれやっとくから」
僕とフランソワちゃんとルーミエの会話は、大体そんな調子で、よくウィリーに
「お前ら、あれで良く話が通じるな、『あれ』とか『これ』とか『それ』とか、そんなのばっかしじゃんか」
なんて揶揄われる。
言われてみると確かにそのとおりなんだけど、僕たちにしてみると意識してそうなっている訳じゃない。
でも、そう言って揶揄ってくるウィリーだって、マイアとの会話を聞いていると似たり寄ったりだと思う。 それはウォルフとエレナ、ジャンとアリーでも同じようなものだ。
それだからフランソワちゃんが僕に対してあらたまった感じで話をしようとしてくると、僕としては何事かと身構えてしまう。
「新しく来た人たちが、私に相談があると言うから、話を聞いて来たのだけど」
ああ、そんなこと言っていたな、そっちの話か。 えーと、たぶん僕は少し緊張してた顔が急激に気の抜けた顔になったのだと思う。
「ナリート、本当に新たな移住者に関して、興味がないね。
最初領主様に話を聞いた時には、何だかすごくやる気だったのに」
ルーミエにそう指摘されたけど、確かにそのとおりなんだよな。
僕はちょっとここのところ、ずっと色々と忙しく何かをしてきた反動なんだろうか、とりあえず今は何となく僕が何か頑張らなくても上手く回る感じになっているからなんだろうか、何事にも関心が持てなくて、のんびりしていたい気分になっている。
まだまだ、やりたい事、進めたいことはたくさんあるのだけど、そんなに急ぐことなく、ボチボチやれば良いや。 そんな気分になっているんだよなぁ。
「とにかく話を聞いて」
僕がのんびりしていて特別なことを何もしていないことを(普通にみんながしていることはしている)、ルーミエが文句を言い始めそうな感じだったのだけど、フランソワちゃんが焦れて話を強制的に戻した。
「あの人たちの私への相談というのは、あの人たちも『米作りをしてみたいので、その指導をお願いできないか』ということだったのよ。
米作りは、スライムの問題が普通はあるから、他ではまだほとんどやってないから、どうしたら良いかを一から教えてもらいたいらしいわ。
今年の米作りは、もう間に合わないから、やるにしても、今年は私たちがしている田んぼを手伝ってもらうことで経験して覚えてもらって、来年からということになる。
それで来年からするとしても、米作りをするには田んぼが必要で、水を確保出来る場所を、あの人たちが開墾する必要があるのは当然のことになる。
それでさ、来年以降田んぼを広げようと、堀の排水路を作ったところを、私たちの村の物として、先に確保しておいたじゃん。
で、私考えたのだけど、堀に引き込む水量を少し増やして、排水の量をもう少し増やせば、村の物として確保した土地の少し先にも、水を回すことが出来るんじゃないかな。 そうすればそこをあの人たちの土地として開墾させれば、というか土塀と最初の開墾もお金を払うつもりとのことだから、きちんとそこを考えて開墾出来ないかしら」
そういう事か。
あの人たちは、米作りに目を付けたので、お金を払ってもこの城下村に移住することを選んだということか。
僕たちから見ると、その目の付け所は、とても良い所に気がついたと思うけど、米作り自体は、その優位性をフランソワちゃんが目をつけて、他の村にも広めようとし始めたばかりのところで、まだ全然広がっていない。
それなのに米作りに目をつけて、ここに来るなんて、きっと優秀な人たちなのだろうと僕は考えた。
問題は川から引いている水路が、量を増やせるかなんだけど、水路の管理責任者って、誰がやっているんだったっけ。 僕は覚えていないぞ。
マイアにでも聞いてみよう。 きっとマイアならちゃんと把握していると思う。