もう一人、遅れて増えた
春が少し過ぎて、農作業の忙しさがちょっとだけ一段落がついた頃だった。 今まで新人さんが来る時期からは大きく遅れて、村に一人移住して来た者がいる。
「似合っているよ、その格好」
「うん、本当に。 もう本当にシスターなのね」
「やめて、恥ずかしいから、そんなこと言わないで。 それにまだ見習いだから」
「王都の学校を卒業してきたのですね。 おめでとう」
「ありがとうございます、シスター・カトリーヌ」
「あら、私はもうシスターではないわよ、見たとおり。
マーガレットさんがここに住むらなら、この城下村唯一のシスターね」
そう新たに遅れてやって来たのは、学校時代にルーミエ、フランソワちゃん、そして僕とも仲が良かったマーガレットだった。
マーガレットは僕らより一つ先輩で早く学校を卒業して、王都のシスターを養成する学校へと進学して行ったのだった。 そしてそこを卒業して戻って来たのだ。
僕もちょっとだけルーミエ、フランソワちゃん、そしてシスターがマーガレットを揶揄っているのに混ざる。
「でもマーガレット、本当にシスターの服、似合っているよ」
「ナリートまでやめて、揶揄わないで。
知っているでしょ、シスターの学校に通って、一応見習いのシスターになった私は今このシスターの服しか持ってないの」
うん、それは知っていた。 シスターも昔はというか、シスターを辞めるまではシスターの服しか着てなかったもんな。 シスターを辞めた時、「普通の服を買うのに苦労した」と言ってたっけ。
「まあ、そうよね。 それが見習いシスターの普通だわ。
それにシスターであるうちは他の服は着ることはないから、持っている意味もないから。
でもマーガレットさんは、私の完全な後輩ね」
「はい、シスター・カトリーヌ。
それから私のことはマーガレットと呼び捨てでお願いします。 シスター・カトリーヌは、シスターの学校の私の大先輩に当たりますし、元中級シスターですし、今では聖女様と呼ばれているとも伺いました。
ナリートやルーミエと同じように名前だけで呼んでください」
「でも、あなたは正式にシスターなんだから」
「いえ、それでお願いします」
まあそうだよな。 立場も歳も上のシスターに「さん」なんて付けられて呼ばれたら、逆に何だか怒られている様な気分になっちゃう気がする。
「ねぇルーミエ、フランソワちゃん、あなたたちはシスター・カトリーヌを今は何て呼んでいるの?」
「うん、今まで通りのシスターだよ」
「私もよ。 シスターを辞めてきた時に、それだから最初は『別の呼び方をするように』って、みんな言われたのだけど、私たちにとってシスターはシスターだもの。 他に呼びようはないから、結局みんな『シスター』のままよ」
「あっ、マーガレット、正式に見習いシスターになったのだから、マーガレットのことをこれからはシスター付けて呼ばないといけないの?」
「やめて、私のことは今まで通りに呼んでよ。
それにさ、私、正式には見習いシスターっていう訳でもないんだよ。
見習いシスターってさ、一人で行動出来る訳じゃなくて、上に神父様や院長先生みたいな人がいなくちゃいけない訳。 でもさ、ここは正式にはシスター・カトリーヌもシスターじゃ無くなっているし、神父様もいないでしょ。 だから見習いシスターとして、ここには来れないんだよ。
でもね、院長先生が特別に私のことは、ここにいても見習いシスターとして、シスターの名簿に残してくれるって。
あ、忘れてた。 シスター・カトリーヌもちゃんと名簿には『中級シスターとして残してある』って言ってたわ。 わざわざ院長先生が私にそう言ってたから、きっとそれを伝える様に、ということだと思います」
マーガレットの言葉が最後の方だけ丁寧になったのは、シスターに向かっての言葉だったからだ。
「あら、そうなの。 知らなかったわ」
「シスター、シスターと呼ばれても嘘じゃなかったじゃない。 名簿に残っているということは、今でもシスターであるということなのだから」
うん、そういうことなのかな。
シスターがシスターを辞めたのは、シスターでいると王都に行かねばならないからだった。 それが名簿上だけでも残されているというのは、何だか微妙な感じだな。
シスターもちょっと小首を傾げていたけど、ふっと力を抜いた感じて言った。
「きっと、院長先生が私にも温情をかけてくださったのね。
知ったからには、一度お礼を述べに行かないといけないわね」
結局、マーガレットは前と同じにマーガレットと名前呼びになり、住む部屋は空いていた元マイアの部屋となった。 本当は僕らとの以前の関係を考えると、僕たちと一緒の家の方が良いかもしれないと考えはしたが、空き部屋がなかったからだ。
それから着ている服も、シスターの服はすぐに脱いで、普通の服になってしまった。 服は別の服を持ってなかっただけで、シスターの服は着ていたかった訳ではないようだ。
シスターの服を着ているよりも、この村では普通の服を着ている方が、色々な作業をするのに都合が良いのもあるのかもしれない。
さて、シスターが町に行って、町の孤児院の院長をしている老シスターにお礼を言いに行くのに、僕とルーミエも一緒することになった。
実はシスターとルーミエは僕よりも、最近はよく町に行っている。
理由は、今現在のこの城下村から町に持って行って売っている物の主力が、二人に関係する物だからだ。 つまりは薬と、生理用品だ。
これらの商品の特性から、二人が町に持って行っているのだ。 ぶっちゃけ、やはり男は手が出せない。 今回の僕は、他の時の誰かと同じように、要するに荷物持ちが主な役目である。
僕が町に行くのは、ルーミエ共々領主様が「顔を見せに来い」と呼んでいるとの事だからなのだが、単純にたまには顔を見せろということなのか、それとも何か用事があるのか判らない。
でも、今回はそれだけじゃなくて、マーガレットによると、老シスターも僕とルーミエも呼んでいるということだった。
シスターは、今回はお礼を言うとのことだけど、実のことを言えば、町に行く度に挨拶程度には毎回顔を見せてはいるのだ。 何しろ持って行く商品の卸先は、町の孤児院だからね。 商品は町の孤児院から他の村にも流れて行く訳だが、各孤児院のシスターを介しての商品流通となるから、変に気を遣う必要もない。
ただし、それだから大きく儲けるということも出来ないのだけど、これらの商品の発案と制作を主導しているシスターは、それを望んではいない。
ま、仕方ないよね。 僕としては買いたい物があるから、少しは儲けて欲しいのだけど。
シスターが老シスターに挨拶とお礼を言いに行くのに、僕とルーミエは付いて行く。
僕らが何か話す内容がある訳でもないので、シスターの挨拶に続いて僕たちも挨拶すれば、それで僕らは終わりだと思っていた。
「今回、マーガレットに言っておいて、あなたたち3人に揃ってここに来てもらったのには理由があります」
僕は本当に付け足しで挨拶するだけと思っていたのだけど、そうではなくて、老シスターの方には訳があったらしい。
「あなたたちの開拓した村、えーと城下村と名付けたのでしたか、とにかくあなたたちの村も思ったよりも早く軌道に乗り、村として維持できるようになったみたいですね。 この町とあなたたちの元居た村の孤児院の卒院者だけでなく、他の村の孤児院の卒院者までが合流して、協力して村を形作ったのですから、とても良く頑張ったと思います」
僕のイメージとしては、老シスターは新しいことは嫌っている感じがしていたので、こんな風に褒められると、何だかこそばゆいような気分だ。
「それでですね、マーガレットが王都から戻って来る少し前に、この地方の教会関係者の集まりで、あなたたちの村の話が出ました。
もうある程度の人数がしっかりと暮らしている村になったのだから、そろそろ教会を置くべきではないか、という話です」
なるほどそういうことか、確かにまだ少し他の村から比べると全体の人数は少ないけど、若者ばかりだから、これから人はどんどん増えていくだろう。 そうすると教会がないのは不自然だ。
ぶっちゃけこれからどんどん寄付が募れる可能性が高くなる場所だから、早めに手を打っておきたいというところかな、教会としては。
「まあ、教会の関係者がそう考えることを、私も理解できない訳ではありません。 そもそもあなたたちの作った村の住人は、ほとんどが各所の孤児院の卒院者なのですから、教会に対して好意的であろうとも考えているのでしょう」
シスターとルーミエも、僕と同じように老シスターの言葉を黙って聞いている。 どちらも老シスターの言葉を、そうだろうなぁと考えているのだろう。
「でも、その案には大きな問題点があるので、私は反対しました」
えっ、どうしてなんだろう、教会組織としては当然の流れだろうし、シスターをはじめ僕たちには、それを拒否することは出来ない。
僕たちのちょっと意外さに、疑問に思った顔を見て、老シスターはすぐにその理由を教えてくれた。
「それはですね、あなたたちの居るところに派遣できる様な神父がいないからです。
あなたたちの元居た村に、新たに移動して赴任した神父も、それはもう苦労しています。 カトリーヌ、あなたと、ナリート、ルーミエ、それに今回は呼びませんでしたが村長の娘のフランソワと言いましたか、あなたたちが色々としてきた後で、新たに神父として乗り込んでも、なかなか自分が思ったような敬意を村人たちから受け取ることは難しいのです。
正直に言わせてもらえば、あなたたちに張り合おうとすることが無理なのですが、どうも彼らは受けてきた教育が悪いのか、変に対抗意識を持つのですね。
聖女二人と、もう一人の聖女に最初に気が付いたらしい天才くんの居るところで、本人が期待する神父らしい尊敬が得られる訳が無いですからね」
僕たち3人は、この老シスターのさらっと言った言葉で、一気に警戒心を強め、身を固くした。
ちょっとだけ軽く深呼吸をして息を整えた感じのシスターが、老シスターに尋ねた。
「あの院長先生、きっと少しからかいを込めて、私のことを聖女と呼んでくれたのだと思いますが、二人と言われたということは、院長先生はルーミエが[職業]聖女であることを領主様からお聞きになったのですか?」
「いえ、領主様の名誉の為に断言しておきますが、私は領主様から聞いた訳ではありません。 きっと領主様は『他言しない』と前に言われたのですね。
そうではなくて、私も見えるのですよ。
ナリート、ルーミエ、あなたたち二人も見え方は違うのですが、色々と見えるらしいですね。
こっちはあなたたちも、そんなに厳重に秘密にはしていないみたいでしたので、私も軽く領主様と話題にして、簡単には確認しています。 どのくらい見えているかまでは知りませんが。
まあ種明かしに、二人は私を見てみてください。 構いませんよ、どうですか」
そう言われて僕は老シスターを見てみたが、僕には全く見えなかった。
「すみません。 僕には院長先生は全く見えません」
「院長先生、凄い。 領主様より上のレベルの人がいるとは思わなかった。
でも、全体レベルの割りに健康のレベルが低い気がするのですけど」
僕と違ってルーミエはやはり見えて、最初は驚いた声を出し、そのすぐ後は心配そうな声を出した。
「この歳ですからね。 どうしても身体はガタがきて、健康の数値が低くなってしまうのは仕方ありません。
何も心配することではありません。 ごく普通のことです」
僕は気になってしまいルーミエに聞いた。
「それでルーミエは驚いていたみたいだけど、院長先生のレベルって幾つだったの?」
ルーミエは老シスターの顔を見て、頷くのを確認してから言った。
「レベル40だよ。 領主様だって高レベル過ぎて、私は最初は化け物かと思ったけど、院長先生はそれ以上だった」
「それじゃあ僕には見える訳ないや」
僕が見えないのは当然だった。
「ということは、ナリートはまあ見える人にとっては普通の、自分より高レベルの者は見えないのね。
ルーミエの方は、見える項目は限られるけど、レベルに関係なく見えるということなのかしら。 聖女はそういう特殊性があるのね」
老シスターは、そんな風に推察したみたいだけど、やっぱり流石だ。
「ということは、あなたたち二人には私の[職業]は見えなかったのね。
それじゃあ私自身から種明かしをしましょう。 私はね、こうしてシスターを長年していますけど、[職業]はシスターじゃないのよ。
だからこれは秘密にしているのだけど、私はカトリーヌのように、『真偽の耳』は使えないわ。 『真偽の耳』は[職業]シスターの特別な技能だから」
ええっ、僕は驚いてしまった。 誰も高位であるこの老シスターの前では嘘をつけないという話ではなかっただろうか、それは前提としてシスターだから『真偽の耳』が使えること、レベルが高いから隠せない、っていうんじゃなかったの?
驚いている僕たちに、老シスターはニコニコしている。 僕たちが驚いているのを楽しんでいるみたいだ。
領主様の例で、現実の生活の中でしていることと、[職業]とがイコールでないことは知って、後からそれはそうだよなと思ったのだけど、まさか老シスターが[職業]シスターじゃないとは、考えてもみなかった。
でもだとしたら、老シスターの[職業]は一体なんなんだろう。 僕ら3人の頭の上には、老シスターから見ると、?マークが浮かんでいるように見えたかもしれない。
老シスターは、何だか楽しそうに僕たちに向かって言った。
「私はね、シスターではなくて神母なのよ。
神様の母じゃないわよ。 神父の女版ね。
だから私には、あなたたちはたぶん全部見えているわ」
そうか神父じゃなくて、神母というのがあっても全然おかしくないか。
なんとなくシスターがあるのだから、女性版の神父というのはないのだと思い込んでいた。
そしてレベルが40なのだとしたら、僕たちのことが全部見えていても当然だよ。




