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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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新人は来なかったけど

 糸クモさんの小屋は、みんなで最優先で建てることになったけど、貴重な木を使うことは避けることになった。

 僕らが暮らしている家も、使用する木を減らすために竹が多用されているけど、家の主な骨組みは木を使っている。 しかし、糸クモさんの小屋はそれも竹にすることにしたのだ。

 まあ今までも壁は竹で補強したレンガ作りだから、柱まで同じように作っただけのことである。 しかし、柱もレンガで作ることになると、簡単にちょっと太めの竹の周りをレンガで囲むことにしたので、柱の1本1本が太くなり、出来上がった小屋は、僕が想像していた簡素なモノではなく、何だか重厚な建物になってしまった。


 「うーん、これは小屋というより、蔵だな」


 それが出来上がった糸クモさんの越冬小屋を見ての僕の感想だ。 まあ、四方を囲って、冬場の風下側に出入り用の穴を開けただけで、床もないし、屋根は一番簡単な竹屋根。 簡素なモノであるのは確かだ。


 「糸クモさんたち、冬籠用の巣を作る時には、この小屋の中に作ってね。

  風を遮るから暖かいよ」


 アリーが、そう糸クモさんたちに話しかけておいたら、本格的に寒くなる少し前に、糸クモさんたちは一斉に小屋の中に巣を作って、冬籠りに入った。

 アリーにそういう特殊な能力がある事は、もう知っていたけど、この事実を目の当たりにすると、「やっぱりあれは本当だったんだ」とあらためて思った。



 ジャンとロベルトは、この冬はずっと機織り機作りで忙しく過ごした。

 機織り機は、まあ当然だけど布作りをする女性陣に大好評で、「私もやってみたい」という声が続出した。

 しかし、作るのに時間はかかるし、今までの布作りの方法では問題にならなかったけど、かなり大きな機械となるので場所を取る。 そこで女性のいる一つの家に1台ということにして、台数を増やすことにしたのだ。


 家の作りは、どこもみんな同じ様なもので、僕たちの家もそうだが、一階が共用スペースで2階が個々の部屋になっている。 遮音なんて考えられていないし、そんなことは出来ないから、個々のプライバシーなんて守りようもないのだが、元々孤児院で一緒に暮らしていた仲間だから、それを気にする者もいない。 それだから2階の部屋の使い方は、それぞれの自由に任されている。

 だけど機織り機を置けるのは、床の強度も考えると1階しかない。 それも場所を取るから、1家に1台というのが目一杯だ。 いや違うな、作るジャンとロベルトは女性陣に突き上げられて、それを懸命に目指しているという感じだ。


 機織り機の櫛の様な部品に鉄板を使うのは、手間のかかり方が別物になってしまうので、今作っているのはその部品が竹製の物だけだ。

 鉄で作らないと強度が保てない薄さにしなければならない細い糸を使うのは、糸クモさんの最初2回分の巣の糸で、薄い高級な布を織る時だけだから、実際にはそれで問題は出ていない。

 糸クモさんの最初2回の巣は小さいので、採れる糸の量も少ないからだ。

 女性陣のみんなが冬の間に織ろうとしているのは、イラクサや麻、そして葛の蔓から作った糸で、みんなの普段着などを作るための布で、そんなに細い糸を使う訳じゃない。 それに糸クモさんの糸だって、後の方になると太くなるので問題にならなくなる。


 でも実際に機織り機を使って布を織り始めると、意外な問題点が出てきた。

 みんなが機織り機を使ってみたくて、少し織っては交代、少し織っては交代を繰り返したら、同じように織っているはずなのに、布が何だか不均衡。 織った人ごとに、どこで交代したのかが分かる様な出来上がりになってしまうのだ。

 同じ動作をしているのだけど、微妙な力加減といったものが、布の出来に違いを生むらしい。

 別に布としての品質に問題が出るようなことではないのだけど、なんとなく見栄えが悪い気がして、最初の一反を織り終わる頃には、一反づつ交代で織るということに話がまとまった。 糸を機織り機にセットする作業などは、1人では大変なので協力して行うが、それ以降は1人が担当する形だ。 そしてその担当者は、その時は機織りを他の仕事に優先して良いというルールだ。

 こんな形で機織り機を使った機織りが僕らのところでは始まったが、それでも今までの方法で布を作るよりも、ずっと均一で良質な布が、今までよりも楽にたくさん織ることが出来るようになった。


 機織り機で布を織っていない人も、布作りの作業から離れいる訳ではない。 そちらは糸紡ぎをしている。

 糸クモさんの布だって、麻布だって、葛布だって、その糸がなければ始まらない。 そして糸作りに共通する作業は、紡ぐという作業だ。


 こちらも少し工夫をしている。

 今までは完全に手で撚って糸にするか、薄い円盤の様な石に少し長い軸を取り付けた変形コマの様な道具で糸を紡いでいた。

 ここに僕は手回しの糸車を導入したのだ。 本当は足で回転させる糸車を導入したかったのだけど、それだとまた場所を取るということで手回し式になった。

 もしかしたら機織り機よりも、こっちの糸車の方が布作りの速度を速めるのに貢献したかもしれない。 糸を紡ぐのはなかなか大変な作業だから。

 そして糸車は僕が一台だけ作って、それを女性陣に一度使って見せただけで、あとは糸車の制作から、すぐにお任せで大丈夫だったし。


 女性陣はこの冬、シスターの提案でもう一つのことをしている。 もう一つというよりは、今していることの集大成かつ、換金用の物作りだ。

 ここで大きく広げようとしてきたもう一つのこと、そう綿花を使った事業だ。


 僕はまだある程度しか広げられていない綿花畑だけど、そこで採れた綿花はすぐに糸にして布を作りたいと考えていた。

 だけどシスターの考えは違っていた。


 「糸車を作ったりして、糸作りはかなり素早く出来るようになったけど、まだ機織り機の数は足りないし、この冬は麻糸と糸クモさんの糸、それに私は冬毛の一角兎の毛を使った糸も作りたいわ。 そうするとそれで冬が終わってしまうと思うの。

  綿は畑で作る様になった、前みたいに野原で見つけて採ってくるのと比べたら、ずっと楽に集められるようになったけど、まだまだそんなに量が採れた訳じゃない。 

  今度はもっと広く栽培して、来年からは綿を使った糸と布を作りましょう」


 つまり、この冬は綿を使った糸や布は作らないということだ。

 それでシスターが使わない綿をどうするつもりだったかというと、この世界の女性の本来の使い方だ。 つまり、女性の生理用の布ナプキンにするというのだ。


 「自分で綿を集めて作ったりするのは、女性はみんなそれなりの苦労をしているわ。

  それがある程度の値段で売られていて、簡単に手に入るなら、そして手に入る物が自分で作った物より高品質だったら、絶対に売れるわ」


 そういうモノですか。 まあ確かにそんな気はするけど、その辺の機微は男の僕には判らない。


 高品質というのは、肌に接する面を糸クモさんの糸で作った布にして、反対面は軽く洗っただけで脂を落としていない一角兎の毛織物にすることらしい。

 糸クモさんの糸は、糸として作った後は、熱を加えたりしているから変性してしまうのか水分を含まなくなる。 その性質がとても都合が良いらしい。

 使う糸は、一番最後の巣の太くなった糸を撚った物で、糸クモさんの糸の中では最低品質の物だが、それでも肌触りはとても良いらしい。

 そして反対の面に使われる一角兎の毛糸は、冬の一角兎は夏よりも毛が長くなり、また細い毛が密集するようになるので、その毛を使った糸だ。

 とは言っても、その毛一本一本は、長くなったとはいっても所詮は兎、他の糸の原料と比べると繊維の長さは短いから、糸にするための作業は繊維の方向を揃えたりの作業が面倒になったりで手間が掛かる。

 僕たちが、一角兎をたくさん狩っても、毛糸を作らずにそのまま毛皮としてしか使ってこなかったのは、その手間が面倒だからだ。

 でも手間を掛けて毛織物を作るのは、油分をそのままにした毛糸で織った布は、水分をかなり弾くからだ。

 その2枚の布の周りを縫い合わせ、間に綿を詰めたのが、シスター考案の布ナプキンだ。


 僕は正直に言えば、売れるかどうかに懐疑的だった。

 だって、誰もが自分で作って使っている物なのだから、わざわざお金を払って買うだろうかと思ったのだ。

 ところが、そんな僕の考えはあっという間に杞憂となり、すごく売れた。


 一番最初に試しにと、シスターは教会のシスターたちに一つづつ配って試してもらった。 そのシスターたちが、みんなお金を払って追加で購入したのだ。

 シスターは職業柄、自分の自由になるお金をあまり持っていないはずなのに、みんなが追加で購入したという事が、良い宣伝文句になり、かなり強気な価格設定だと僕は思ったのに、持って行った途端に完売するような人気商品になった。

 シスターにしてみると目論見通りで鼻高々なのだろうけど、一つ余計でシスターがため息をつくことになったのは、誰が言い始めたのかも分からないのだけど、その商品名である。 どういう訳か「聖女様のあれ」という名前で、この村が売り出した布ナプキンは呼ばれて通じるようになってしまったのだ。


 しかし考えてみると、実にこの村の特産品として、優れた商品なんだよなぁ。

 一角兎の毛を使った布はともかくとして、綿も畑として作っているこの村でないと集めるのが大変だろうし、糸クモさんの糸の布はこの地方では僕らの村だけでしか作れない。

 つまり他の村や町では真似できない商品で、なおかつ継続的に需要がある商品なのだ。


 「いやいや、土地の決められた税だけじゃなく、もう物を売っての税まで入れる様になるとは、ナリート君、凄いですねぇ」


 「いえ、僕じゃないですから。 これ、シスター・カトリーヌですから」


 シスターがまた、「今、町に行くのはちょっと」と言い出して、布ナプキンを売った収入の税金分を、僕が領主館に持って行くことになってしまった。

 僕が前に手伝っていた部署だから、ということだけど、しっかり揶揄われてしまった。

 きちんと訂正しておいたのは当然だと思う。 僕がそんな商品を開発出来るはずがないのだから。



 一方で冬の間の男性陣はというと、仕事をしていない訳ではないのだけど、女性陣と比べるとあまり忙しくはない。

 もちろん例外はあって、前述の通りジャンとロベルトは機織り機作りに忙殺されていて、常に女性陣に尻を叩かれている状態だ。

 キイロさんとウォルフにウィリーも、毎日鍛冶仕事に忙しい。 流石に鏡作りは終わって、今は本来の鉄を使った物を作っている。


 男性陣が割と暇なのは、冬の間に予定されている土木工事がないからだ。

 今までは農作業や植林なんかが暇な冬には、それを利用して土壁を作ったり、水路を作ったり、そして翌春に来る新人のための家を作ったりと、冬の間にしなければならない事が目白押しだったのだ。

 それがこの冬はない。


 一番大きな理由は、野盗が襲いに来たので、その時に全員が全力で、土壁と水路・堀を作ったから、今はそういった工事が予定されていないことだ。

 そしてもう一つの理由として、来春は新人が来ないからである。



 新人が春にはやって来るのが当然に思ってしまうようになっていたのだけど、今度の春は、町や各村の孤児院から、この村に来たいという希望がなかったのだ。

 なんでだろうと思ったのだが、答えは簡単な事だった。 町や各村で労働力不足になってしまったからだった。


 良い悪いは別にして、この地方では春に安い労働力として、一定の数の孤児院出身者が供給されるのが当然な社会システムが出来上がってしまっていた。

 その安い労働力の供給がここ数年完全に止まってしまったことで、働く労働者の数が色々と足りないところが出てきてしまったのだ。

 そこで今までよりもずっと好条件で、孤児院卒院者を雇おうとする者が沢山出ることになったのだ。

 孤児院卒院者が好条件で雇われることとなったのには、孤児院出身者が労働力としての質が上がったことにも一因がある。 僕らがいた村や町の孤児院に感化されて、各孤児院が孤児たちの教育を熱心に行い始めたからだ。

 それでもこの村に来ようとする卒院者がいるのが普通だろうと思ったのだけど、そこは野盗との戦いが誇張して伝わった事があったらしい。 今まで通り町や村の中での暮らしを選べば、野盗と命を賭けての死闘などしなくて済む。 それも先輩たちよりずっと良い条件で最初から過ごすことが出来るのだと。

 まあ自分たちが作ったモノなのだから、命を掛けてでも守ろうと考えもするけど、命を賭けるなんて最初からしなくて済んで、先輩たちよりも最初から良い条件なら、と考えもするか。

 ま、他にも色々考えるのかも知れない。


 とにかく春に新人が来ない事が判ったので、その新人たちのための家を作る必要は無くなったし、その分の田畑の拡張を考える必要も無くなった。

 つまり冬の間にしなければならない工事の予定が大幅に減ったのだ。


 それだから冬の初めというか、晩秋に突発的に入った糸クモさんの小屋作りが終わった後は、みんなで一斉にするような工事はなくて、男性陣は割と暇なのである。


 かといって男性陣が楽をしているかというと、そんなことはない。

 男性陣は時間はそんなに取られてはいないけど、毎日ギリギリまで魔力を使わされているのである。

 何をしているかというと、鉄作りだ。


 僕とジャンとロベルトで必要に迫られて工夫した鉄作りは、技術的には何も難しいことのない簡単な方法だ。

 それでも鉄が完全に溶解する温度まで上げないとはいっても、砂鉄の温度を上げたり、竹炭を作ったりするには、かなりの魔力を消耗する。

 それを男性陣はキイロさんに強制的に行わされている。

 毎日毎日、ヘロヘロになるまで、魔力の行使をさせられている訳だ。

 鉄の地金というか、スポンジ状の塊を作っているだけだから、技術はいらないが、それはそれで辛い。


 キイロさん自身も、ウォルフとウィリーを助手に、時には他の人も手伝わさせて、毎日鍛治の実験をしていたようだ。

 僕らが作った鉄では、キイロさんは武器や農具を作った時に、その切れ味や硬さに大きな不満があったのだ。


 結局、やはり坩堝の中で、一度完全に溶解して、その溶けている鉄を木の棒でかき混ぜるという方法で、硬い鉄を作り出すことを、かなり色々な試行錯誤の末に考え出した。

 ああ確かにそういう方法もあるな、と僕は思った。

 僕の頭の中の知識に、ダマスカス鋼の作り方として、そんな方法があるというのはあったのだ。


 僕が鋼鉄を作るのに、その方法を頭の中に知識としてあるのに教えなかったのは、理由がある。

 坩堝の中の溶けた鉄をかき混ぜるのだから、そのかき混ぜるための棒は、硬くしまったある程度の長さのある木の棒でなければならない。 溶けた鉄に木を入れれば、燃えてしまうので、かき混ぜているうちにどんどん短くなる。

 溶けた鉄の中で燃えることで、鉄の中に炭素を含ませることになり、鉄は鋼鉄になるのだけど、その棒の供給が問題だ。


 それだけの長さの木の棒を得るには、やはり貴重な木を伐らねばならなくなるので、僕はそれを避けようと思って、その方法は知ってはいたが教えなかった。

 その代わりに僕が提案したのは溶解する時に竹炭を混ぜることだけど、それでは色々工夫を重ねてみたのだが、硬くなったところと、そのままに柔らかいところとの不均一が激し過ぎたり、都合の良い硬さに出来なかったりで、どうにも上手くいかなかったらしい。


 結局、坩堝の中をかき混ぜる必要が出来て、棒を使い、それなら棒だけで良いんじゃないかということになったらしい。

 棒でかき混ぜると、その時に手に伝わる鉄の粘り気の調子で、ちょうど良い塩梅の時がだんだん判るようになった事が一番の理由らしい。


 僕が知識としては知っていたが避けた方法が、使われることに結果としてはなってしまったのだけど、それはそれで仕方ないかなと僕は思った。

 僕が教えてその方法が使われるのは問題だと思うけど、試行錯誤の上で自分でたどり着いた方法なのだから、それは優先するべきだと思ったのだ。


 ただし、硬い鉄と柔らかい鉄を張り合わせて使う方法は、しっかりと教えた。

 これは硬いだけの鉄だと折れやすいので、それを避けるために行われる方法だけど、僕たちの場合はそれ以上に、直接的には硬い鉄の消費量だけど、本当は木材の消費量を極力抑えるためだ。

 もっと植林を進めて、木の消費を躊躇わなくて済むくらいになるのが理想だけど、そんなに素早く木は成長しない。



 春になって、新人さんは来なかったけど、僕たちの通称城下村では人口が1人増えた。

 実は村で待望の、と言うか初めての赤ん坊が生まれたのだ。

 もちろん親は、この村ではシスターを除いてのまだ唯一の成人した夫婦、つまりキイロさん夫婦だ。

 何だかキイロさんは、この冬とても一生懸命に仕事に取り組んでいた気がしたのだけど、「それにはこういった理由があったのか」と僕が言ったら、馬鹿にされた。


 「お前なぁ、キイロさんの奥さんが腹が大きかったの、見てなかったのかよ」


 そう言われてみると、前は鍛治をしているところにも奥さんが顔を見せたのに、最近見る事がなかった気がするが、僕は全然気にしてなかったけど、そういう理由だったのか。

 僕はどうも抜けているところがある様だ。


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