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鶏飼育と薬草園

 この世界に鶏がいたことを僕は嬉しく思ったのだけど、あまり鶏の飼育は一般化していない。

 そもそも鳥自体を僕は今まであまり見たことがない。

 それは鶏がいるのだから、他の地方は別なのだろうが、この地方にはほとんど鳥がいないからだ。


 きっとそれはこの地方の環境が、鳥が生きていくには過酷すぎるからなのだと僕は思った。

 水鳥が住むような場所にはスライムがいて、スライムにすぐに捕食されてしまうだろう。

 では樹上に巣を作って暮らす様な鳥はというと、どうやら大きな木が密集する場所、森となると、そこは糸クモさん、いや、この場合はデーモンスパイダーの名前の方が適切なのだろう、とにかくクモのモンスターの領域のようだ。 当然そこでは鳥は暮らせない。

 でもまだ草原があるじゃないかとも思うが、そこには一角兎がいて、それを狙う平原狼や大蟻なんかもいる。 一角兎が鳥に向かっていくかどうかは分からないけど、他のは鳥も喜んで襲うだろう。

 そもそもにおいて、水気が少なくて荒地の方が多いこの地方は、鳥にとってだけじゃなく過酷なのだ。


 鶏が貴族の趣味として飼われたりするのは、そんなことも理由なのかも知れない。

 それはともかくとして、領主様からもらった鶏が、あまり貴族の趣味としては質の良い物ではないのは、僕には好都合に思えるのは前に触れた。

 鳴き声があまりに特徴的で大声だったりしたら、僕らでも飼いにくい。 尾が長かったり美しかったりしても、それは僕には価値がない。

 僕が鶏に求めているのは、卵を良く産んで、そうでないのは、素早く成長して食肉になってくれることだ。 もちろん羽根や羽毛も有効利用したい。


 まずは数羽しかいない鶏を増やさなければならない。 生まれた卵が孵るまで、そして雛が卵を産む様になるまでには合わせると5ヶ月くらいが掛かる。 それを考えると、実際に卵を利用出来るようになるのは来春からになるだろう。 その前に雄鶏の幾らかは食用に回るかも知れない。

 そして来春からは、卵や食肉として活用しながら、品種改良に取り組む事になる。 よりたくさん卵を産む鳥と、より大きく早く成長する鳥を選んで、その2つの方向に優れている鳥の子孫を増やすようにするのだ。


 貴族が優劣を競う、鳴き声や尾の長さは雄鶏の方が雌鳥より優れているからだろうか、幸運にもと言えるのか分からないが、雄鶏と雌鳥が同じ数だけいた。

 放す場所をしっかりと分けて、様々な雄鶏と雌鳥の組み合わせで雛を産ませれば、何らかの特徴のはっきりした鶏が生まれるかも知れない。 それを期待して、しっかりと記録をとって飼育する必要がある。

 まあ組み合わせによっては、生き物だから相性があって、上手くいかない組み合わせもあるかも知れないし、やってみなければ分からない。


 僕はまあ、そんなことを気楽に考えていた。 鶏の世話なんて、大して難しい事ではないだろう、と。

 しかし、実際にやってみると、それがまあ中々大変な作業だった。

 餌は、とりあえず今は食べられそうな草を取ってきて、それを少し細かく切ってやる。 それに加えて、放す場所にも草を敷き詰めてやる。

 つまり今まで、堆肥を作る為に集めていた草を、堆肥作りに積み場に持って行く前に、一度鶏の飼育場に撒くのである。

 そうすると、鶏は餌としてやった草以外にも、撒かれた草も気に入ったのがあれば食べるし、それ以上に、一緒に紛れ込む虫なんかを好んで食べるのだ。

 撒かれた草は、鶏に踏まれて、少し柔らかくなり、積みやすくなるのに加え、鶏が糞をするので、堆肥として発酵しやすくもなる。

 良いこと取りだ、と思っていたのだが、誤算があった。 鶏の糞は臭いのだ。

 もっといけないのが、糞が着ている物や、肌に触れると、臭いが染み付いてなかなか取れないのだ。

 糞に触れないように、敷いた草を回収して運び、また堆肥として積み上げるのに、コツを掴んだり、上手くそれをこなすための道具を作ったりに、かなり苦労することになってしまった。


 雛が最初に生まれた時は嬉しかったのだけど、またしても問題があることに気がついた。

 僕らは貴族の趣味としての飼育ではないから、雄鶏は繁殖の為の数が揃えば十分で、それ以上の数はいらない。 雄鶏の数が多くても、餌がより掛かるだけで、メリットがない。 今は草を主な餌にしているからまだ良いが、冬になれば、穀物などの餌の問題が出てくる。

 それに雄鶏は雌鳥に比べて気性が荒く、飼いにくい。

 それだから、なるべく小さいうちに雄鶏の数は減らしたいと思う。 普通に考えれば、自然にしてたら雌雄同数くらいの数になるはずだから。

 ところが、僕には雛のうちに雌雄を見分けることは出来なかった。

 知識としては、いくつかの見分けるポイントがあることは、なんとなく解ってはいる。 でも知識として解っていることと、実際に見分けることが出来るかは別問題だ。

 僕はそもそもにおいて、大きくなっている鶏だって、特徴がはっきりしている何羽かを除けば、見分けることが出来ないのだ。 それだから雛のそれぞれの個を見分けるなんて出来ない。 そんな僕がもっと難しい雌雄を見分けるなんて出来る訳が無い。

 雌雄を見分ける一つの方法として、雛の肛門を見て見分ける方法があって、それは確実性が高いということを知ってはいる。 でも、それが見分けられる人は、特殊技能として資格として認められているという知識もある。 つまりはそれほど難しいのだ。

 結局のところ、当座はトサカやケヅメといった誰でも判る特徴がしっかりと現れるまで、大きく成長させねばならないということだ。


 「アリーだったらさ、雛に聞いてくれたら、雄か雌か判るかな?」


 「そんな都合の良い話がある訳ないよ」


 やはり、そうは上手くいかないみたいだ。 この世界は、頭の中にある知識とは違うこともあるのだから、そういうのもあっても良いと思ったのだけどな。

 そのうち誰か、鶏の飼育に積極的に関わって、ある種の才能がありそうな人がいたら、その人に見分けるポイントの知識を教えれば、出来るようになるかもしれない。 それを今は期待していよう。


 もう一つ、雛はともかく、大きくなった鶏の個々の見分けも出来ない僕は、鶏を細かく観察することは無理だ。

 鶏を見分けよう、その行動を良く観察して違いがあるかを見極めよう、などと考えて観察に望んでも、僕はすぐに見ていることに飽きてしまって、頭の中で他のことを考えてしまう。 そうすると何か鶏が行動を起こしても、見逃してばかりだ。 つまりは鶏の行動観察にとことん向いていないのだ。

 僕はきっと、来春になって、卵を産ませることを本格的に始めたとしても、どの雌鳥がたくさん産んでいて、どの組み合わせの子どもだったかなんて判らないだろう。 大きく成長した鶏は判るけど、その父母に当たる雄鶏と雌鶏が、どの鶏かも見当はつかないだろう。

 誰か、そういうことに向いている人に任すしかないな。


 それともう一つ、記録をつける必要があって、それがとても重要だと思うけど、それに必要な紙を用意するのはなかなか大変だぞ。

 今は紙を町で買っている。 だけどそれは安い物ではない。

 紙も自分たちで作れる様にならないとダメだな。 やる事が増えた。



 前年はまだお試しだった米作りだったが、今年は本格的に行われている。 一つには敵に備えての堀を本格的に作る必要があったので、川からしっかりとした水路を作り水を引いたからだ。 つまり丘の下にも田んぼを作り、米作りを始めたからだ。

 米作りは他の作物と比べて利点がある。 まず収穫量が多い、その収穫量に比べて、生育に掛かる手間が、田植えと収穫時という極一部の時を除けば、あまりかからない。 田んぼという畑とは違って、水を引いたり、溜めたりの施設を作らなければならないという、事前の大きな作業はあるのだが、それは農作業が忙しくない時でも出来るし、土魔法を使って土木作業をし続けてきた僕たちには、それほど苦労だとは思わない作業だ。 うん、少し感覚がおかしくなっているかも。

 他にも、米は貯蔵に向いていたり、収穫の時期が麦ほどには厳しくないこととか理由はあるけど、一番はやっぱり美味いからだ。

 僕としては、米を炊いて食べるのと、小麦をパンにして食べるのとは優劣つけ難いと思うのだけど、小麦をパンにして食べるのは手間がかかるので、今の僕らはまだあまりパン作りはしていない。 それもあるのだろう。


 米作りは、元々は僕が頭の知識の中にある米の食事をしたかったから、強力に進めてきたので、自分が中心になって進めるつもりだった。

 でも色々あって、結局はフランソワちゃんがその栽培の中心になってしまった、ちょっと残念な気がするけど。

 そして丘の下の田んぼでの米作りを、当然のことながらフランソワちゃんが指揮・指導して行っている。 そしてそれを丘の下のみんなも誰も当然のことと見做している。

 まあ、そうだよね、フランソワちゃんはこの地方では農業の女神様みたいな感じになっているのだから、みんなしっかりと言うことを聞く。 僕が指導するよりも、ずっと簡単だ。


 ということで、フランソワちゃんも忙しくしていて、ルーミエとシスターだけが比較的暇な感じになっているかと思うが、決してそんなことはない。

 2人は僕とは全く別に、一つの事業を立ち上げていた。


 2人は以前から続けている薬作りを、もっと発展させようとしているのだ。

 現実的な話として、2人は薬作りを止める訳にはいかない。 シスターの作る薬、特に寄生虫の駆除薬はとても人気で、欲しがる人が多いからだ。


 「寄生虫の駆除薬なんて、誰が作ったって同じような物しか出来ないし、効き目が違うこともないと思うのだけど。

  確かにイクストラクトで寄生虫を体外に排出することは、私が一番最初に出来るようになったから、少しはまだ他の人よりも上手に出来るかな、とは思うよ。 でも、薬は作り方も変わらないし、変わらないよ。

  村に居た時は、薬を多く求められると、そのお礼も増えて孤児院が潤うから嬉しかったけど、ここに来てまで求められてもねぇ」


 シスターがちょっとボヤくのには理由がある。

 村の近くの林には、駆虫薬の原料となる木が何本かあって、大事にもされていたのだけど、今のこの城の周りでは、まだ自生しているその木を見かけていないのだ。 それで薬を作るためには、わざわざ原料の木の皮をどこかから仕入れて来なければならない。 これではシスターには本当に僅かな手間賃しか旨みがない。


 「それに駆虫薬に関しては、木が近くにある村の新しいシスターに任せてあげたいんだよね。 そうすれば村の孤児院の定期的な固定収入になるから」


 と、まあシスター自身は駆虫薬なんて誰が作っても変わらないと言うけど、僕は本当に効果が違っているのかもしれないと思っている。 シスターとルーミエはずっと主にはその駆虫薬だけど、薬を作り続けていて、元々の[全体レベル]が高いこともあって、薬作りのレベルも他の人よりずっと高いからだ。 

 レベルが高い人が作った薬の方が、もしかしたら効果が高いのかも知れないし、それに聖女様と言われているシスターが作った薬ということになると、それだけで気持ち的にも効くような気になってしまうのは仕方ない。 そういう気持ちの部分も、薬の効果として現れると思う。 まあ本当の聖女はルーミエの方なんだけど。


 ただ、シスターは、駆虫薬の原料となる木が、この城の近辺にないことは問題だと感じたようで、ルーミエと2人でその木の苗木を何本か手に入れてきた。

 この原料となるセンダンの木は、その木を発見するきっかけにもなった様に特徴的な形の実をつけるのだが、その落ちた実から割と簡単に芽を出す。

 ただ普通は林の中で、芽を出して、小さな木にはなるけど、それ以上はなかなか育たない。 周りの樹木によって日当たりが限定されたりしているのが普通なので、大きくなる前に何らかのきっかけで淘汰されてしまうのだ。

 大きくなるには、周りの木が倒れて光が良く射し込むようになったりするなどの幸運が必要になるのだが、そんなことはなかなか起こらない。


 そんな小さな、苗木といって良い大きさの木を数本、シスターとルーミエは採ってきて、日当たりの良いところに優遇して植林したのだ。 木の皮を使うので、すぐにはその木を材料にすることは出来ないが、何年かすれば、他所から原料を仕入れなくても、駆虫薬が作れるようになるだろう。

 今現在は寄生虫は、孤児院出身の者は、以前とは逆に一般の人よりも見られなくなって、ここでは出ていない。

 だけど、とても一般的な病害で、いつまた誰に発生してもおかしくないので、駆虫薬を作れる様に準備しておくことは必要だ。 何よりその第一人者と言って良い2人がいるのに、原材料がすぐに手に入らないのは、僕も問題だと思った。


 駆虫薬の原料となる木を植林してから、シスターとルーミエは今度はルーミエの提案で、他の薬草、傷薬となる草とか、腹痛に効く薬の材料となる草とか、そういった草の栽培も始めた。

 とは言ってもこちらは本当に手探りだ。 僕らが普通に畑に作る作物と違って、それらは栽培方法が確立していない。 解っていないからだ。

 それぞれの薬草は、やはりそれぞれ生えている場所が違っていて、とても偏っている。 当然だけど、この薬草はあそこ、あの薬草はあっちという具合に、採取出来る場所が限られている。

 そして中には群生する物もあるが、それぞれが離れて存在する物もある。


 ルーミエの提案は、そういった何種類もの薬草が、近くで簡単に手に入れば、とても楽に薬作りが出来るし、困ることが無い、というものだった。 必要な時に原料となる薬草がなかなか手に入らないなんていうのは、とてもよくある話なのだ。 シスターが僕たちに薬草採取を積極的にさせて、集めていたのもその為だ。

 それより進めた形を考えた訳だ。


 薬草の栽培は、最も簡単に見つかる傷薬にする草の栽培は簡単だったのだけど、それ以外の薬草の栽培はなかなか難しい。

 発見して移植する薬草は、まずその生育環境をしっかりと観察して、根を痛めないように、少し広く深く周りから掘って、採取した。

 そこまで気をつけても、それでも予想以上に根が広範囲に広がっていたり、深くまで根が伸びていたりで、最初は採取時に根を傷めたことが原因で枯らしてしまった。

 失敗を何度かして、上手く移植してもなかなかそのまま成長してくれない。 すぐに枯れるのが続出する。


 薬草を採取する時は普通、その草全体を採ることはしないで、最低限を採取する。 そうすればその薬草はまた成長して、採取することが出来るようになるからである。

 ところが、畑に移植する場合は、全体を大きく採ってくるので、それを枯らしてしまうと、その薬草があった場所で復活することはないから、貴重な薬草の採取場所を一つ失くしてしまうことになる。

 そのため移植する薬草は、城から離れたところにあるのを基本的には移植することにしたようだ。 もしもの時には、なるべく近くで薬草が採取出来ることが望ましいからだ。

 その手間もあるので、移植した薬草が枯れてしまうと、2人はとてもガッカリするのだが、逆にちゃんと定着した様に見える時にはとても喜んでいる。


 どんな工夫をして移植するか、移植した後どういう風に世話をしたら良いか、なんてことをフランソワちゃんも加えて、色々話し合って試行錯誤している。

 完全には冬を越してみないと、栽培するのに畑のような形で栽培が出来るかの確認は出来ないし、その草が多年草なのか、一年草なのかもあまりはっきりしない。

 まあ、何年もかけて地道にやっていかないとダメなのだろう。


 シスターとルーミエはそんなことをしながら、薬作りもやっぱりしている。

 今作っている薬の主力は、僕でも知っている葛根湯だ。 葛は繊維を取るためにも植えてあるし、どこでも手に入る。

 でもまあ、どこでも手に入るのだから、わざわざシスターとルーミエが薬として作る程の物ではないような気がするのだけど、これが意外に売れたりもするのだ。

 絶対に、聖女様効果だと僕は思う。

 シスターは本物がいるのに、自分がそう呼ばれるのをやはり嫌っているけど、最近は売れるのだから良いか、と少し割り切り出したような気がする。

 良いのかな?

 まあ、ここで作っているということは、確かに本物の[職業]聖女が関わっている薬だから、詐欺ではない。


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