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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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キイロさんの誤算

 「ナリート、領主様の言ったこと、ちゃんと守るのよ」


 「シスター、解ってますって。

  僕だって軽はずみな事して、死にたくないですし、そもそも冒険者として有名になりたいとか、高レベルになって領主様のように貴族かなんかになりたいとか、そんな気持ちは僕は全く無いですから。

  僕がしたいのは別の事です」


 「まあちゃんと理解しているなら良いわ。 くれぐれも軽はずみな事はしないのよ。

  それで、別のしたい事というのは何なの?」


 「やだなぁ、僕、いつも言っているじゃないですか、お城を作るんだって」


 「ああ、そういえばそうだったわね。 ナリートのいうお城というのがどういうものかは、まだ良く分からないけど」


 「僕は城作りをするために、みんなと一緒にやり始めたはずだったのですけど、いつのまにか、目的が何だか新しい村作りになってしまっていたんですよね。

  村を作るのも城作りの一部には含まれるとは思いますけど、やはりちょっと違うよな、と今回のことで思いました。

  やっぱりもっと城作りを頑張るぞ」


 「良く分からないけど、程々にね。

  ナリートはやることがどうも極端になりがちだから」


 僕は町に行く時は、何で自分が呼ばれたのだろうかとか、色々考えてしまって、重い足取りで向かったのだけど、帰りは、注意はされたけど大したことではなかったので、そんなおしゃべりと、シスターからの軽い注意を受け流しながら、足取り軽く帰ってきた。 今回は何かの買い出しをして荷物がある訳でもないからね。



 僕とシスターが戻ってみると、仲間たちはとても忙しく働いていた。

 農作物や、糸の材料となるイラクサなんかの成長が、今回の騒ぎでいつもの作業が滞っていたといっても、遅くなる訳でも止まる訳でもない。

 止まっていた植林もどんどん進めないと、糸クモさんの餌が今後足りなくなるし、大きくなって放す場所に困ってしまうことになる。

 そういった今回の騒ぎで遅れてしまった仕事を、その遅れを取り戻すために、みんな大忙しで働いていたのだ。

 僕とシスターが町に行ったり、そこで話し合いをしていたりする間に、その遅れはみんなによってかなり挽回されていた。 作物なんかの成長は、待ってくれる訳ではないので、僕とシスターがいないからといって、大急ぎでしなければならない作業なのは仕方ない。

 僕はそれをしないで済んで得したような、ちょっと申し訳ないような気分だ。



 こういった中で、キイロさんも忙しく働いていた。


 今回大急ぎで、全員の突貫作業で、野盗たちを殲滅するための土塁を作ったのだが、その時は本当に緊急事態の作業だったので、作業に使う道具の損耗なんて考慮せずに行った。

 例えば、土を掘るのにも、丁寧に行うのではなく、魔法を使って柔らかくしてはいても、力任せに道具を使って掘るという感じだ。 土を掘るだけでなく、それを移動させるために必要な網や担ぐ棒を作ったりも同様だ。

 つまり、それらの作業に使った、鍬、スコップ、鉈、ナイフなどといった、鉄製品の道具を酷く傷めてしまったのである。


 キイロさんは鍛冶屋として、そういった道具の修理に大忙しだったのである。

 今は畑などの農作地を広げようとはしていなかったので、鍬やスコップの不足がその作業予定を大幅に遅らすことがなかったのだけが幸運だったかもしれない。


 「ナリート、俺たちはお前が町に行っている間、キイロさんに散々こき使われて、大変な思いをしたんだ。

  戻ってきたんだったら、その分働け」


 ウィリーに、何やら物騒な言い方をされてしまった。


 「何言ってやがる、一番働いているのは俺じゃないか。

  お前らは俺の手伝いをしていただけだろう」


 「まあ、確かにそれはそうなんですけど。

  最近ではぶっ倒れる寸前まで、魔法を使い続けるなんてなかったので、少しはその大変さをさぼっていたナリートにも味合わせたいと思って」


 「キイロさんが鍛治をするのに、直すものを次々とメルトで熱くする必要があって、そのために、僕とウィリーとウォルフがずっとここでの手伝いだったんだよ」


 ジャンが状況を説明してくれた。


 「俺もどういう訳か、あの騒ぎの後寝込んで、その後は前よりも長く魔法を使える感じがしているのだけど、とてもじゃないけど仕事量に追いつかなくて、それでコイツらに手伝ってもらっていたという訳さ。

  やらしてみたら、ここに居る奴らは、みんな魔法を使い慣れているから、すぐにメルトの魔法も覚えるのだけど、ナリートも分かると思うが、メルトはすごく疲れるだろ。 こいつら以外だと、すぐに疲れ切って動けなくなってしまうんだ。

  今はあのせいで、仕事が溜まっているから、動けなくなる人数が増えるのも困るし、俺の仕事が滞るのも困る。 それで、こいつら3人に手伝わせているという訳さ」


 うん、状況は理解出来た。 でもそれなら、ルーミエたちでも良いのでは。


 「ルーミエとエレナはアリーの手伝いで目一杯だ。 フランソワちゃんが今の状況で農作物以外の仕事をすると思うか」

 「マイアはダメだぞ。 マイアが全体の指揮を取らないと問題が起こる。

  それに俺がマイアに、キイロさんの手伝いが大変だから手伝ってくれと言える訳が無い」


 女性陣の助力は無理だと、僕が聞く前にウォルフとウィリーが答えた。

 まあそれで、僕が戻って来たから、即座にここに呼んだという訳か。


 「まあとにかく、俺の仕事はまだまだ溜まっている。

  ナリートは、一番魔力が豊富なそうだな。 大いに手伝ってもらうぞ。

  ウィリー、ウォルフ、逃げるなよ。 魔力が尽きても、力仕事やら、何やら、やることは沢山あるからな」


 ウィリーとウォルフの僕を置いて、この場から逃げようという目論見は、あっさりとキイロさんに潰された。


 「ところでキイロさん、そんなに仕事が溜まっているのですか?」


 「ああ、俺が思っていたよりも、みんな道具を今回ダメにしてしまった。

  まあ仕方ないな。 今回は命懸けの大急ぎだったからな。

  鍬やスコップは当然のこととして、鉈もダメだし、それぞれに持っていたナイフまでダメにしてしまった物が山積みだ。

  無事だったのは、戦いの為にと温存されていた剣や槍の穂先といった物だけという感じだ」


 「そうなんですか。 早く鍬やスコップを直してください。

  今後の事を考えると、土壁を今回した門のところのように、全部の場所で高く厚くして、堀もちゃんと深く広くして水を張りたいなと。

  その工事を早めにしたいです」


 「いやナリート、それも分からなくはないけど、今回はたまたま使わずに済んだけど、武器をみんなに持たせる方が先だろう。

  お前のことだ、みんなに鍬やスコップを持たせて、しっかりと土木工事をしたいなんて考えているのだろ」


 ウォルフは、僕の機先を制する感じで、待ったをかけてきた。


 「それもダメだ。

  ナリート、ウォルフたちには先に教えておいたのだけど、残念ながらそういった物を増やせるだけの、素になる鉄が無いんだ」


 「えっ、あの、やっつけた野盗の武器とか、金属は集めていましたよね。

  結構な量になったんじゃないかと思っていたのですけど」


 「あれな、俺も期待していたのだけど、期待外れも良いとこだったんだ。

  あいつらの持っていた武器のほとんどは青銅製で、半分どころか三分の一も鉄製はないような有り様だった。

  奴らから得た鉄では、今回ダメにした物の補修が賄えるかどうか難しいくらいだ。

  青銅でも、武器にしているくらいだから、鍬やスコップも作れるけど、使いかっても悪い上に、すぐにもっとダメになるぞ。 実用的ではないな。

  それでまあ青銅に関しては、女性陣から鏡を作ってくれという注文が来ている。

  表面磨きが面倒だと思うのだけど、そのくらいの手間は何でもないそうだ」


 鏡というと、僕の頭の中ではガラス製品というイメージなのだが、ここにはもちろんそんな物はない。

 金属の鏡も、まだここでは貴重品で、僕らが持っている訳がなかったので、女性陣にしてみれば、これは大きなチャンスなのだろう。

 それはまあともかくとして、困ったことになったというか、鉄の確保が先決問題なのは確実なようだ。

 かといって、鉄の地金を買ってくる余裕なんてあるはずがない。 僕らは少人数の武器を買うのにさえ、四苦八苦していたのだ。


 「ということは、以前からの懸案であった、自分たちでの鉄の精錬を即座に始めないとダメということですね。

  大丈夫です。 とりあえず砂鉄のある場所も分かっているし、鉄鉱石のある場所も少しだけ離れているけど、もう分かっています」


 僕がそう言うと、キイロさんが渋い顔をした。 ジャンが、そのキイロさんの表情を見て、僕に説明してくれた。


 「それなんだけどナリート、ちょっと問題があることが判ったんだ」


 キイロさんの当初の計画では、キイロさんが自分の家を建てた場所を中心として、何種類かの炉を作る予定だった。

 僕の頭の中の知識と、この世界の鍛治が異なっているのは、今現在行っているキイロさんの鍛冶仕事でも明らかなのだが、それでもきっと何種類かの炉はいるのだろうとは思っていた。


 「そうなんだナリート、俺は自分の鍛冶場が急遽持てることになって、少し舞い上がっていて、精錬を行うための炉を作ると、その周りは草木が枯れてしまうことを忘れてしまっていたんだ。

  ここは田畑や、糸クモさんの為の木や、あの綿を採る為の草とか植えてある場所が近過ぎる。 ここでは精錬に必要な大きな炉は作れないんだ」


 ああそうか、精錬をすると主に煙害だけど、公害が起きるのはこの世界も同じなのか。ということは、この辺りの鉄の鉱石には硫黄分がかなり含まれているのか、僕は深く納得した。

 今まではまだ単純に、地金を熱してそれを叩いて形を作ったり、せいぜい鋳型に流し込むだけのことしかしていなかったから大したことではないが、鉱石から精錬するということになると、それでは済まなくなるのだ。

 魔法を使って、鉱石を熱して精錬するとしても、不純物がガスとなって出ることは変わりがないのだろう。

 草木を枯らすということなら、まず問題になるのはきっと硫黄酸化物だろうが、それをどうしたら除去できるかの知識はない訳じゃないけど、この世界でそれを作るのは現実的ではない。 それを作ったら巨大プラントだよ。

 そうなると、ある程度被害が出ても構わないような場所で、そういった作業はしなければならなくなるのである。 ここでは出来ない。


 「どんな炉を作って精錬するのか分からないのですけど、やっぱりそういう害が出るモノなんですか?」


 「ああ、やはりどうしてもな。

  精錬の時に必要な木材は、麻糸を作った時に出るオガラでも代用出来るから、ここでは麻も大量に作る予定みたいだから、それでどうにかなるとも思っていたのだが、精錬の最初に出る煙の害は防ぎようがないからな」


 キイロさんに鉄の精錬について聞いてみると、精錬を行う炉など自体は僕の知識の中にある物より、何だか余程簡単なようだ。

 鉱石の温度を上げるのに、魔法が使えることで、大量の燃料を必要としないことが、違いを生んでいるみたいだ。

 しかし、硫黄分を含んだ鉱石を先に温度を上げて硫黄分を飛ばすのは同じ行程が必要ではある。 吹子で空気を送り込まずに、ここでも魔法が使えることも、かなり楽になる。

 それでもそうして酸化鉄にした鉱石に、炭素になる物を加えて、還元して純粋な鉄にすることは同じだ。

 それに、鉄を完全に溶解するまで温度を上げるのは魔法を使っても大変なので、なるべく低温で鉄を作ろうとするのも、僕の知識の中では原始的な製鉄法と変わらない。

 よってキイロさんの教えてくれた鉄の精錬方だと、不純物を含んだスポンジのようになった鉄が精錬されることになる。

 そのままではまだ全く使えず、次にそれを熱して叩いて、しっかりと固めたり、不純物を叩き出す行程が必要となる。

 こうして作られた鉄は、キイロさんが言うには柔らかい鉄で、これだけでは刃物にはならず、炭と一緒に溶かすことで、硬い鉄が出来るとのことだ。


 キイロさんは、親方から教わったことで、この製法自体の理屈はわかっていないのだろうが、僕は理解することが出来た。

 この製法で作られた鉄は、不純物を含んでいるといっても純鉄に近くて、ほとんど炭素分を含んでいない。

 鋼鉄にするには、炭素分を加えなければならないので、今までの生活の中ではおかしなことに出てきてなかった炭という物が必要になったのだろう。


 この製法だと鉄の大量生産は難しいなと僕は考えていた。

 土地柄だろうか、この辺りは木材が不足しているので、炭を大量に作るなんて出来そうにない。

 鉄が完全に溶解する温度まで上げるには、魔法だけでそれをするのはとても大変なので、僕の頭の中の知識にあるように、炭を燃焼させて温度を上げる必要があるのかもしれない。

 そうなると、鉄作りは絶対に大量には無理だ。

 いや、何人かでゴリ押しするように魔法をかけ続ければ、出来るのかもしれない。

 鉄を溶解する魔法はメルトダウンというのだと教えてもらっていたが、その魔法は結局少量の鉄に炭素分を混ぜるのにしか使われないみたいだ。

 でも、キイロさんに教わった方法ではないけど、その魔法を何人かで強力に使い続ければ、頭の中の大量に鉄を得る手段である高炉なんてのも、もっと簡単にできるのではないか、そんなことを僕は考えていた。


 「だから、鉄を自分たちでしっかりと得る為には、まずここから離れて、害を及ぼさない場所に、新たに鉄作りの拠点を作らないと駄目なんだ」


 おい、ナリート、ちゃんと聞いているか、という非難が少しこもったキイロさんの少し大きな声で、僕は現実に引き戻された。

 僕は頭の中で随分と先走ってしまっていたみたいだ。


 「でもまあ今はナリートは僕らに加わって、キイロさんの鍛治を手伝わないとね。

  メルトをかけ続けるのは、ウィリーの言う通り、本当に大変だから、ナリートも苦労すると思うよ」


 僕が自分の頭の中の考えに夢中になって、周りが見えなくなるのに慣れているジャンが、僕にそう言って現実にきちんと引き戻してくれた。

 ウォルフとウィリーも「まあ、いつものことだ」という顔をしているけど、こんな僕に慣れないキイロさんは、ちょっとムッとした顔をしていた。


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