買い物と領主様への報告
少しだけ前に戻って。
領主様に伝えに行くというシスターに、話し合いの結果として剣を買わねばならなくなった僕たちは、大人数で結局付いて行くことになった。
自分で使うことになる剣は、自分で選ぶ必要があるだろうということで、僕とジャンが同行すると言ったら、女性陣も自分たちも自分で使うナイフだから自分で選ばないとと、一緒することになったのだ。
女性陣は、実際は偶には町にも行きたいと思ってのことだと僕は思う。 やはり町に行けば、人も多いし、さまざまな店もあるからね。
それだけではなくて、ウォルフも一緒に行くことになった。
「お前らだけで行っても、今まで剣は使ってなかったから、どんな剣を買うべきか迷うだろ。 俺はアドバイス役さ」
留守役として1人残ることになったウィリーが、「お前、ずるいぞ」と、ウォルフと争ったけど、今回はウォルフが強硬で、ウィリーが残ることが決まった。
ウィリーは自分だけが残るのは嫌だったようで、ま、当然だけど、マイアにも残って欲しそうな顔を見せたが、マイアに、「私も買うのだから、残らないわよ」と、あっさりと拒否されて、かなり凹んでいた。
剣を買う時のアドバイス役と言っても、僕らが買えるくらいの剣では目利きが必要な訳でもなく、
「とりあえず持ってみて、持ち易い物を選べ、細過ぎるとか太過ぎるとか、そういった物は避けろ。 まあ、後から幾らかは調整できるし、稽古するうちに感じも違ってくるだろうから、そこはあまり神経質にならなくても良いけど。
そうして選んだら、とりあえず振ってみろ。 周りを確かめて、危険が無いように、他の物なんかに当たらないようにするんだぞ。
こっちの方が重要だ。 ここは自分が良いと思う物をじっくりと選べ」
といったあっさりしたものだった。
ただまあ、僕たちに選ばせる前に、「この類の剣を買え」と、最初に剣の種類は指定された。
指定された剣は、少し幅も厚みもあって、僕が自分で買うことを頭の中で想像していた剣よりも、ずっと武骨で重かった。 きっと実際の戦いになった時に、折れないことを重視しているのだろう。
僕自身は、正直に言えば剣を持つのは、相手に舐められない為の飾りくらいに思っていたから、ウォルフの本気度にちょっとびびった。
僕とジャンが、ウォルフが剣を買うのに一緒に来てくれて良かったと本当に感じたのは、剣自体を買うことではなくて別のことだった。
僕たちは剣に馴染みがないので全く忘れてしまっていて、剣だけを買えば良いと思っていたのだが、剣を携えるには剣を腰にぶら下げるための革製のベルトが必要だったのだ。
剣はかなりの重さがあるから、それ専用の少し幅広のベルトがなければ、腰に上手くぶら下げることは出来ない。
女性陣も自分に合う、今まで使っていた実用品のナイフよりも大きめの護身用のナイフを、それぞれに選んでいる。
エレナはナイフというよりは、短剣という感じのモノを選んでいて、携帯の仕方も僕たちと同じように腰から下げる形にするようだ。
ルーミエは、エレナと同じようにするか迷ったみたいだが、マイアとフランソワちゃんと同じに、女性用の護身用のナイフにしたようだ。
「へー、知らなかった」と僕が思ったのは、その女性用の護身用ナイフの携帯の仕方だ。 左脇の部分にナイフが収まるような革製の装身具があるのだ。
僕が面白いと思ったのは、収められるナイフの向きで、ナイフの持ち手の部分が下になるようになっている。
考えてみると、そうでないとナイフを抜く時に逆手の握りでないと抜きにくいし、ナイフを抜く時に顔の前を通す訳で危なくもある。
それからその位置にナイフを収める為に、ナイフの大きさは自ずと決まってしまう。
その護身用のナイフに関しては、フランソワちゃんが流石に[職業]貴族と思っていたからか、良く知っていた。
僕はそういった身分の高い女性は知らないから、今まで目に入っていなかったのだけど、貴族の女性が常に前が開いた上着を着ているのは、その護身用ナイフを隠しているかららしい。
その装身具も、貴族の人が身に付けているのは、パッと見はナイフを収めるための装身具とは見えないお洒落な物だったりするらしいが、僕らが武器を買いに来たのは、初心者に安心の冒険者組合に併設された武器・防具屋だから、そんなお洒落な物であるはずがなく、逆に防具を兼ねたような武骨な物だった。
それでもエレナが選んだ短剣と腰ベルトよりも余程女性らしい装備らしい。 あまりそれを指摘するとエレナの機嫌が悪くなるので、ウォルフを筆頭にそこには触れないけど。
剣などの装備を買ってから、僕たちは本来の目的である領主様に会いに行く。
シスターが会って話をすれば要は足りると思うので、任せて僕らは町を楽しもうかと思ったのだけど、ウォルフが「自分も会いに行く」と言い出して、なんだかんだと、僕たちみんなで向かうことになってしまった。
「おう、そろそろ報告に来ると思っていたぜ。
あいつがお前らのところに向かったことは、報告があって知っていたからな」
領主様は以前、僕らの村の神父様については、「泳がせて監視している」と言っていたけど、しっかりと神父様の行動は把握されているみたいだった。
「『変なのが一緒に付いて行ったので、どうしますか?』と聞いてきたが、まあ、お前らなら問題ないだろうと放置したが、大丈夫だったようだな。
何だか慌てた風で、お前らのところから退散したらしいな」
うわっ、こんなに詳しく把握されているのか、と僕は思ったのだけど、そう思ったのは僕だけではないみたいだ。
「それで何しに、あの神父はお前らのところに行ったんだ?
流石に門の中でのことまでは、監視の報告で分かりはしないからな。 詳しく話してみてくれ」
シスターを中心にして、僕らはあったことを詳しく報告した。 聞いているのは領主様だけではなく、僕らもかなり親しくなった側近の人たちも聞いていた。
「要するに、金を寄越せという訳だな。
それを断られると、暴力に訴えかけたという訳か」
領主様は側近の人たちの方に視線を向けて言った。
「とうとう本性を現し始めたというところか」
「あの神父は問題ではありません。
問題なのは、あんな神父を送り込んで来た、教会本部が何を考えているかですね。
聖女と呼ばれているカトリーヌさんを、王都に呼び寄せようとしていましたし」
「まあそれは単純に人気がある者を取り込んで、自分の派閥の利益にしたのだろうけどな。
俺はあの神父には少しは期待していたのだけどなぁ。 偽神父だとは判っていたが、それでも悪さをしたという[称号]はなかった。
だから、もしかしたら本当に神父としてずっと真面目にやってくれるかと」
「私と村の教会で過ごしていた時には、真面目にされていると思っていました。 そのころは神父様が偽神父だとは知りませんでしたが。
この間はしばらくぶりに会ったのですが、取り繕ってはいましたが、以前とは変わってしまっていて、少し驚きました」
シスターはそんな風に感じていたんだ。
「あの偽神父も、自分の下にカトリーヌさんやナリート君たちがいたことを、誇れるようでしたら、飲酒癖があっても、人情味のある神父でやって行けたでしょうに。
過去には偉くなった神父様やシスターでも、色々と悪癖を持っていたという人はたくさんいますしね。
ところがあの偽神父は、なんで自分がカトリーヌさんのように有名にならないのだ、なんで君たちのように新たな土地を託されたりしないのだと思って、それで余計に酒に溺れるようになっての、今の始末です。
自業自得ですね。 唯一、まだ自分から犯罪と捉えられるような所まで今のところ踏み出していないのが救いでしょうか。
踏み止まって欲しいモノです」
側近さんが、踏み止まるのは無理だろうと判断していると匂わせて、冷酷な感じで言った。
「ところで、お前らは今回の事で、外から入って来る者に対する備えに問題を感じて、武装をすることにした訳か」
領主様は話題を変えようとしてか、僕らの剣やナイフを装備した姿を見て、そう言って、ちょっと笑った。
僕たちは領主様と会うのに、買ったばかりの剣やナイフを誰かに預けなければならないかなと思ったのだけど、何も言われないまま、そのまま領主様の前まで通されてしまっていた。
まあ領主様なら、僕らが武器を持っていても少しも危険を感じはしないだろうけど。
そのお陰というか、そのせいで、ちょっと笑われる羽目になった訳だ。
僕はちょっと照れくさいので、いい訳した。
「今回神父様と一緒に来た2人はレベルが低くて、問題にはならなかったのですけど、もうちょっとレベルが上だと、こっちには武器がないと思うと、暴力を振るおうとする判断のハードルが低くなるかと思って。
僕たちはただでさえ、まだ子どもですから甘く見られていると思うので、武器を持っていないと余計に甘く見られて、すぐに暴力に訴えられるかもしれないと考えたんです」
「ナリート、それにジャン、確かにお前らが剣をぶら下げてしても、今はまだ単なるハッタリだな。
ウォルフ、それに今回は留守番らしいウィリーと2人で、こいつらも一応剣が振れる程度には鍛えてやれよ」
「はい、もちろんです、領主様。
今回、俺はちょっと油断したと冷や汗をかいていました。
ナリートとルーミエはレベルが見えるので、それで油断してもいけないと思うのですが、あの2人が、俺は神父様も信用していないので3人がですけど、何をして来てもレベル差があるから大丈夫だと思っていたみたいです。
俺も2人の様子から、ある程度は安心していたのですけど、何かあってからでは遅いので」
「ウォルフ、お前の警戒は正しいぞ。
レベル差があったって、いきなりグサリとやられたら、やった本人を周りの者が倒すことは出来るだろうが、やられた者は大怪我で済めば良い方だからな。
お前らがこうして武器を持ったまま俺に会えるのは、お前らがそんな真似をする訳がないと周りの者も知っているからだ。
知らない者、危険かも知れないと分かっている者を内部に入れるのに、お前らが今回そのまま中に入れて、武器の携帯をも許していたことは、軽率だったと言わなければならないな」
「はい、そうだったと思います。
俺たちは、俺たちのところに悪意を持って近寄って来るのは、モンスターくらいの物だと、油断というか、危険を回避しなければという意識が緩んでいたのだと思います」
「それが解っているなら、今後はないように気をつけろ。
その辺は年長であるだけじゃなく、ここで衛士をしていたお前とウィリーが率先して注意するべきところだ」
「はい」
もしかしてウォルフは、こうして領主様に怒られるために一緒に来たのかな、と僕は思った。
僕もだけど、みんなも自分の甘さをあらためてはっきりと認識したようだ。
「ところでウォルフ君、君はこれで終わりだと思いますか?」
側近の1人がウォルフにそう話しかけた。
「いえ、これで終わりとは思っていません。
神父様はともかく、あとの2人は今回は敵いそうにないので一旦引くけど、次はもう少し人数を増やして来ようと考えるんじゃないかと思います。
『俺たちは2人だったけど、ガキとはいえ4人だった。 今度は5人で来れば』なんて考えているんじゃないかと」
「うーん、そうですねぇ。 その可能性もありますね。
だけど別の可能性もありますよね」
僕はウォルフの言っていたことが、とてもありそうだなと考えていて、別の可能性と言われて、どういうことなのか想像できなかった。
でも、ウォルフはそっちの見当もついたようだ。 すごく難しい顔をして、話している側近の人の顔を見ている。
「ウォルフ君も思い当たることがあるみたいですね。
そう、そんなに時間を掛けていたら、領主様に見咎められる可能性が高まると考えて、一気に事を運ぼうとするという可能性の方がより高いと思うのです。
有り得そうでしょ」
「そうなると、どうなりますか」
「そうですね、20人くらい集めて、一気に支配する、という感じでしょうか」
「そんなの野盗じゃん!!」
僕はついそう叫んだ。
「そうですね。 でも建前上は、神父様に頼まれて、安全の為に自分たちが上に立って保護している、なんてとこですかね。
でも、やることは野盗と同じで、門のところに大勢でやって来て、『門を開けて、言う事を聞かないと、酷い目に合わせるぞ』と。 門を開けたら人質を取って、思いのままに君たちを働かせる。
きっとそんなことを考えるのでしょう」
「そういった場合、俺たちはどうするのが一番良いのでしょう」
ウォルフは真剣な顔をして訊ねた。
「とにかく門の中には入れないで、野盗として戦闘を始めてしまってください。
戦闘が始まってしまえば、我々もそこに介入することが出来ます」
「悪いな。 戦闘になっても、お前らはレベルから言って、ごろつき共に負けるとは思わない。
でも、お前ら以外の者は、同じ年頃の普通の子と比べれば上だが、そいつらと戦えば互角の者も少ないだろう。 そうなると数の差が効いてくる。
戦闘になれば、すぐにでも介入するつもりだから、勝ち負けは動かないが、我々が介入するまでには犠牲も生まれてしまうだろう」
領主様の言葉に僕は真剣に訊ねた。
「戦闘になる前に、そんなのが集まった時点で介入してもらう訳にはいかないのですか?」
「流石にそれは出来ないな。
何もしていないのに、領主に引っ立てられた、では話にならん」
それはそうだよね。 人が集まっただけで捕まったというのでは、社会が成り立たないというか、どんな恐怖政治だよ。
「そうすると、俺たちはとにかく戦わなければならないんですね。
そうすると、その時は俺たちはその野盗を殺してしまって構わない訳ですか?」
何だかウォルフが怖いことを言い始めた。
「当然だ。 野盗なぞ殺してしまって一向に構わないぞ。
奴らだって戦闘となれば殺しても構わないと思って向かって来るだろうしな。
あ、そうそう、ルーミエ、お前たち女は戦闘の場には出て来るなよ。
モンスターと戦うのとは勝手が違う。
人間同士の戦いだと、体格差や力の差が圧倒的に不利になるからな。
出て来られたら、逆に庇わねばならなくなって、足手まといになるからな。
同様に、この春仲間になった者とかも、体も小さいだろうし、レベルも低いだろうから後ろに下げておいて、前に出すなよ」




