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神父様たち3人は逃げ出すように、大急ぎで去って行った。 脅した形になったウォルフが唖然とする素早さだった。
「えーと、去って行ったなら、それで良いのかな?
ところで、俺って、そんなに怖い顔してた?」
「ううん、そんなことない。
ビシッと言ってくれて、カッコ良かったよ」
なんとなく傷ついた顔をして言ったウォルフに、エレナがそう言って慰めていた。
神父様について来た2人は、まだ子どもかそれに毛の生えた程度と思って、大声を出して脅せば、僕たちが何でも言うことを聞くと、思い込んでいたのだろう。
それが逆にウォルフに脅し返されて、驚いて完全に気勢を削がれてしまったのだろう。
もしかしたら神父様も、そんな考えだったのかな。
僕らはとりあえず神父様たち3人が帰ったことを知らせに、丘を登って行った。 きっとマイアを中心にして、食事や宿泊の準備をしているだろうからだ。
「え、食事もしないで帰ったの?
まあ食事をしてから戻ると、町に着く前に日が暮れてしまうだろうから、今日はここに泊まって行くことになると思って、その準備もしていたのだけど」
当然、そう考えて準備するよね。
丘の上の住人は元同じ村の孤児院出身者が多いからか、変なところは見せたくないと、宿泊の為の家だけでなく、辺りの掃除や整頓なんかに励んでいたみたいだ。
「それにしても、神父様が連れて来た2人、感じが悪かったね」
ルーミエのそんな一言から、その流れのまま、神父様を案内していた僕たちにマイアも加わる形で、今回の事態についての話し合いになる。
「警戒はしていたけど、まさか武器で威嚇しようとするとは思ってなかったよ、僕も」
「えっ、あれって、そういうことだったの?
私、何が起こったのか良く分からなかったよ。
神父様が連れて来た1人が大声出したと思ったら、ジャンが1人の槍を奪ってて、そしてウォルフが怒鳴ったから驚いたけど」
フランソワちゃんは一連の行動が良く分かっていなかったようだ。
事情が全く分かっていないマイアに、エレナとルーミエが何があったかの説明をしている。
「ああそういうこと。 それで逃げ帰ってしまったという訳なのね」
どうやらマイアも状況を理解したようだ。
シスターはマイアが理解するのを待っていたようだ。 それを見て取ってから、僕に向かって言った。
「観てみたよね。
どうだった? 神父様、何か変な称号増えてなかった?
後の2人もどんな風だった?」
ここに居るみんなは、僕がレベルなど色々なことを観ることが出来ることを知っている。 だからこそ、シスターは簡単にその言葉を口にして、みんなもその意味が分かっている。
だけど、神父様のことを口にして良いのだろうか。
僕は今まで神父様のことを観た結果は、領主様以外に話したことはない。
「あ、ナリート、俺たちも知っているんだ。
神父様が偽神父で、その[職業]が詐欺師だということは」
「衛士だったから、その仕事の都合もあってか、そして俺たちにも関わりが深いから、何かしらのことがあるかもと考えられてか、領主様が教えてくれたんだ」
「私も知らされていて、聞いた時には驚いたのだけど、町の孤児院の院長様も知っておられたわ」
神父様たちに対して、みんなの警戒感が強いようには感じていたけれど、そういうことだったのか、と僕は思った。
僕は他の人はと視線を送ると、
「僕はウォルフとウィリーから聞いてた」
「私は、何となく変だなとは思っていたのだけど、シスターと院長様が話しているのを聞いちゃったの」
「ルーミエもついナリートと同じように見えていると思って、油断しちゃったのよ」
シスターがちょっと言い訳をした。
「私は聞いて無かったわ」
「私も聞いてないわ」
エレナとマイアが、それぞれウォルフとウィリーを睨んでいる。
「いやいや、俺たちはルーミエから聞いていると思っていたんだ」
フランソワちゃんは当然だけど全く知らなくて、神父様が偽神父だったという事実に凄く驚いている。 エレナとマイアがそこまでではないのは、僕たちの雰囲気から何かあるのではと感じていたからのようだ。
そういう事ならと安心して、僕は自分が観えたことを話す。
「神父様は、ルーミエも観た[健康]にアルコール中毒という問題が増えた以外に、前と変わっているところは無かったです。
ただ逆に、僕が初めて神父様を観ることが出来るようになった時以来、レベルも全く変わっていないことの方が、僕には何だか不思議な気がします」
「そうよね。 神父様、ずっとレベル10で変わってないもんね」
具体的な数字をルーミエが口にしてしまった。
「なんだ神父様って、そんなにレベルが低かったのか」
ウィリーがそう言うと、シスターがちょっと諫めた。
「あなたたちはレベルが上がってしまったから、そんな風に思うのかも知れないけど、レベル10というのはそんなに低い訳ではないわ。
成人年齢に達した時のレベルが大体5で、それに届かない者も多い。 そこから上がるにはどんどん必要とする経験値が多くなって行くのは知っているでしょ。
あなたたちの場合は大アリを沢山狩っているという特殊事情があるし、ここに居る他の者も、モンスターを狩ったり、他ではしない魔法の多用をしたりしている。
それに私は観えないから分からないけど、[全体レベル]だけじゃなくて、実際に色々と経験を積まないと上がらないレベルも沢山あるのでしょ。
ルーミエが観える[全体レベル]だけで、そんなことを言ってはダメよ。
そうでしょ、観えるナリート」
「はい、それは確かにそうなんですけど、少なくとも僕が観える範囲では、他にこれと言って特筆するところも無かったので」
不意に振られて僕がそう言うと、怒られる対象となっていたウィリー、それにウォルフ、ジャンは神妙にしていたし、つい口を滑らしてしまったと思っていたらしいルーミエも同様だった。 マイアが1人、吹き出して笑った。
シスターは吹き出したマイアを咎めることはしないで、僕に続きを促した。
「それで一緒に来た後の2人はどうだったの?」
「えーと[全体レベル]は9と8で、武器を持っていてもウィリーやウォルフなら問題なく対応出来るレベルかなと、僕は楽観視していたのですけど、気になったのは1人の[職業]が盗賊だったことでしょうか。
あと、どっちだったか片方が、神父様と同じようにアルコール中毒でした」
[職業]が盗賊だったからと言って、実際に盗賊をしているとは限らない訳だけど、それでも警戒心が高まってしまうのは仕方のないことで、2人の態度が悪かったことからも、「やっぱり」と言うような感じが漂った。
「ナリートは[称号]も観えたわよね。
その2人には何か問題になる称号はなかった?」
「はい、2人が冒険者だったのは本当の事でした、青銅級でしたけど。
だから神父様が護衛として連れて来たのは本当かも知れないな、と。
あとはまあ、窃盗犯とか、町のチンピラとか、細かいのはありましたけど、そんなのは流れて移動している下っ端冒険者にはよくいますから」
「まあ、居るよな。
自分が狩った獲物ではないのを、俺が仕留めた奴だと横取りしたりする奴とか。
経験値がそいつに入る訳じゃないから、まあ良いかと見逃したりはするからな」
ベテラン冒険者によると、兎狩が盾を使った方法が出来る前は今ほど簡単では無くて、以前は青銅級の冒険者が、誰が狩ったか喧嘩をしたりは良くあることだったらしい。 当然、くすねたり誤魔化したり脅したり、厳密には細かい犯罪が横行していたようだ。
彼らはその時と同じような調子で、僕たちに接して来たのかも知れない。
「どういった経緯で神父様があの2人と共に来たのかは分からない。
単純に護衛として冒険者組合で雇ったのかも知れない」
「そうかなぁ、何となく知り合いなのかな、という感じが僕はしました」
シスターの言葉に珍しくジャンが異議を唱えた。
「そうね、そうかも知れないわね。
でもそこは今は大きな問題じゃないわ。
問題なのは、神父様が訳の分からないことを行ってきたことよ。
アルコール中毒というのも、神父としてはあるはずのない状態だわ。
神父にアルコールを買うお金があって良い訳がないもの。 中毒になる程、アルコールを飲む機会があるはずがないのよ」
それはそうだよね。 つい最近まで食べることにも困るような孤児院を運営していた教会の一番上の責任者が神父様だ。 その神父様がアルコール中毒になる程、酒を飲める訳がない。 どうやって手に入れたのかということになる。
それに、もしもの時の為の余剰金が欲しいなら、まず最初に自分の生活を見直すべきだ。 アルコール中毒になれるような生活は、神父としてどこか絶対におかしいはずだ。
「変な態度をとった護衛と一緒に来たことも含めて、ちょっと神父様はおかしいと思って、私たちは行動した方が良いかも知れないわね。
次に町に行く隊に混ざって、一度、私からこの事を領主様にも伝えて来るわ」
僕は、領主様が泳がせていた神父様の本性が、そろそろ出て来たのかな、とは思ったのだけど、シスターは僕以上にこの件を重大視しているようだ。
それから今回の事があって、僕たちはまた、知らない人がやって来た時の対応を変更することにした。
今回は大事には至らなかったけど、神父様が連れて来た2人は門を入ってからも武器を携えていたのに、迎えた僕らは丸腰だったのだ。 今回はレベル差もあって、2人が武器を例え脅しであったであろうとしても使おうとした時、使わせずに押さえたり、奪い取ったりすることが出来たが、毎回そう上手くいくとは限らない。 武器を使われてしまった場合、こちらが武器を持っていないのは、とても不利になってしまう。
もちろん不審者を門内に入れないことが第一なのだが、知らない人がやって来た場合、僕たちも武器を持って対応することにした。
「でも、今回のように、というか今回のような場合は何時でもそうだろうけど、不意に来る訳で、その時、一々武器を取りに行っていると、時間がかかってしまうよ」
ジャンがそう言うと、ウィリーが答えた。
「そうだな、それを考えると、常に武器を身に付けている必要があるな。
まあ俺たちは衛士だった時は、常に武器を身に付けていたから、慣れてはいるのだが」
「そんなこと言われたって、僕の場合は槍だから、常に身に付けているなんて出来ないよ」
僕もこの頃は弓も使えるようになってきたけど、主に使うのは槍だからジャンと同様だ。
「そこは、ジャンもナリートも、俺と同じに剣を持つべきだな。
俺だって弓士だけど、領主様に剣の練習もさせられたし。
女性陣も護身用の少し大きめのナイフは身に付けているべきだろうな」
ウォルフがそう言うとウィリーが嬉しそうに言った。
「お前たち2人も剣の練習をするべきだな。
俺がしっかりと教えてやろう。
領主様は主武器が剣だったから、俺はしっかりと仕込まれているからな。 [職業]剣士というだけでない剣を、お前らにはちゃんと教えてやろう」
とは言っても、僕らはまず剣や護身用のナイフを買うところから始めなければならない。
まだキイロさんに剣やナイフを作ってもらえる訳ではない。 材料となる鉄がここにはまだないからだ。
神父様に言ったとおり、今ここにはお金があまりない。 その中から何とか工面して、僕とジャンの剣と、女性陣4人分の護身用ナイフを買った。 エレナ、ルーミエ、マイアそしてフランソワちゃんの分だ。
モンスター相手に使うならば、青銅の剣やナイフでも、ある程度用は済む。 実際青銅級の冒険者が持つ武器なんて、ほとんどがそうだ。
だけど、人を相手するとなると、相手が鉄の武器で、こっちが青銅の武器では歯が立たない。 よって鉄製の武器を買わなければならないのも、お金が多く必要になってしまう理由だ。
新たに仕入れたいと思っていた農具が先送りになってしまった。
「お前ら馬鹿だな。 俺がいることを忘れていただろ。
完成品の武器を買わないで、鉄の塊を買ってくれば、それで俺が作ってやったのに。
そりゃ俺の腕では、名刀と言われるような物はまだまだ作れないが、お前らが買って来れる程度の物だったら作れるぞ。
そうすればかなり安く手に入れられて、たぶんお前らが買おうと思っていた農具の分までの鉄を買えたんじゃないか」




