懐かしい(?)孤児院を訪ねる
「無駄足だったな」
「歓迎されると思ったんだけどな。 結局、行って戻ってきただけか」
「仕方ないよ。 まさか俺たちより強いのが居るとは思わなかった」
「そりゃ、思わないだろ。 みんな俺たちよりずっと歳下なんだから。
キイロが後から特別に入って、それ以外はキイロの2つ下からだから、俺たちより4つ下からだ。
あのナリートっていうのなんて、またその2つ下だから、俺たちからしたら6つも下だ。
向こうからしてもだろうけど、俺たちも覚えている訳がない」
「それで銀級だって言うんだろ。 そんなこと想像できる訳が無い」
俺たちは、後輩の孤児院出の者たちが開拓した場所があることを、随分久しぶりに戻って来た、この町に来てから知った。
孤児院を出てすぐに、俺たちはこの地方を飛び出して、都を目指した。
単純に都に対する憧れもあったのだけど、それ以上に少しも良い思い出がないこの場所から離れたかった。
ほとんど飲まず食わずで、やっとの思いで都に辿り着いたって、そこに楽な生活が待っている訳じゃない。
俺たちは何とか冒険者登録をしたが、まともな依頼を受けれるはずがない。 何しろその時の俺たちは、後から考えてみれば今にも死にそうなガリガリに痩せた小さな子どもにすぎなかったのだから。
「あいつら、体格も良かったな。
俺たちと同じ孤児院出身だよな。 なんであんなに違うんだよ」
俺たちは虚勢を張っていたが、あの場では後輩たちの体格だけでも圧倒された感じだったのだ。
年齢が自分たちの方が上で、自分たちも青銅級の冒険者になっているというのに、ずっと歳下なのに体格は変わらない。 主要な奴らは俺たちより大きい。
歳下のあいつらが、俺たちと同等かそれ以上の戦う力があるからと言った時、俺たちはその言葉に納得するしかなかった。
銀級だと言ったあそこの主要メンバーはもちろんだが、少しだけ滞在したあそこで見た姿を考えると、あそこに居る者たちのほとんどが自分たちより力があるんじゃないかと思った。
それじゃあ、俺たちの目論見が上手くいくはずもない。
俺たちが故郷と呼んでよいのか分からないが、この地方に戻って来たのは、今この地方は楽に兎を狩ることが出来て、青銅級の冒険者が楽に暮らせる土地になっていると、噂で聞いたからだ。
青銅級に上がったからといって、冒険者の生活がそんなに楽になるはずもない。
楽に暮らせると聞けば、それなら行ってみようと考えるのは当然のことだし、良い思い出はないけど、そこにはちょっとだけ郷愁の様な気持ちも混ざっていて、その変化を見てみたいという気持ちもあったのだ。
俺たちは兎が増えて、それを狩る冒険者で活気が溢れているのかと期待していた。
しかし現実は、確かに兎は増えて、冒険者は以前より楽に暮らしていけているらしいが、組合は静かなものだった。
沢山の兎を狩っているのなら、当然ながらその狩りを行う冒険者の怪我人なども増えて、冒険者組合は騒がしくなっているものだと思っていた。 冒険者は危険と隣り合わせなのだ。
俺たちは戻って来た町で、兎狩りをした。
確かに兎の数は増えていて、狩る兎を見つけることに苦労することはなく、狩りが楽になったとは言えるかも知れない。
しかし狩り自体の危険は、都近くでもここでも同じことで、簡単に見つけられるからと言って、狩り自体が楽になったと言えるモノでもない。 兎の肉の買取価格が低くなっているので、簡単に見つけられるから生活が楽になる訳でもないことも判った。
つまり、冒険者がこの地方では、以前より楽に生活が出来るというのは、噂でしかなかったということだ。
俺たちは残念だけど、そう結論付けるしかなかった。
そんな時に、俺たちは自分たちより若い孤児院出身者が、開拓部落を作っているという話を聞いた。
聞けば、領主様の後援もあって、その開拓は今のところ成功しているとのことだ。
まあ領主様からしてみれば、行き場のない孤児院卒院者に対する、形だけの救済策なのだろう。
少し驚いたのは、その開拓がある程度成功して、見習い鍛冶屋がそこに移住して行ったということだ。
野鍛治が、小さな部落を回って仕事をするというのは良くあることだ。
回った先で、壊れた農機具や生活具を直したりして稼ぐのだ。
ただしそれはあくまで簡易のことであり、出来ることは限られる。 折れた鎌を直したり、穴の空いた鍋を塞いだりということだ。
鍛冶屋が移住して、その場に住んで工房を持つというのは、それとは全く意味が違う。
その場にある程度恒久的な需要が確実に見込まれるということで、その地が確実に発展していくと見込まれたということだからだ。
「まあさぁ、とりあえず俺たちが出た孤児院の村に行ってみない?
この町の周りは竹がないから、あの教わった兎の狩り方を試してみることが出来ないじゃんか。
さっきさ、組合の中の武器と防具を売っている店を見たら、本当に竹で作った盾を売っていたよ。 でも、わざわざ買う程の物じゃない。 だけどこの辺には竹がない。
だからさ、俺たちが出た後、孤児院がどうなったのか見に行くのが良いと思わないかい。 盾にする竹を採るついでにさ」
トレドのそんな提案に乗って、俺たちは自分たちが卒院した孤児院がある村に向かった。
町から村に向かう途中で、俺たちは2匹の兎、正確には一角兎を狩った。 孤児院への土産にする為だ。 俺たちにも少しは見栄がある。
孤児院に行くと、もしかしたら俺たちより歳下のシスターが応対に出てきた。
「あなたたち3人は、この孤児院の卒院者なのですか?
ちょっと待ってくださいね。 あなたたちを知っていそうな古くからいる人を連れてきますから」
孤児院の手伝いをしている人なんて、そうそう人が変わることなどないと思っていたのだけど、もう8年にもなるのだ。 そりゃ俺たちを知っている人が少なくても仕方ないか。
土産の兎を渡した時、ちょっと驚いた。 渡すのを見ていた後輩たちが声を掛けてきたのだ。
「お兄ちゃんたち、駄目だよ、そんな風に獲った獲物を扱っちゃ。
シスター、貸してよ、僕たちがきちんと処理してくるから」
「そうね、もったいないからお願いするわ」
後輩の何人かが、俺たちが持ってきた兎と、手に下げるカバンを持って、外へと去って行った。
僕らが少し驚いた顔をしているのを見て、シスターが言った。
「ここに来る途中で獲ってきてくれたのですね。
歩いている最中に出てきたのかな。 盾を使って狩った訳ではないですよね、あの傷のつき方は。
盾を使っていないということは、怪我などしませんでしたか?」
「あ、はい、俺たちも一応青銅級の冒険者ですから大丈夫です」
俺たちより若いかも知れないなと思いはしても、一応シスターだから、丁寧な口調で応えた。
「ふふふ、私の方が歳下ですし、立場は違ってもあなた方はここの孤児院の先輩なんですから、もっと普通に話してもらって構いませんよ。
それに私はカトリーヌ様とは違って、本当にまだ単なる見習いシスターですから」
「それじゃあ、砕けた口調で尋ねちゃうんだけど、俺たちの後輩だと思う子供らが兎を持って行ってしまったけど、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。 あの子たちも一角兎は獲りますから、その処理には慣れています。
いつものように川に持って行って、きちんと血抜きをして、捌いて、私たち自身が食べたり利用したりしない部分はスライムの餌にしてくるでしょうから」
えっ、今、この若いシスター、後輩の子供たちが一角兎を狩るって、サラッと言ったよね。
俺たち青銅級になったのって、そんなに前の話では無いのだけど。 一角兎を狩って良いのは、青銅級になってからだよね。
「あ、あの子たちは、実は青銅級ではないのですよ、そこまでの実力はないと。 それでまだ木級なんですけど、自分たちで食べる分だけの制限付きで、一角兎を狩ることを許されているんです。
この春卒院した子の中には、ちゃんと青銅級がいたのですけど、今は居なくなっちゃって。
ですから獲れる兎の数も減っているので、お土産は嬉しいですよ」
この春卒院した青銅級というのは、あの開拓地で見た奴らだろう。 本当に青銅級で、この孤児院に居る時に一角兎を狩っていたんだ。
「あなた方、今晩はどこに泊まるのですか?」
「あ、宿にちゃんと泊まろうと思っています」
宿代がかかるのは、まあ仕方ない。
「それなら、卒院者の寮が空いているから、そちらに泊まると良いですよ。
お土産をもらったのだから、そのくらいは許されます。 使ってないですしね。
食事もここでして行けば良いです。 神父様も、もう戻られますから」
「ええっ、この時期で寮が空いているのですか?」
「この春は、みんなすぐにナリート君たちのところに行ってしまいましたから」
僕らはその日の晩は、神父様に挨拶して、話をしたりした。
神父様は僕ら自身のことには、あまり関心を示さなかった。 まあ、たぶん、ありふれた卒院生の話なのだろう。
しかし、僕らが直前に見てきた場所の話には、とても興味を引かれたようで、根掘り葉掘りという感じで、細かく尋ねられた。 きっと、この春卒院した者たちも全員即座にあそこに行ったということだから、気になっていたのだろう。
翌日俺たちは、まだ小さな後輩たちに教わって、竹の盾を使った一角兎狩を行った。
このまだ小さい後輩たちが一角兎を狩るということを、俺たちは半信半疑で聞いていたのだが、事実だった。
「でも僕らだと、角の小さい、体が小さい一角兎しか獲れないんだ。 大きい奴だと、盾にぶつかった時、こっちが倒れちゃうから」
後輩たちはそう言って残念がっている。 まだ身体が小さいから、突進して来た兎を受け止めきれないということか。
その日は、俺たちが居るから、いつもは狙わないで避ける体格の良い一角兎も狩ったから、なかなかの数を狩ることが出来て、後輩たちも大喜びだった。
ま、俺たちは、あまりに簡単に危険なく一角兎が狩れるのと、狩った兎を川で捌いたり、内臓などの不要な部位をスライムの罠と称する物に仕掛ける後輩たちに驚いた。
自分たちが出た村には、竹を採るのが主目的だったから、一泊だけで町に戻るつもりだったのだが、結局ダラダラと数日過ごしてしまった。
俺たちと一緒に狩りに行くと、沢山の獲物が得られると後輩たちに喜ばれ、シスターや神父様にも感謝されたからでもある。
ま、一番は自分たちより若いシスターが喜んで感謝してくれたことが嬉しかったからの様な気がするが。
「もう、この寮に住んで、後輩たちの手伝いをして暮らすんでも良いな」
フロドがそんなことを言った。
「馬鹿、忘れたのか。
この寮の使用者は、ここで寝たり、食事を用意してもらえる代わりに、稼いだ金は全部寄付する決まりだろ」
「そうだった。 それで俺たちは卒院してすぐに外に出たんだった」
そんな馬鹿なことを言ったりしたけど、シスターとのおしゃべりは楽しかったし、あそこにいたシスターカトリーヌ、もう本当はシスターじないらしいけど、ナリート、ルーミエ、それにフランソワちゃんという村長の娘のことなどを、シスターの口から聞くことが出来た。
聞けば聞くほど、本当とは思えない感じだ。
「あら、本当にあなたたちはこっちに戻って来たばかりなんですね。
聖女様と呼ばれる私の前任者でもあるカトリーヌ様のことをはじめとして、みんなこの地方ではかなり有名ですよ。
私自身はその方たちを直接にはあまり知らないのですけど、みんなこの孤児院に少なくとも関わりのある人たちですから、私だけじゃなくこの村の自慢なんです。
何人も有名になっていますけど、結局のところ、聖女様であるカトリーヌ様が凄かったのではないかと、私は思っているのですけど」
シスターは、尊敬というよりは崇拝という感じで、この孤児院での立場の先輩にも当たるシスターカトリーヌのことを話している。
うん、あいつら、確かにとんでもない奴らだったんだということは良く分かった。
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考え違いしていたようだ。
荒野を開拓して、新たに住む土地を得ようとして成功することなんてほとんどない。
最終的に成功したとしても、そこまでには長く苦しい時間が必要だ。
それが常識だ。
だがどうやら、あの子たちは簡単に成功を収めてしまったみたいだ。
もちろん領主の全面的な支援があったからのことだろう。 本当に上手く取り入ったものだ。
それにカトリーヌ。
シスターを辞めたかと思えば、ちゃっかりとそこで暮らしているとか。
聖女、聞いて呆れる。 機を見るのが上手いだけじゃないか。




