白い雪の降る夜に
世界中のリア充よ
くらえ、我が、クリスマス暗黒爆弾を!
(30分ほど遅刻したけど……)
「あっ、雪だ。雪だよ」
窓辺でぼんやり外を見ていたヴァージニアが嬉しそうに叫んだ。
その声につられて外を見ると、確かにチラチラと白いものが舞い落ちてきていた。一体いつから降りだしたのか、外は真っ白な銀世界だった。
「ねえ、ホワイトクリスマスだよ」
ヴァージニアの無邪気な言葉に、俺は「何だって?!」と苛立ち気味に返す。
「だって今日はクリスマスじゃない」
「なにをそんな下らないことを言っているんだ」
俺は窓にかじりついているヴァージニアを強引に引き剥がすとカーテンを閉めようした。
「さっさとカーテンを閉めろ。外に光が漏れるだろう」
「あっ!待って。今、外でなにがが動いた」
ヴァージニアはカーテンを閉めようとした俺の手を遮る。
「何だって?」
慌てて俺は窓を見る。外はすっかり夜の闇に包まれていたが、今夜は地面に積もったもののお陰でぼんやりと淡い銀色に照らされていた。そのため、遠くまで見通すことができる。
俺は注意深く観察するが動くものは見当たらない。外は文字通り静寂に包まれた死の世界だ。
「なんか赤かったよ」
「赤かった?」
「うん。全身がこう赤っぽかった。
あれはきっとサンタクロースよ!
あたしたちにプレゼントを持ってきてくれたんだわ」
ヴァージニアは大声で叫ぶと脱兎のごとく走り出し、そのまま家を飛び出した。
「なっ?!」
なんて事だ。最近、ぼうっとしていたり、子供っぽい言動が増えて心配していたが、ヴァージニアの奴、完全にいかれてしまったようだ。
俺は心の中で毒づいた。
俺は防護服を着るとショットガンを手に取る。弾が装填されているのを確認して、外へと出た。
「ヴァージニア、どこにいるんだヴァージニア!」
一歩踏み出すことに白い堆積物にくるぶしまで埋まり、足をとられる。
俺は忌々しそうに堆積物を蹴り飛ばす。こいつは雪なんて代物ではない。核戦争が地上を焼きつくした時に舞い上がった汚染物質が時折雪のように舞い降りてきている。それだけの忌むべき代物だ。
「ヴァージニア、ヴァージニア!どこだ返事をしろ!!」
俺はいらいらしながら大声で叫んだ。汚染物資の積もった地面にはヴァージニアの足跡が点々と続いていた。俺はその跡を追いかける。
「ヴァージニア!ヴァージニア!」
妻の名前を呼びながら、俺の頭には嫌な噂が過る。俺たちのような生き残りの間で不定期で開かれる物々交換のバザーや、貧弱で不安定なネットや無線での情報交換の中で囁かれている眉唾ものの噂話。南部の都市に宇宙人が現れて救済活動をしているとか、戦争前に作られた殺戮マシンが起動して人を手当たり次第に殺して回っているとか、まあ、大半は裏のあるヤバい話か、臆病者のよた話なのだが、そういう類いの話の中に謎の病気の話があった。
なんでもその病気に罹患すると全身が膿み爛れて皮膚が裂け、真っ赤に染まる。それはまるで赤い服を着ているようだと言う。
赤い服を着たサンタ!
「ヴァージニア。ヴァージニア!
返事をしてくれ。戻ってくるんだ」
病気が進行すると患者は錯乱して人を襲うようになるとも聞いた。病気は体液で伝染する。つまり、噛まれたり、引っ掻かれたりするとうつるのだ。
真っ赤な服を着たゾンビサンタ?
全く糞くらえだ!
「ヴァージニア!おい!返事をし――」
見つけた。
ヴァージニアが数メートル先でうずくまっているのが見えた。俺はいつの間にか膝の辺りまで埋まってしまう雪もどきをかき分けかき分け、ヴァージニアに近づく。
「さぁ、立つんだ。こんなところでじっとしていると死んじまうぞ」
腕をつかんで強引に立ち上がらせると、ヴァージニアはとろんとした濁った眼をこちらに向け、「パパァ」と少し呂律の回らない甘えた声を出した。
その声を、その顔を見たとたん、俺は心底ゾッとした。ヴァージニアは、俺の知っているヴァージニアは、そこにはもういない。そんな直感めいたものが俺の全身を打ちのめした。
きっとヴァージニアはこんな世界で暮らすには繊細過ぎたのだ。悲しいことに耐えきれず、すっかり頭の回路が擦りきれてしまったのだ。
「おい。しっかりしてくれ」
「あのね、そこにサンタさんがいたのよ」
正気を取り戻させようとする俺の気持ちなど気にすることもなくヴァージニアは夢見るように喋り続けた。明後日の方向を指差し、「そこにいたの」と言った。
俺は言葉を飲み込む。
「なんだって?何が何処にいたって?」
「サンタさんよ。そこにいたの。『サンタさん』って言ったらズボッと地面にね、消えちゃったの」
俺は迷った。果たして今のヴァージニアの言葉をそのまま信じて良いものかと。とにかく、ここに長居は無用なのは分かった。
「もう、いい。ここを離れるぞ」
「嫌っ!あたし、サンタさんからプレゼント貰うんだ」
「なにを言っている!馬鹿なことを言ってないで――」
その時、突風が俺の背中を抜き、吹き抜けた。と同時に、むせかえるような異臭が鼻をついた。鼻の粘膜を針で突き刺すような強烈な死臭だった。
はっとなり後ろへ振り返る。
目の前に真っ赤な壁がそそりたっていた。
ああ、ゾンビサンタは本当にいたんだ
「あばばばばばぁ」
腐乱し、パンパンに膨れ上がった人であったものが意味不明な叫び声をあげながら倒れ込んできた。俺はヴァージニアを突飛ばし、その勢いで反対方向に身を投げ、致命的な一撃を辛くもかわした。雪もどきが盛大に巻き上がり視界を遮った。さながら猛吹雪のホワイトアウトのようだ。
「くそっ!」
俺は毒づく。ショットガンで迎撃したくとも狙いがつけられない。下手に撃てばヴァージニアを傷つけかねない。
ゾンビサンタはどこだ!
ヴァージニアは?
「ヴァージニア!無事か?」
俺は四方を白い壁に包まれたまま、当てずっぽうに叫んだ。
するとふわりと淡い影が白い壁に現れた。それはゆらゆらとこちらに近づいてくる。
これはヴァージニアなのか?それともゾンビサンタか?
「ヴァージニア、お前なのか?」
俺は影に向かって叫んだ。しかし、影はなにも答えない。ゆらゆらとゆれながらゆっくりこちらに近づいてくるだけだ。
ゾンビか?撃つべきか、それとも……
ヴァージニアじゃないのか?何故答えない
ショットガンの引き金にかけた指がぶるぶると震える。
「ヴァージニアなら返事をしろ。しないと撃つぞ!」
くそっ!なんで返事をしない。やはり、ゾンビか。
俺はぐっと指に力をかける。
その時、稲妻のように閃くものがあった。
「ジニー、パパだ。返事をしなさい」
ジニーとはヴァージニアの親父さんが彼女を呼ぶときの名前だ。
「うわーん。パパ」
ヴァージニアの泣き声だった。影は急速にヴァージニアの姿となった。俺は泣きながら近づくヴァージニアを抱き締めようとする。
「あぐぅあ」
ヴァージニアの後ろから急速に黒く大きな影が膨れ上がる。黒い影は赤い腐った肉の塊へと変じる。
「ぐわぁ」
横殴りの激しい衝撃に俺の体が吹き飛ばされる。
「あばばばばば」
ゾンビサンタは倒れた俺にのし掛かってきた。それを両足で懸命に支える。しかし、それが精一杯。あまりの重量に骨がギシギシと軋む。
ショットガン。ショットガンは。
ショットガンはすぐ近くに転がっていた。だが、微妙に届かない。ゾンビサンタの重さを両足で支えながら、懸命に手を伸ばす。後、本当にあと少しなんだ。
「あばば、あぶぶばばば」
生焼けのミートボールのような顔からは腐肉なのか涎なのかわからない体液がポタポタと防護服に滴り落ちてくる。
「このやろう!」
俺はゾンビサンタの顔を思い切り殴りつける。俺の拳はゾンビサンタの顔にめり込み、半分近くをこそぎ落とす。めにょり、とめり込む嫌な感触が手袋越しに伝わってきた。左目の眼球が豆電球のようにだらりとぶら下がる。
ゾンビサンタは痛みを感じないのか、俺にかける圧力はまるで変わらない。足で支えるのはもう限界に近かった。だが、ゾンビサンタを殴ったお陰で体が少し動き、ショットガンに手が届いた。俺は肉がこそぎ落ちてむき出しになったゾンビサンタの頭蓋骨にショットガンを突きつける。
「あの世に行け!」
ショットガンはゾンビサンタの頭を粉砕した。
俺は泣きじゃくるジニーを小脇に抱えて家に戻っていた。
家路をたどりながら俺は自分に言い聞かせる。
きっと大丈夫だ。
俺は左腕を見る。
防護服が破れ、赤い引っ掻き傷が見える。
あの時、ゾンビサンタに殴り飛ばされ時につけられた傷だ。
大丈夫だ。すぐにアルコールで消毒すれば。感染しない。そうだとも絶対に大丈夫だ。
俺はジニーを置いて死ぬわけにはいかないんだ。
そうだ。もしかしたらこの病気に効くワクチンとか薬があるかもしれない。家に戻って、調べてみるのもありだな。
そうだとも。
こんな世界だからって。なにも紛い物の雪やサンタばかりとは限らない。
まだ、こんな時代でもサンタクロースはいるはずさ。
なあ、ヴァージニア。きっとサンタクロースはいるはずだよな?
2019/12/26 初稿
2020/01/02 誤字を修正




