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病院の怪談

作者: 高邑洋史

その昔。

そこの病院は戦争の爆撃を受けた数多の重傷者を受け入れたそうだ。

しかし折しも、戦争末期、治療のための薬品も器具も、医師も看護師も足りない。

病室には呻き声が溢れ、やがてはだんだん声は小さくなっていった。

最後はかなりの人が亡くなり、病院の一角に穴を掘り、まとめて埋葬したらしい……


「いやいやいやいや、やめてよくださいよ、そーいうの!」

部長の言葉に私は手をぶんぶん振ったあと、耳を押さえた。

セーラー服の襟がばさばさ鳴る。

夕方の部室。文芸部には私と部長しか残ってなかった。

「瀬野は本当に苦手だよな、怖い話。」

メガネに詰襟制服姿の部長は、あっはっはっは、と笑いながら言ってきた。

しかしこの部長、デリカシー無さすぎ。おばあちゃんが明日手術で、部活に出られないから、と伝えに来た律儀な後輩に対する言葉がこれである。

「まあ、俺の見立てではただの作り話だと思うよ。戦時中、東京から離れたここにそんなにたくさん爆撃するなんて、考えにくいしね。

さて、もう下校時間にもなるし…瀬野も明日おばあさん手術だったら、今日もお見舞いに行くんじゃないのか?」

部長は椅子から立ち上がると、メガネをかけ直して私に声をかける。

私も荷物を持ち上げた。バックの中には何冊か、純文学の本が入ってる。部室で借りたものだ。

「そのつもりです。それではお先に失礼します」

私は一礼するとさっさと部室をあとにした。


学校を出るとまだ辺りは明るい。

校門を出て学生と先生しか使わないような坂を下り、少し開けた道に出る。

バス停まで行き、バスに乗った。

(病院、古いしなんだか薄暗いし…ホラーの話を聞いたあとだし…)

思わずため息が出た。

ゆらゆらバスに揺られている内に眠くなり、少し目を閉じる。

だけれどもすぐ着くから、と、なんとか、目を開ける。

暫く外を眺めているうちに暗くなってきた。空には赤い夕焼けに墨を垂らしたような雲が広がる。

そうこうしている内にバスが曲がり、病院のロータリーに着いた。

慌ててバスを降りようと電子定期券を翳そうとしたが、

「…?」

電子定期券の機械がない。あれ?どこだっけ?と、探そうとしたが

「何してるんだ、さっさと降りてくれよ」

「きゃあっ!」

運転席から唐突に肩を押され、バランスを崩しバスのステップから落とされた。

なんとか踏みとどまろうとしたが、踏みとどまれず尻餅をついた。

そんな私の目の前でバスの扉は閉まった。

(あれ?私、こんなレトロなバスに乗ってた…?)

眼をしばたく私を尻目に、バスは走り出していってしまった。

「な、なんなのよ…乗客突き落とすとか…」

おしりを押さえながらなんとか立ち上がる。

もう辺りは暗い。私は痛みをなんとか押して、病院の中にはいっていった。


中に入ると薄暗い。

そしてどこかで唸るような声がしていたり、話し声が聞こえる。

電気が上からぶら下がっているが、黒い傘を被せられ、光が遮られている。

まだ、外の明るさがいくらかあるから、辺りを伺えるがとにかく暗い。

(こんなに暗かったかしら…さすがに昨日は電気が煌々とついていたと思うんだけど)

蛍光灯から電球タイプに変わったのも不思議である。

不思議に思いながらも、さっさとおばあちゃんに小説を渡して帰ろうと思い直し、急いで病室に向かう。

二階に上がる怪談を登り、踊り場まで来ると、そこには人がたくさんいた。

消毒の臭いが鼻をつく。人は包帯を巻かれ、廊下にたくさんいたのだった。

目の前に広がる光景に、足がすくみ後ずさる。

(何、これ…?)

「お姉さんは、看護学生さんですか?」

「きゃあっ!」

不意に手を握られ、軽く引っ張られて悲鳴を上げた。

手を引いたのは小さい子供だった。おかっぱ姿に、白いシャツ、紺のズボン。

ただ、白いシャツは赤く汚れている。

「お願いです、にいさまを助けてください。学校に落ちた爆弾で、にいさまやけどしてしまったの」

小さい子供は私の手を引っ張る。

こわい。

私はそう思って、足を踏ん張る。

しかし、子供の力は強く、またどこから来たのか後ろからわらわらと子供たちが来て背中を押してくる。

「わ、私は、看護学生でもないし、治せないし、ムリ!」

なんとか言葉を紡ぐが、子供たちには聞こえていないのか、抵抗しても廊下の奥へ奥への連れていかれる。

その先には部屋があった。上にカチカチ光る場所があり、手術室と書かれている。

「それじゃあ、お姉さんの×××ちょうだい」

嫌な予感しかしない。

手にしたバックを振り回し、本を投げつけながら必死に抵抗した。

「イヤ!!!!やめて!!」


はっと目を開けた。

額を脂汗が伝い落ちた。

『まもなく、◯◯◯病院、◯◯◯病院、お降りのお客様は、お手元のブザーにてお知らせください』

バスのアナウンスが鳴る。

辺りを見渡すと、夕焼けに墨を垂らしたような雲が広がる。

バスの中は私一人。

どうもバスで寝てしまったようだ。

脂汗をタオルでぬぐう。

バスは病院のロータリーに入っていく。

ブザーを押そうと手を伸ばし、外を見た瞬間私は思わず体を縮めた。

バス停には、あの子供の姿があった。


バスは止まらずに病院を通り抜けた。

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