浮かんで沈んで
あなたと初めてあったときの衝撃がいまでもあなたを見るたび褪せることなく甦る。
身の内の毒虫にのたうち回り続けるあなたのその目は、あらゆるものへの憎悪と嫌悪に滾っていますがその焦点は自分自身なのです、ああなんて遠回りな自殺なのでしょう。鮮烈なそれはいつだって変わらずあなたの身を焦がすのです。穏やかに微笑みを浮かべていても悲しげに目を伏せるときも衰えることなく瞳を輝かせるそれがどれほど綺麗かあなた自身もご存知ありませんでしょうに、私なんぞが知っているなんて可笑しくて仕方ありません。
毒花のように鮮やかで硝子細工のように儚いあなた。花弁のように白い肌は日光の反射でなお白く、服から覗くそれは陰を伴い赤椿のように惹きつけられる悼ましさでした。笑い声はささやかで、歩く姿すら気品に溢れる、あの人こそが淑女というものであると言えるでしょう。だからこそ、彼の方にとっての私はどれほど悪しきものとしてみえたのかわかりせん、そこらの泥水であればまだましですが。あなたをアタクシの両のまなこで映すことすら罪でしょうね。
あなたを思うことは誰であろうとも許されないのでしょうか。子ならば、あなたの肉でできた子であれば、あなたの分身たる子であれば。もし既にあなたに御子がいるのならば嫉妬に狂った私がその子供を喰ってしまっていたやもしれません。あなたの腹から産まれうる子供は一等幸せでありましょう。叶うならあなたの子でありたかった。私の身に流れる劣悪な血も下劣な肉体もあなたの子であったならないも同然でありましょうに。あなたの子でさえあればあなたが古く貴き血の直系でなく立ちんぼだろうとそれだけで私はどんな生き地獄に晒されようと幸福です。
これを女特有の同調などとは思わないでください。この焦燥は、渇きは、あなたへの憧憬などではありません。心酔でも畏怖でもなく、愛憎であります。
あなたの美しさを損なわせる私をどうか憎んでください。あなたを貶める私の思いをどうか厭ってください。それでやっとあなたの中に私が残るのです。私のなかにあなたを一生刻み込めることができるのです。そうすれば美化も風化もできないでしょう。
ですから陽光のような白々しさでほかの有象無象と同じ目を向けないでください、私だけに私だけをもっと嫌って憎んで厭って貶んでそうするべきです。
あなたにとっての悪は確かにこの私なのですよ。何故その眼で見ないのですか。あなたがその血故に今苦しんでいるのは私の家が原因なのですよ。私はあなたが嫌いな汚物なのです。知っておられるでしょう私が生かされている理由を、不浄極まりない私のこの体を、私も私の周りもあなたからすればさぞ醜悪でしょう。出来ることなら私以外の汚いものをあなたの綺麗なまなこにはうつして欲しくないのですが。
私、分厚い皮を剥げばヘドロが溢れ出す皮袋たちと笑い合いながら生きて死ぬと思っていたのです。そうやって毒沼に沈んでヘドロどもに塵のように踏み付けられて毒になって眠るはずだった私が、ただ堆積されていくだけであったのを劇物に変えたのはあなたでした。いつお父様の気紛れで終わるかわからない生が恐ろしいと思ってしまったのも全部全部あなたのせいなのにあなたは私をみないのです。
あなたに私を見て欲しい。
あなたに私を殺して欲しい。
あなたのその綺麗な綺麗な目玉が欲しい。
あなたがあなたを憎み嫌い貶む様は酷く愛らしく可哀想で美ししいのだから、それが全て私に向けられでもしたら。
「あなたのはただの自己愛だわ。なんなら保身といってもいいのよ」
耐え切れないと私の愛を否定するのにあなたは私を見ない。
「私あなたが嫌いな薄汚い泥袋よ」
嘲笑うのにあなたは私を見ない。
「あなたとおんなじ。もっとひどいかもね」
自嘲してあなたは私を見ない。
「ねぇ。この世に綺麗なものなんて一つだってないのよ。汚いものしかないの。」
諭すようにいうのにあなたは私を見ない。
「だからそんな目でもう見ないで」
縋るようにいうのにあなたは私を見ない。
「私あなたが思ってるようなものじゃないの、違うの。」
悲しげにいうのにあなたは私を見ない。
「違うっていってるでしょう」
怒ったようにいうのにあなたは私を見ない。
「私あなたみたいな人が一番嫌い」
憎悪と嫌悪が込められた綺麗な目玉。
あゝ、ようやくあなたが私を見た。