《6》生活環境を確認しよう!
掃除が終わり、窓と部屋の扉をあけ、室内にきれいな空気を通す。今日からしばらくここが私の部屋になる。一部屋も貸してくれるなんて感謝しかない。物はなにもないが、文句は言っていられない。本当にありがたいことなのだ。
綺麗になった床に、私は横になる。
窓からちょうど日があたり、暖かい。
今日は朝からたくさん歩いて、たくさん驚いて、たくさん泣いた。やっと心も体も落ち着かせることができた。そう思って力を抜いたら睡魔が襲ってきた。そういえば昨日は寝るのが少し遅くて、それで朝ギリギリになったことを思い出しながら、睡魔に抗えず私は眠りについた。
肌寒い。
そう感じた私は意識が戻るのを感じていた。きっと夕方になったから風が冷たくなってきたのだろう。もう少しこのまま寝ていたいような気がするが、この寒さには堪えられない気がする。
完全に覚めきっていない私は、部屋の真ん中で横になりながらぽけ~と窓から見える空を眺めていた。茜色になった空はとても綺麗だった。
「おい!?」
バタバタバタとセシルさんがこの部屋に入ってきた。横になっている私は片耳を床につけているので、足音が凄くうるさかった。
驚いて部屋に入ってきたセシルさんは、寝ているわたしを見つけるなり身体を起こした。
「おい、大丈夫か!?具合でも悪いのか!?」
凄く心配している。なんでそんなに心配しているんだろう。セシルさん、顔が近…
「わ、わ!だ、大丈夫です!?おはようございます…!?」
完全に目が覚めた私はセシルさんから距離をとった。思わず敬語になってしまった。
「具合が悪いのか?」
「いや!!元気!!あの、掃除が終わって休憩してたら…疲れが一気に……」
と、わたしが体調が悪くて倒れていたのではなく、疲れて寝てしまっていただけであると説明した。セシルさんは安心したように息をついた。
「びっくりしたぞ…床に倒れているからどうしたのかと……」
「すみません…」
仕事が一段落ついたセシルさんが、私の様子を見にきてくれたらしく、部屋を覗いたら部屋の真ん中でわたしが横たわっているのを見つけたらしい。
確かに、はたからみたらびっくりする光景だよね…申し訳ない。
「いや、こちらこそ気が回らなくて悪かった。色々あって疲れていたのに掃除までさせて」
「いい!!いいの!!助けてくれた上に、住むところも提供してくれているから!!」
「悪いが、俺は一人暮らしで、客用の家具を用意していないから、今すぐには無理だが必要なものがあったら言ってくれ。とりあえず生活に必要なものは揃えるから」
「…ごめん。何から何までありがとう……本当にありがとうございます」
いくらお金に困ってないといっても、私ひとりのために必要なものを揃えてくれるという。もう私は居候のような気持ちで、どこか適当に寝てご飯が食べられればいいと思ったのだが。もう、彼が神様のように思えて、私は思わずその場で座礼をした。
「なっ…!?頭を上げろ!!」
「わっ」
がばぁっと両手を掴まれて後ろに勢いよく押され、私の首も後ろに持ってかれた。首を痛めたらどうしてくれる。
「俺がいいっていってるんだ!!頭を下げるな!!」
「そう言われても……わたしにはこれくらいしか…」
「だからってそう簡単に土下座をしようとするな!!!」
「……はい?」
私は座礼をしたのであって土下座をしたつもりは毛頭ないのだが、確かに土下座と間違われても仕方ない。ここは日本ではない。異世界の異国の地なのだ。文化が違うから通じるわけではないのだ。
海外でもこの作法が驚かれる。簡単に自分から頭を下げるなんてことはなく、日本人みたいに何かある度にペコペコ下げない。ならばこの国でもそうなんだろう。
「す、すみません~!迂闊だった…これは私の国での礼儀としての作法で……決して土下座をしたわけではないんだ……驚かせてごめん」
「………そうだったのか。悪かった、急に怒鳴ったりして」
「いや、大丈夫…」
町並み、ここに住む人々、さっきのオズワルドさんもそうだが、確かに異国!しかも異世界!ってのは伝わってくるのだ。
町並みはなんか古い町並みというか、日本とは違う建物が並ぶし、人々だって、日本人みたいに黒髪茶目の人々がいるわけではなく、かといって海外みたいに金髪碧眼というわけでもなく、いろんな髪色、瞳の色を持った人が多かったのだ。
それをみて、あ、ここはわたしがいた世界ではないんだと現実をみせられるのだが、彼はわたしと同じ黒髪。馴染みのある黒髪なのだ。
最初は彼の瞳をカラコンだと思ったけど、そもそもカラコンであんな綺麗な色にはならない。この世界ならこのような瞳は当たり前なのだろう。彼の瞳はわたしの知ってる世界のものとは違う。だが彼の黒髪は私の知ってる黒髪なのだ。森から出て、この家に来るまでの途中、町の人々をみたが、彼以外に彼と同じ色をした人は見かけなかった。
わたしと同じ黒髪、馴染みのある黒髪。
だから、彼も日本人なのだと、同じ人種なのだと錯覚してしまった。
彼と、彼らと私では、全く別の人種であるのに。
「あと、悪いが今日は俺の部屋で寝てくれ。さすがに女性を床に寝かすわけにはいかないし」
「え、私は全然床でも平気…」
「平気なわけあるか。身体痛めるぞ。安心しろ。俺はソファーで寝る。同じ部屋になるが、我慢してくれ」
「そんな我慢なんて!!しかもベッドなんて。むしろわたしがソファーで寝るべきじゃ…」
「女をソファーで寝かせる男もどうかと思うが」
と、しばらくどちらがベッドでどちらがソファーを使うかのやり取りが続いたのだが、結局わたしが折れることになった。彼の好意をありがたく受け取ろうと思う。
夕食も彼が作ってくれた。少しでも生活に馴染めるように、使い方を見習う。水の使い方は分かったが火の使い方はどうだろう。あれがコンロの役割をしているとは思うのだが、どうみてもコンロのようなつまみが存在しない。ガスが通ってるわけでもなさそうなのだ。
どうやって火をつけるのかと思ったら、さきほど水を出したような綺麗な石が、本来コンロのつまみがある部分にあった。はめられている黄色い石を触ると、石が小さく光った。しかも水を出すときとは違って、一度さわった石はずっと光っていた。その間、コンロの火はついたままだった。もう一度その石に触れると火は消えた。
なるほど、あれはボタン式コンロと同じ役割をしているのかな。なんとなく使い方がわかってワクワクした。さすが異世界。部屋を照らす灯りも、よくみれば石がはめられている。あれは緑色の石だった。それぞれ石の色に意味があるのだろうか。今度セシルさんに聞いてみよう。
ここは外国の古い町並みを再現した感じではあるが、わたしがいたところみたいに車が走っているわでも自転車が走っているわけでもなかった。文明が遅れている、というべきなのかわからないが、正直わたしが一人で生活するには無理があるように思えた。
でも水は普通に使えた。井戸を使わなければいけないのではと覚悟した。
火も使えそうだ。ガスが通ってなさそうだから、薪を使うのかと思っていた。
電気は…通ってないが、灯りはある。部屋を全部照らすほどはないが、必要な灯りはつけられる。
トイレは…まあ、仕方ない。上下水道が整っていないなかなぁ、と。
お風呂は…これも綺麗な石がはめこんであり、その石に触れることで水を出したり、温めたりできるみたい。
こうして色々見てみたが、一応生活は出来そうな環境ではあった。慣れればなんとかなるだろう、と。
「セシルさん、ベッドありがとう」
「気にするな」
月明かりだけがたよりの部屋に、わたしとセシルさんが部屋で二人きり。よくよく考えたらこの状況ってよろしくないのでは。ま、まあ、男友達の家に泊まらせてもらうとかんがえれば…(無理やりすぎる)
部屋は思ったより綺麗で、強いて言えば机の上が凄い紙で散らかっていたくらいだった。
ありがたくベッドを使わせてもらう。いつもと同じように布団で寝れるありがたさを、今日ほど感謝した日はないのでは。
ただ、非常にまずいことに、このベッドはセシルさんの匂いがする。臭いとかそういうのではなく、セシルさんのお風呂上がりの石鹸の匂いが…染み付いて…うぅ……
余計なことを考えだしたらまた寝れなくなる。早く寝なければと思うのだが、一度考えだしたら止まらない。
(無になれ、無に…寝ろ、寝ろ)
身体をつつみこむこの匂いが睡眠の邪魔をする。呼吸をするたびに鼻にくる。本格的に寝れない!!やばい!!と思ったのだが、どうやら身体は正直で、先ほどお昼寝をしたのにも関わらず、疲れきっていた私は思ったより早くに眠りについた。