《5》突然の訪問者
セシルさんが家に置いてくれることとなった。アパートに住んでいたわたしからしたら、この家は羨ましいくらい広いと思う。それに部屋がひとつ余っているなんて。
ただ、残念ながら部屋の掃除をしていないとのことで、部屋を掃除することにした。いや、もう部屋を与えてくれるだけありがたい。セシルさんが手伝うと言ってくれたのだが、さすがに申し訳ないので一人でやることにした。
「部屋で仕事してるから、何かあったら言ってくれ」
とのことだった。いまは趣味を仕事にしていると言っていた。どんな仕事だろう。あとで聞いてみよう。
「意外と綺麗じゃん」
開けてみると、六畳くらいの空き部屋だった。埃がたまっているが、これくらいならすぐ終わるだろう。
少し大きめの窓がひとつ、カーテンがつけられているが、カーテンはきっと洗わないとダメだろう。
中央にある窓をあけてから、さあ掃除の時間だ。雑巾はさっきみつけたやつを持ってきている。
「そういえば、水どうしよう」
さきほどのリビングに行けばあるだろうとリビングへ向かう。
料理をしていたから、火や水はあるはずなのだ。
リビングへ向かうと、さきほど調理していた器具の近くに水場があった。蛇口のように曲がった口の小さな鉄パイプが外から繋がっているようなんだが、蛇口のように捻るものがない。パイプが繋がってる目の前の壁には、小さなカードくらいの大きさの木で出来た箱?がつけられていた。そしてその箱の中心には小さな青色の石がはめられていた。
「きれい…」
そっと触れるようにその青色の石に触れると、小さく光った。
「ふぇ!?」
やばい!触っちゃいけなかったやつかな!?と思って手を離したら、今度はパイプから水が流れ出てきた。光ったことに驚いた私は、連動するように流れ出てきた水に驚いたので二重に驚いたことになる。
もう今日は驚いてばかりだ。
つかれた。
「へ~面白い~トイレのやつみたい」
お店とかのトイレにある、手で触れて流すセンサータイプのやつ。センサータイプのはかざすが正しく、これは触れなければいけないのだが…私はトイレのやつが真っ先に浮かんだ。想像力の乏しさよ……
ペタ、ペタ、と触ると、ジャー、ジャーと流れる。使い方が分かったのでこれで安心して部屋を掃除できる。
木のバケツしかなかったのでそれに入れて部屋へ戻った。(木製バケツ重かった)
「雑巾で床掃除って、中学生ぶり~」
昔を懐かしみながら掃除を開始。雑巾を濡らしてしぼって、端からダッシュ。
ダッダッダッダッダッ……
ダッダッダッダッダッ…
「ふー……意外と疲れる」
そういえば学校ではみんなで分担してやってたよなぁ…と。
半分ほど拭いたところで一度雑巾を洗う。ついでに休憩である。
「うげ…思ってたより汚かったんだ……」
バケツにいれていた水が一気に汚くなり、げんなりした私。でもだからこそ掃除のやり甲斐があるのだが。ばしゃばしゃ~と雑巾を擦っていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
「おいセシル、いる…か……」
セシルさんが様子を見に来たのだろうと顔を上げると、そこには知らない男性がたっていた。
「……ど、どうも」
低く通った声、部屋の前に現れたのは、セシルさんよりも少し背が高く、体つきがしっかりとした男性。
「…………お前は」
ツンツンとした銀髪、後ろには細い束で結ばれた長い髪がぴょこぴょこしている。そして髪色でよりいっそう映える細く鋭い赤目がこちらを睨んでいる。
「……あ、わ、たしは…」
「オズワルド、何勝手に入って来てるんだよ」
なんて答えていいのかわからずあたふたしていた私のあとに、部屋から出てきたセシルさんが目の前の男性に話しかけた。
「すまない。どうせノックしても出ないだろうと思ったのでな」
「あのなぁ、だからって鍵で勝手に入ってくるな。で、帰れ」
「セシル、お前戻ってこい」
「おい人の話を聞けコラ帰れ。こっちはもう引退してんだよ。見てわかんだろ隠居してんだよ」
「隠居するにはまだ早い」
「それはお前には関係ねぇだろ」
なぜか目の前で言い合いを始めてしまったふたり。私は未だバケツの前で雑巾を握って、目の前の二人をぽかーんと見上げている状態である。二人とも背が高いので、大男を見ているような気分だ。掃除を再開するにしても、部屋の前でやられては気が散るので、できればどこか別のところでやってほしい。
すると私の視線に気がついたオズワルドという男が、セシルさんの言葉を無視してわたしに声をかけてきた。
「お前は」
これはわたしに自己紹介をしろという意味なんだろう。でもどうしよう。自己紹介をするにしても、なんでここにいるだとか、セシルさんとの関係はとかいろいろ言われるに違いないんだが、何分さっきここに来たばかりなので何て言ったらいいのかわからない。助けて、セシルさん。
「侍女を雇うならせめてもう一人か二人つけたらどうだ」
なんで侍女。どう考えてもこの広さの家に必要ないよね。この家に侍女が何人もいたら邪魔でしょ。
「はぁ…もう面倒だな……ユキ、こいつは俺の友人のオズワルドだ」
「…初めまして。ユキと言います。よろしくお願いいたします」
オズワルドさんとの会話に疲れたセシルさん。説明するのが面倒になったのか、わたしが侍女であるということが訂正されないまま自己紹介をすることに。ペコっと頭を下げた。
「俺はクレーヴ侯爵家が嫡子、近衛騎士団長オズワルド・クレーヴだ」
「……」
侯爵家…近衛騎士団長……
突然の凄い肩書きに言葉を失った私は、助けを求めるべくセシルさんに目で訴えかけた。
「はぁ……自己紹介は済んだろ。帰ってくれ」
「………どうしても無理なのか」
「ああ。だから帰ってくれ」
「わかった。また来よう」
「来るな」
まるでゲリラ豪雨のような出来事だった。
ここに来て数時間、突然の訪問者に驚いたのだが、さらに驚いたのが彼の役職と地位。セシルさんの話からして、この国には階級制度があることは察していた。侯爵家となると上位階級に属する家…だよね……しかも近衛騎士…団長…なんなのあの人ハイスペックじゃん…こわ……と、さきほどのゲリラ豪雨の光景を思い出していた。
「なんでセシルさん、あのような方と知り合いなの。勧誘されてたけど、隠居する前は近衛騎士だったの」
この人もハイスペックか。と、考えているうちにいろいろな疑問が浮かぶ。この人こんなところに住んでるけど、近衛騎士だったんならもっと良いところに住めるのでは??実は良いところにのお坊っちゃまなのでは??とか…さっきのオズワルドさんの登場のせいで気になってきてしまった。
「昔の話だ。俺はもう隠居してる。静かに暮らしたいんだ」
「静かに暮らしたい気持ちわかる…。じゃあ、何も聞かないほうがいいね。気になるけど」
うん、気になるけど。
「いいのか?」
「だって聞いたら私が平穏に暮らせなくなりそうだし」
「そうか」
「うん」
あまり根掘り歯掘り聞くのもどうかと思うし。なにかを察したセシルさんはこれ以上言ってこなかったけど、平穏は大切ですからね。
確かに同じ日々が繰り返されることに嫌気はさしてたけど、面倒ごとに巻き込まれたりするのはごめんだし、表だって何かを成し遂げよう!とか、そういうことがやりたいわけではない。そう、私はただあの日常に少し刺激が欲しかっただけ。新しいことを始めて、繰り返される日々に変化を与えたかっただけ。
ただそれだけだった。
んだけどな……まさか知らない国というか異世界?に来るなんて思ってなかったし。十分刺激はもらった。できればもうしばらく、落ち着くまでは静かに暮らしたいと思った。
「…よし、さっさと掃除終わらせよう」
ってわたし、お貴族様に素っ気ない態度とっちゃったけど大丈夫かな!?!?