《4》社会人という名の平民~セシルside~
前回から引き続きセシルsideです。
彼女の名前はユキという。
多分、別の世界の、ニホンという国から来たユキ。
俺とそこまで年が変わらないようなので、敬語はいいと言った。口を閉じてると大人しそうに見えるのだが、開けば表情はコロコロ変わるし明るくなる。上品な女性という印象からはかけ離れている、黙っていれば…いわゆる残念な女性。でも人として関わるにはありがたい。話しやすいタイプの人だと思う。
家につくなり俺は昼食を用意した。森を抜けたときのユキの表情はとても嬉しそうで、生きて帰ってこれたとでも言いたそうなものだった。
本当に運がいいと思う。
気づいたら森にいたという彼女。
右も左もわからないのに歩き続けたらしい。
何がいいかって、あの森は広い。数時間歩いて戻ってこれる場所までが森の入り口とされているくらい、入り口ですら広範囲であることが窺える。
それが入り口と称されるのであれば、森全体は一体どれだけ広いのだろうか…もし、彼女が逆方向に向かっていたのなら。俺は彼女と会うことはなかった。彼女は一人、知らない国の森で、歩いても歩いても抜けられない森にさ迷うことになっていただろう。そう考えると、恐ろしい。
森から出て町に入る。街というにはそこまで栄えていない、ここは中心部から最も離れた端にある町なのだから。一応これでも王都レイリースなのだが、まあこれだけ離れているから田舎感が出るのは仕方がない。それに、隣は深遠の森だしな。
町に入ってからは、まるで珍しいものを見るように、周りをキョロキョロするユキ。きっと彼女がいた国とは全く光景が違うのだろう。俺の家につくなり彼女は「お~」と呟いた。
「珍しいか?」
「うん。まさか戸建だとは思わなくて」
ここは土地があるから、だいたいの住民は戸建に住む。中には複数で住んでいる建物もあるが。
家に入るなりまたキョロキョロ見渡すユキ。イスに座らせると大人しくちょこんと座るのだが、それでもキョロキョロしている。そして、目に入るものがよっぽど珍しいのか、ひとつひとつに興味を示している。
料理を作っている間も、ずっと後ろから視線を感じていた。俺はあまりこったものが作れないので、簡単なものを出した。それでも彼女の目はキラキラしていて「おー」とまた溢していた。あと腹が鳴るくらい減っていたこともあり、早く食べたいという顔をしていた。
「御飯は食べなかったのか」
「時間がなくて…」
どうやら彼女も朝が苦手らしい。
「いただきます」
これが彼女のニホンという国での作法なのだろう。軽く両手を合わせて一言言うと、簡単に作った料理を一口分、口に運んだ。
「…美味しい!」
そういうなり彼女はパクパク口にいれていく。彼女が食べ始めたのを確認して、俺も食べた。
女性が食べきれる量がわからず、出した俺も少し多かったかと思ったのだが、彼女は綺麗に全部食べてくれた。最初にした作法をまたしてから「ごちそうさまでした」と言った。
お腹が空いていたから食べるのは早かったのだが、きちんと食事の挨拶をし、一口一口丁寧に食べていたので、生まれがいいのだろうと思って
「ユキは貴族なのか?」
と、聞いた。話し方は貴族の女性としては雑だが、作法がきちんとしていた。彼女の国の作法についてはわからないが、人としての作法がしっかりしていたので、教養があるというのは見てわかるのだ。
「へ、貴族…?」
なんで貴族?と首を傾げた。
どうやら貴族ではないらしい。
「貴族ではないのか?」
「まさか!私みたいなのが貴族なわけがないよ」
いや、貴族じゃなきゃそこまで教養をつけるのは難しいだろう。
「私は普通の社会人だよ。いたって平凡の庶民」
「平民なのか……?!」
驚いた。ユキはこれだけ礼儀が正しく、教養があるようにみえるのに平民だという。どこがいたって平凡なのかわからないが、彼女の国ではきちんと平民に対する教養が施されているらしい。
そして社会人というのは、そのまま言葉通り、社会に出て働く人を指すらしい。彼女の国には社会人という階級が存在するのだろう。こちらでいう労働階級のことだろうか。
「そこまで驚くことじゃないんだけど……あの、ここについて教えてもらっても?」
「あ、ああ。まず、この国はユーピテルター王国といって、作物や水資源といったものがそこそこ豊かな国だ。いくつかの隣国と隣接しているが、隣接してる地域はあまり資源が豊かではない場所ばかりでな。今では侵略してくることがない」
「前はあったの?」
「五年くらい前まではな」
複数の国と隣接している、主に国境付近の土地は資源が豊かではない。侵略しても開拓したところでたかが知れている。資源を求めるにはそれより先を侵略しなければいけなくなる。
わざわざ中まで侵略するくらいなら、大人しく自分の国を開拓するなり、資源を得るなりしたほうが早い。もともと、資源が取れないような不毛な土地を境界とした国だから、本当に資源を求めるなら国ごと攻めるつもりでいないとならない。だがそれこそ金と人と時間を普通より費やさなければならないのだから、よっぽど余裕があり馬鹿な国でない限り侵略してこない。それにもう全ての隣国とは平和条約を結んでいる。そうそう侵略してこないし、戦争になることはない。
「で、ここからだいぶ離れているが、このレイリースには王宮がある」
「王様がいるってこと?」
「ああ」
ふーんと、特に興味なさげに相槌をうっていた。これでも王は国の象徴だ。憧れの存在ともいっていい。王都ってだけで平民は憧れを抱くものが多いのだが、彼女にはそういうものがないらしい。
「この国のことは分かったけど…わたし、これからどうすればいいんだろう……」
彼女のこれからについて。また彼女は俯いてしまう。先のことが不安なのだろう。帰れるかもわからないのだから。知らない土地で、家族も友人もいない彼女に、いきなりぽっと投げ出されて一人で生きていけというのは過酷だろう。
「しばらくここに住めばいい。部屋がひとつ空いている。掃除しないと使えないが」
「え、でも…わたしお金とか、なにも持ってない」
「俺はお金には困っていない。もう隠居した身だからな。いまは自分の趣味でお金を稼いでるし、普段からこの家にいる。わからないことは俺が教えるから、それで学んでいけばいい」
「隠居って…早くない?」
「別にいつ隠居したっていいだろ」
「でも…」
「それともお前は他を当たるのか?」
「それは…厳しい…」
「だろ」
自分の存在が迷惑だろうと思っているユキだが、俺は気が楽だったから気にならなかった。だから突然ここに住むことになっても、別に迷惑だとは思わなかった。
ユキが俺の生活に加わったことで、これからの生活は少し賑やかなものとなるだろう。そのなかでこの平穏な生活が続けばどんなにいいだろう、と、彼女の安心した表情をみて思った。