《閑話》拾い者 ~セシルside~
《3》までのセシル視点
珍しく、いつもより早く目が覚めた。朝が苦手な俺がこの時間にすっきりとした気分で目が覚めるのは珍しい。二度寝するには惜しいが、これといって朝からすることがない。
前までは仕事で日が昇る前から働いたり、この時間に起きて働くことが多かった。今は仕事を変えているので、わざわざ朝早くに起きる必要がなく、自分の好きなように寝起きできている。
友人には「隠居するには早すぎるだろ」と何度も言われたのだが、別にどう生きようが俺の勝手だし、なんで人と同じように合わせて生きなきゃならないんだ。
今日は天気が良さそうだ。
せっかくいつもは起きない時間に起きたのだ。普段とは違うことをしよう。そう思った。
起きるのが遅いので滅多に食べない朝食をとった。軽く身支度をして家を出る。俺の家は一人暮らしをするには少し広いが、狭いよりはいいだろう。使ってない部屋もあるが、気が向いたらあそこも掃除をしないといけないな。
「あぁ、やっぱり今日は良い天気だ」
家の中からでも今日は晴天であることはわかっていたが、外に出たら朝の透き通った空気に、清々しさを感じさせられた。曇ひとつない空は、なんだか心まで晴らすような綺麗な空だった。
今日の予定はあの深遠の森に入って素材探しだ。といっても、あそこの森は広い。なので、森の奥までは行こうとは思わないが、とりあえず探し物が見つかればいいなと軽い気持ちで森へ向かった。
探し物が見つからなければ見つからないでいい。散歩をしたと思えばいいのだから(といってもかなり長い散歩になるから遠足というべきなのか)
森の中に入ると俺は地面を見ながらお目当ての探し物をさがす。見つかるときは見つかるのだが、ここは森の入り口。人が一番立ち入る場所だ。人の出入りが多い分、探し物である素材も少ないだろう。
しばらく辺りを探してみたが、思ったより見つからなかった。せっかくここまで来たのだから、もう少し奥まで行ってみようか。まだまだ森の入り口と言われているが、それでも序の口。数時間歩いて戻ってこれる範囲までが森の入り口と言われるのだから、この森の大きさは尋常じゃない。
森の奥へ進む。奥にいけば行くほど人の出入りが少なくなる。そのお陰で先程よりも探していた探し物を見つけることができた。もう少し探したら戻るとしよう。今から戻れば昼前には戻れるはずだから……と、下を向きながら素材を探していたら、大きな探し……いや、女がうずくまっていた。
「おい?」
こいつも素材探しだろうか?体調でも悪いのか?と思い、声をかけた。するとビクっと大きな反応をされ、バッと顔を上げた女は驚きのあまり後ろに倒れて尻餅をついた。どうやら俺が近づいていたことにも気づかなかったらしい。
大きく目を見開いた女の瞳は黒かった。正確には、焦げ茶色…だろうか。それでも黒に近く、パっと見は黒だった。
俺と同じ黒髪。自分と同じくらい黒い黒髪をもつやつは、初めて見た。
「わ、悪い驚かせるつもりはなかったんだが」
「い、いえ」
目の前で尻をついたことが恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だった。しかも顔をそらされる。仕方ないか。
「んで、こんなところで一人で何をしてるんだ?体調悪いのか?」
とりあえずここでうずくまっている理由を聞いてみた。
「えっと…」
なんと説明したらいいかわからないらしい。女はゆっくりとした動作で立ち上がろうとする。
ギュルルルルル……
何かが鳴った。
一瞬なんの音なのか理解できず、音の出所がこの女だったことから、腹が鳴ったのだろう、と。そして腹が鳴った時のこの女の顔。
「…………ふっ」
この状況で笑うなんて悪いと思ったのだが、あまりにも理解できず唖然とした顔がまぬけ顔で、それが少し可愛いだなんて思ってしまった。これでも我慢したつもりだったのだが、思わず声が出てしまった。女にそれがバレてしまい、怪訝な顔をされる。
「…ごめん。で、こんなところでどうした?」
謝って、もう一度聞く。するとやはり、言葉をつまらせた。言いにくいことなのだろうか。
「えっと……」
その時、女がようやく俺に視線を向け、目が合うと…
「……カラコン?」
と、よくわからない言葉を疑問系で問われた。意味がわからず俺もその言葉を口にすると、はぐらかされた。
ようやく俺の質問に答えたと思ったら、何故自分がここにいるかわからないという。そんなわけあるか。女はそのまま説明を続けた。
気づいたらこの森にいたこと、そしてこの森から出ようと歩いていたこと。…なるほど。うっかり森に踏み入れてしまって、戻れなくなったと。
「………つまり、迷子だな?」
「ま、迷子…うん……?なのかな……はい…」
道がわからない時点で迷子だと思うんだが、どうやらこの女は納得していないようで、微妙な反応をされた。とりあえず俺はもう目的を果たしたし、そろそろ帰ろうとしていたところだ。一緒に連れていくことを提案したら、今まで不安そうにしていた女の顔が見てわかるほどパァと明るくなった。
すると女はさらに口を開いたのだが、またよくわからない言葉を口にした。「ばすてい」だとか「こーばん」だとか。連れていってほしいと言われたから、きっと場所を指しているのだろうが、残念ながら俺はそんな場所知らない。
この女はどこから来たというんだ。会話が成立しないと察したのか、女が
「えーと、ちなみにここって、どこなんですかね?」
………?
何を言ってるんだ。真面目にそう思った。まあ、初めて森に入ったから迷ったのだろう。ならばここがどの森なのか知らないかもしれない。知らないほうが珍しいのだが。土地勘がないのだろう。そう思って説明した。
この森から出られることを知ると、ほっとしたように肩をおろした。確かにここは広い。
不安がなくなったのか、女は口を開くようになった。
そして次に問われたのは「王都」はどこだという質問だった。
意味がわからない。
王都は王都だろう、さきほどここが王都の端にある森だということを説明したと思うのだが。
俺は口をすべらせ馬鹿といってしまった。
お前こそなに言ってるんだよって顔だが、こっちがだよ。
「王都はこの国ユーピテルターの首都レイリースのことだろうが」
そう、ここはユーピテルター王国。
国土はそこそこあるが深遠の森が大半を占めているため実質人が住んでいるところで考えると少し小さい。だがそれでも国としての歴史も長いし、周りの国に劣らないはずなんだが……
そして、この森に隣接するのがこの国の首都レイリース。王宮があるため俺たちは王都と呼んでいるのだが、この女はそれを知らないらしい。さっきから理解できないという表情を繰り返す。
その無知はどこから来たのか、どんな場所から来たのだと問うたら「ニホン」という国から来たのだという。そんな国は知らない。俺はいろんな国の情勢を把握していたからある程度の国は知っているつもりだ。なのに女はその国から来たのだという。
俺が知らないと答えるなり、女は突然泣き出した。静かに、大きな雫がぽろぽろこぼれおちる。まるで感情が爆発したかのように、女は喋り出す。
どうやら、本当に、気づいたらこの森にいたというのだ。今まで自分の国にいたというのに、気づいたらこの国の森にいた。そんなことがあるのかと思ったが、「絶対にない」ということはない。それを否定するには判断材料が足りなかったため、俺は何も口にしなかった。
声をかけた時には女はもう大泣き状態だった。女の涙は鬱陶しいと思う俺なのだが、今の俺は女に対してもう泣いてほしくない、なんとかしてあげたいと思った。だが慰めたことなどない俺はどうしたらいいかわからず、女の…彼女の両肩をつかんだ。
ゆっくり、声をかけてやる。
きちんと目を見て。
そして、どこにも行く当てがないであろう彼女に俺の家に来ることを提案する。そして話を聞いてあげよう、と。きっと今は不安でいっぱいだから、落ち着くように…
ギュルルルルル………
この状況を無視するかのように、さきほど聞いた音が鳴った。
そう、彼女の腹の音。
「……」
「……」
みるみる彼女の顔が赤くなる。
あまりにも状況に似合わない腹の音に、さきほどは我慢した(出来なかったけど)感情が、一気に吹き出た。
「笑うなぁ!!!!」
「ははははははっ」
腹から笑った。
この静かな森に、俺の笑い声と彼女の怒りが響き渡った。
気づいたら彼女は泣き止んでいた。
ああ、今日はいい天気だ。
まさかこんな拾いモノをするとは思わなかったけど。
そうだ、あの部屋を本格的に掃除しなければいけなくなったな。
素材は素材でもいろいろある。
セシルの探し物は、また今後のお話で。