《9》先日の王宮、地下聖堂にて~???side~
レイリースの中心部にある王宮から少し離れたところには、現在ではほとんど使われていない地下聖堂があった。その昔、この地下聖堂に王族が暮らしていたというが真実は定かではない。
普段、ここに人は出入りしないのだが、今日は多くの貴族や王宮専属の研究員がこの地下聖堂にいた。今日、ここである儀式が行われる。この儀式のために、多くのものが夜中から準備していた。そして日が昇ってからしばらく経った頃、ようやく儀式の準備が終わったという知らせを貰ったのだった。
ここにいる者たちは、皆、第一王子の派閥のものだった。
現在この国には王子が二人いる。第二王妃から生まれた第一王子。正妃から生まれた第二王子。順番が逆だと思うだろうが、正妃はしばらく子を授かることがなかったのだ。そして正妃の出産を待たずに生まれたのが第二王妃の息子、第一王子だった。
正妃は子を授かれない体なのではないかという話があった。子を成せないのであれば、第二王妃を正妃にするべきだという話があがったのだが国王はそれを拒否した。しかし跡継ぎがいないのも問題になるので、第二王妃が入り、そしてそこに子供が生まれた。そのまま第一王子が王太子として次期国王となるはずだった。
だが数年後、正妃に子が生まれた。しかも息子だ。これは大騒ぎだった。
もちろん、ここで問題になったのは継承順位だ。この国では継承順位は正確に定められておらず、必ず長子が継がねばならぬというわけではない。慣例として長子に継いでもらっているだけで、能力等や本人の意思に差違がみられるのであれば次の子に継がせることだってあるのだ。
そして国王がとった決断は、後者。国王は正妃の子である第二王子を王太子に据えたのだった。
この決断に納得いかないものがいる。それが第二王妃を含む第一王子派だった。しかし国王の決めたことは変えられない。現に第二王子が王太子になられ、魔力をみても第二王子が上だった。
物騒な話、国王を暗殺したところで王位が変わるわけでもなく、また魔力のある第二王子を暗殺することも困難。ならば第一王子こそが王に相応しいと納得させるしかない。納得させるにはどうしたらいいか、そう、力があればいい。だが本人には第二王子を上回るほどの力はない、そのため第一王子の妻となる地位に力のあるものを添えればいいのではないか。それも、第二王子を上回る、圧倒的な力の持ち主を。
しかし、この国にそんな女性はいない。隣国を探してもそんな女性はいない。
そこで探しだした最終手段が、召喚の儀による魔女の召喚。異界から魔力の強いものを召喚できる魔法陣があると知ったのは数ヵ月前だった。
もう古い十何世代も前に遡るほど古い魔法陣で、禁忌とされた術だった。それが見つかったのがこの地下聖堂だった。
解読したものによると、この魔法陣は魔力の強い者しか通さないという。どのくらい魔力の強い者が来るかわからないが、かつてはこの陣を使い、魔力の強い女を召喚し、その者を妃に迎えていたことがあったらしい。それは、王族が力を誇示するためだったという。魔力の強い者と結ばれれば、魔力の強い子が生まれる。魔力が強ければ王族としての権威が失われることはない。いわばこの国の生け贄だ。魔力の強い女、妃、生け贄、総じて召喚された女は魔女と呼ばれたという。
「殿下、準備が出来ました」
「よし、ならば始めろ」
聖堂の中心に、禁忌とされる術の陣が書き出されていた。何故、禁忌とされるのか。それは膨大な魔力を必要とされるかららしい。一人でこの陣を発動させようものなら陣は暴発し、術者は当然、さらに周りを巻き込んで生命ごと奪い取るらしい。きっとそれが対価であり、それだけ強い魔力を持つ者が現れるのだろう。
今日まで念入りに計画し練られたこの儀式。解読し、研究し、発動させるための人員が用意された。しかしそれでも成功するかわからない。なんせ最後に行われたのがずいぶん昔のことなのだから。
準備が整えられた。大きな魔法陣、半径数メートルにもなるその陣には、多くの魔法石、魔力の強い魔術師、報酬に地位を求めた貴族などが集まっていた。いかにも怪しい儀式といった光景だ。
しかし第一王子にはこれしかないのだ。たとえ多くの人を犠牲にしても。
陣が光る。少しずつ大きな光となって、この地下聖堂全体を大きく照らした。目を開けていられないくらい眩しい光。ようやく光が収まり、周りで見守っていた人たちは陣の中心を見張る。
「成功…した、か?」
誰かが確認をとる。疑問系なのは、まだ光で目がやられているからであった。光が完全に収まったとき、誰しもが目を見開いた。何故なら、魔法陣の中心には、誰もいなかったのだから。
「失敗か!?!」
「何故だ!!!不備はなかったはずだ!!!」
「わかりません。ですが、この陣は大分昔に使われた陣です。もとより成功する確率は……」
「言い訳はいい!!俺は成功しか認めない!これしかもう手段がないのだ!!もう一度だ!!」
「殿下!!術者は皆魔力が限界です!!もう一度行えば、ここにいる全員を巻き込むことになります!」
失敗した。
その結果に、全員が落胆することはなかった。何故なら、成功する確率が低いとされていたからだ。誰かを召喚するという行為自体、あり得ない行為。そして禁忌とされているなら尚更。ここにいる何人かは、やはり失敗したかという反応だった。
しかしその結果を受け入れなかったのは第一王子ただ一人。すでに陣を発動させる術者は魔力を一気に持っていかれ、その場で意識を失い倒れた者が多かった。なのにあろうことか第一王子は、もう一度危険な術を発動させようとしているのだ。
「ならば罪人でもいいからここに連れてこい!!そしてなんとしてでも術を成功させるのだ!!」
これは命令だ。王族からの命令。
ここにいる者で逆らえるものなどいない。しかも、ここに集まるのは第一王子派の貴族なのだから。
意識を失った術者は地上へ運ばれる。使えなくなった魔法石は新しいものに取りかえられた。そして、しばらくたつと、この儀式の対価として罪人が連れてこられた。ここにいる罪人は、処罰が確定しているものが大半、そこにはまだ確定していない罪人もいたのだが……
この罪人たちは特別魔力が強いわけではない。多分、この儀式を行えば、死は免れないだろう。いわば、魔女を召喚するための生け贄だ。
王族への生け贄を召喚するために、罪人を生け贄にするのだ。一体、この王子のために、どれだけの犠牲を生むことになるのだろうか。
罪人が連れてこられると、すぐに儀式は再開された。
これでまた失敗されれば、また次を要求される。罪人がいなくなれば次はこの国の平民が犠牲になるのではないだろうか。先ほどは失敗するだろうとただ見ていた貴族たちも、さすがに今回は成功を祈った。どうか次は成功しますように、と。
ここにいる全員が成功を祈った。
先ほどと同じように、陣が光り出す。大きくなる光は地下聖堂全体を照らした。思わず目を瞑る。視界は光で何も見えない。そしてバタ、バタと人が力なく倒れていく音だけが聞こえていた。ああ、罪人の生命が奪われたのだ。いくら対価を分散させるため人数を用意させたとはいえ、所詮魔力が少ない者たちなのだ。魔力だけでは足りなかったのだろう。
今度こそ成功していてほしい。
光がおさまり、ゆっくりと目を開け、陣の中心を見る。
祈りが届いたのだろうか、そこに誰かがいる。
髪の長い女性。
きっと異界から召喚されたであろう。
そこには確かに、魔女が立っていた。
地下聖堂に、大きな歓声が響いた。
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