揺れる想い
自分の価値観が崩れるというのは、衝撃的な事だった。…ではあるが、ある意味、新しい発見による快感も伴う訳で、…結果、非常に複雑な気持ちになってしまう。
もちろん、ここ最近、続けて目撃してしまった怪異の事だ。
私は教師という職業柄、多くの知識や知見を調べたり、参考にしてきてはいるが、本来、自分の目で見たものしか、信じない質の人間だ。
何が言いたいかと言うと、オカルト的なものは信じていなかったという事だ。
それが、体育館の長い手やツクエツムリを目撃してしまったため、物の怪の存在を認めざるを得なくなった。
そうなると気になるのは、篠宮少年の言う7つ目の不思議。
『1つだけ過去が変えられる』
…という不思議の事だ。
もちろん、そいつはまだ経験していないのだから、信じられない気持ちは強い。だが、続け様に2つの怪異を経験した今、『ひょっとして…』という気持ちが湧くのは、仕方のない事だと言えるだろう。
…過去を変えられるかもしれない。
そう思うと、自然と彼女の事が頭に浮かんだ。
須山 真琴
それが、彼女の名前だった。
初めて出会ったのは、5年前だった。先輩教師に誘われて行った勉強会での出来事だった。
大きな目と活発な印象を与えるショートカット。彼女自身は嫌っていたが、口元のホクロがチャーミングだった。出会った瞬間から、私は彼女に惹かれていた。
山登りという共通の趣味があった事もあり、あっという間に親密になった。連絡先を交換し、共に教育論を交わし、理想の教師について語り合った。
出会って1年経つ頃、私から告白した。
親密な関係が壊れるかも、という不安を抑え、勇気を振り絞った事を思い出すと、今でも顔が赤くなるのを感じる。
自然に結婚して、子供を作って、幸せな家庭を作る。
そう思っていた。
ずっと、そう思っていた。
だが、
本格的に結婚に向けて動き出した去年の暮れ。
私は彼女を失った。
交通事故だった。
私の実家に行く途中の出来事だった。
両親に彼女を紹介して、そのまま夕食を食べる予定だった。
だから、彼女は私が実家でお酒を飲めるようにと、運転を買って出てくれたのだ。
それが間違いだった。
今でも後悔している。
私の道案内で運転する車に、中央線を乗り越えて、スピードに乗ったトラックが突っ込んできたのだ。
運転席の彼女は、即死だった。
助手席の私も頭にケガを負ったが、そんな事はどうでもいい事だった。私にとって、彼女がいなくなった、ただそれだけが全てだった。
あの時、私が運転していれば…。
あの時、別の道を選んでいれば…。
あの日、実家に向かわなければ…。
もっと早く、彼女との結婚を決めていれば…。
後悔と自責の念に苛まされ、彼女の事を思い出す度に、ケガをした頭に激しい痛みを感じるようになり、日常生活にも支障をきたすようになった。
結局、私は学校を休職し、頭痛に耐えながら、思い出の中の彼女へと逃げ込む事になった。
そんな時に、山校長と知り合い、この学校へと異動することになったのだ。
1つだけ、過去を変えられる。
私は、迷わず彼女が死なない道を選ぶだろう。
そこまで考えて、ふと疑問が脳裏に浮かぶ。
本当に何でも過去を変える事ができるのだろうか?
所詮は、子供の戯言なのではないか?なんせ、何でも過去を変えられるとなると、大変な事になる可能性がある。
もし、過去を変えた事で、変えたい過去がなくなったとする。当然、その未来である過去を変える権利を持った自分は、別の過去を変える事になるだろう。
すると、変えたはずの過去は変わらなかった事になってしまい、その未来では、最初に変えた過去を変える事になり、その結果…。
要は、プログラムでいうところの無限ループのような状態になってしまい、そこから先に進まなくなってしまうのだ。
まるで時の牢獄のように…。
いわゆるタイムパラドックスという奴だ。
そうなると、当然、タイムマシンの開発など不可能という事になってしまう。
そこで、科学者は平行世界という理論を見つけ出す事で、そのパラドックスを解決できると考えた。
理論上、平行世界は存在する可能性が高いという事だが、実際はどうなんだろう?
だが、平行世界が存在するというのならば、2つの七不思議を経験した今、『過去を変える』という話もあり得るのではないだろうか?と考えるようになっていた。
あと4つ。
『もう、あの得体の知れないモノと遭遇するのはゴメンだ』という思いと、『あと4つ、さっさと遭遇して過去を変えたい』という思いがせめぎ合うようになっていた。
どちらにしろ、残りの七不思議を調べて、遭遇を避けるための情報なり、遭遇するための情報を手に入れたい。
そう思うようになっていた。