福徳小学校の七不思議
「篠宮さん、谷口先生を探しているの?」
篠宮少年に声を掛ける。
教師は、男の子でも女の子でも、さん付けで呼ぶのが通例だ。
篠宮少年は、不安そうな顔で私を見て、黙って頷いた。
残念ながら、谷口先生は席を外しているようだった。
「ちょっと、席を外してるみたいだけど、どうする?急ぎの用だったら、代わりに聞こうか?」
「…今日、机を交換するから、放課後に来るように言われたんだけど…」
なるほど。
「じゃ、先生が手伝うよ」
私は、そう言って資料準備室の鍵を取りに行った。
これは、体育館のアレについて、話を聞くチャンスだ。絶対に逃がすものか!
この学校の通常の教室のある棟の4階には、高学年用の図書室と資料準備室がある。資料準備室は、元々は普通の教室だが、使わない机や椅子、その他の色々な備品が無理矢理詰め込まれているのだ。
まぁ、名前は立派だが、要は物置だ。
ちなみに、1階の2年生の教室の隣には、こじんまりとした低学年用の図書室がある。
「机が壊れたのかい?」
「…掃除の時に、机のパイプが外れ掛けてるのがわかったから…、危ないから交換するって言われた」
篠宮少年ととりとめのない会話をしながら、彼の教室に向かう。
壊れ掛けの机を回収するためだ。
とりあえず、彼の教室に着いたところで、プリントとガムテープを探し、プリントの裏に大きく、『破損』と書いて机に貼り付ける。
資料準備室に仮置きするにしても、誰かが間違えて、持っていかないようにするためだ。
そして、机を持ち、4階へと向かう。
5年生と6年生の教室は、3階にあるので、階段で一階分登るだけなので、楽な方だ。
これが、1階にある1年や2年の教室からだと、非常に面倒だ。
図書室には、何人かの生徒がまだ残っているようだった。
私達は、図書室の前を通り、資料準備室の前へと辿り着く。
鍵を開け、扉を開けると、少し埃っぽい匂いが鼻腔を擽ぐる。
私は、隅の空いてるスペースに机を置き、篠宮少年に声を掛ける。
「好きな机を選んでいいよ」
篠宮少年は、机を物色しはじめる。色を見て、手を上に乗せて、ガタつきを確認し始める。
そろそろ、いいだろう。
「ところで、篠宮さん、入学式の前日の事なんだけど…」
篠宮少年の手が止まる。私は、それを確認して、言葉を続ける。
「…君…体育館にいたよね?」
「…」
訪れる沈黙。
「別に、立ち入り禁止の場所にいた事を、叱ろうって事じゃないんだ…」
そこまで言って、言葉に詰まる。
なんと聞けばいいのだろう?
異様に長い手がボールを奪って行くのを見た?
それとも、一人でパイプ椅子を倒して、踠いていた自分を見たか?
…なんて聞こう…。
「…見た」
「…え?」
「…僕、初めて見たんだ!」
篠宮少年が、興奮して喋り始めた。
「やっぱり、君も見たのか…」
考えてみれば、ボールという助言をくれたのは、篠宮少年なのだ。見ていないという方が不自然だったのだろう。
私は、幻覚だったという線が消えて、少し落胆する。
と、なるとアレはなんだったのだろ?
「きっと、この学校の七不思議の一つだよ。すごい!あと5つだ」
「…きっと?…七不思議?…5つ?」
正直、話についていけない。
「アレは七不思議の一つなのかい?」
「たぶん、…きっと、そうだよ!」
どうも要領を得ない。
「『きっと七不思議』っていう事は、君も七不思議については、よく知らないのかい?」
「当たり前じゃん!でも、2つは聞いた事はあるんだ」
とても誇らしげに語る篠宮少年。
ここの七不思議は、あまり知っている人が少ないのかもしれない。
でも…あと5つという言葉が、気になる。
「あと5つってのは何?」
それを聞いて、篠宮少年は急に納得したような表情を見せた。
「そっか。先生、今年、この学校に来たばっかだっけ?」
「…そうだけど」
「じゃ、ここの七不思議の事は知らないんだ?」
「ああ、色々教えてくれるとありがたいなぁ。ついでに、この間の手の長い奴の事も」
「ここの七不思議は、7つ目だけが有名なんだ」
「…7つ目だけ?」
「そ。
最初に七不思議のうちの1つと遭遇した後、1年以内に残りの5つの不思議を体験すると、審判が現れて、審判の出す課題をクリアすると、1つだけ過去を変える事ができるって話」
6年生ともなると、なかなか難しい言い回しをするもんだと感心しながら聞いていると、
「ねぇ、聞いてる?」
篠宮少年が不満そうにそう言ってきた。
「ああ、聞いてるよ。
過去を変えられるなんて、すごい話だね。
2つ聞いた事があるって事は、あと1つ聞いた事があるって事?」
「ううん、それとは別に2つだよ」
なるほど、これが以前、沢田先生が言っていた『ここの七不思議は変わっている』という事なんだろう。
それにしても、普通、七不思議というのは有名な怪談が7つあるから七不思議なのだが、ここの七不思議は1つ以外は、知られていないというのだから、確かに変わっているし、なかなか面白い。
「信じてないでしょ?」
考え事をしていると、篠宮少年に話し掛けられた。
「…君は…、信じてるの?」
思わず、素の反応をしてしまう。
こういう時は、相手の話を信じる形をとる事で、信頼を勝ち取る事が必要なのに…。
「君は、霊や物の怪の類を信じているの?」
一度、漏れ出た言葉が、堰を切って流れ出てしまう。
篠宮少年は、不思議そうな顔をして答える。
「だって、霊がいるんなら、物の怪もいるかもしれないじゃないか?
それに、先生もこの前見たんでしょ?」
まるで、霊がいる事は、確定しているような喋り方だ。
思わず苦笑いが溢れる。
「霊はいるんだ?」
「?
え?
だって…」
篠宮少年が、そう口にしたところで、突然、物音が響き始めた。