兆し
今日も、職員室に一人残り仕事をする。
なるべく遅く帰るように心掛けている結果だ。
沢田先生から小人の話を聞いてから、一ヶ月ほど経つが、特にそれらしいモノに遭遇した事はなかった。
物音はなく、外で降っている雨音だけが、職員室を包んでいた。
時計を見ると22時近くになっていた。いつもなら、まだ数人は職員室に残っている時間だが、金曜という事もあり、みんな早く帰宅していた。
…今日は、ここまでだな。
私は、机の上を整理し始める。ふと、隣の席を見ると、黒田先生の机の上には、閉じられたノートパソコンのみが置かれており、非常に整理されていた。
その隣の沢田先生の机は、ノートパソコンの右隣に書類の山が二つ積まれおり、左隣には一つの山が積まれていた。
私は自分の机を見て、ノートパソコンの隣に積まれた書類を見て、思わず苦笑いが溢れる。
沢田先生程ではないにしろ、一度整理しないと、そう思い、帰るのを先延ばしにすることにした。
すでにデータ化された書類と不要な書類は、シュレッダー。メモ書き等がある書類はスキャナーにかけた後、シュレッダー。
それぞれ、層別して書類を分けていく。
スキャナーに掛ける量が思った以上に多かったので、スキャナーに掛けるのは月曜日にすることにして、廃棄する分だけシュレッダーに掛けたら帰ろう。
そう考え、書類の束を持ってシュレッダーに向かう。
カタン…。
物音がした。
何の音だ?
私は、周りを見回すが、音の発生源が見つからない。
小人か!?
とりあえず、音を立てないよう動きを止める。
呼吸は、できるだけ音が立たないようゆっくりと。
心音は、どうしようもないので放置。
自分の心臓の動きで、まるで床が揺れているような気持ちになってくる。
顔は、動かさずに、目だけを動かして辺りを見る。
その瞬間、視界の端を何かが動いた気がした。慌てて、それを追って顔を動かす。
何もいない。
とにかく、何かが動いたと思われる場所付近を隈なく探す。…やはり何も見つからない。
そうして、探し始めて、どれくらい時間が経ったのか?
時計を見たら、一時間程経っていた。
きっと、ネズミが走ったのだろう。
結局、何も異変を見つけられないまま、シュレッダーを掛けて、帰宅することにした。
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月曜になり学校に行くと、早めに登校したはずが、すでに教頭がいた。
教頭に挨拶をして、途中やりだった書類の整理を始める。
ふと、教頭なら何か知っているのかも?という好奇心が湧く。
だが、どう切り出していいかわからない。
どうしたものかと考えていると、後ろから突然声を掛けられた。
「先生!おはよ〜」
子供の声に驚いて後ろを見ると、篠宮少年がいた。
「今日から週番なんだ」
週番。
6年生になると、委員会と呼ばれるものに入る事になる。放送委員会や風紀委員会、体育委員会などだ。それらは、学校の運営の一部を生徒が担う事が目的で、6年生になると、全員何かの委員会か児童会に所属する事になる。
放送委員会は、朝の放送、給食時の放送、帰りの放送を担当。
体育委員会は、運動会などの運動系のイベントの運営。
児童会は、児童会長、副会長、書記から構成され、教師とともに学校の運営や方針を決めていく。
そして、風紀委員会は校内の戸締りや開錠などを行う。その際、毎週交代で行われるものを週番と呼んでいる。
週番になると、その週は朝早くに登校し、職員用玄関から入り、児童玄関や各クラスの開錠や見回りを行い、帰りも各クラスの施錠等を行うので、風紀委員会は、生徒達からハズレ委員会と呼ばれている。
残念ながら、篠宮少年はハズレ委員会の一員だったようだ。
「今から、開錠していくから、先生、よかったら付き合ってよ」
私は、書類の山を見て、ため息を吐く。
整理は、今日じゃなくてもいいか。
「わかりました。一緒に回りましょうか?」
私は、篠宮少年に聞きたい事を聞けるいい機会だと考え、付き合う事にした。
職員室を出て、まずは渡り廊下の扉の開錠を行い、隣の校舎に向かい、児童玄関を開錠する。その後、各クラスの開錠を行う流れになっている。
職員室を出たところで、篠宮少年に話しかけた。
「篠宮さん、初めて会った時の話なんですが…」
そこまで話しかけて、言葉が止まった。
声が聞こえたのだ。
初めて、この学校に来た時に聞いた声のように思えた。
「なに?今の?」
篠宮少年は、動揺していた。
無理もない。こんな時間に生徒がいるはずもないのに、子供の笑い声のようなものが聞こえたのだから。
少し悩んで、篠宮少年を見詰める。
「確かめよう」
そして、声が聞こえた気がした階段あたりに向かう。
また、笑い声が聞こえた。
他にも何か言っているが、うまく聞き取れない。
「上だ!」
私は、篠宮少年に声を掛け、ともに階段を登り始めた。