7勇者を否定する勇者
リルはこの男の子に見覚えがあった。確かこの間、正式に勇者になったばかりの子だ。巣立ったばかりの若き勇者は、義憤に駆られた様子で声を荒げる。
「何をやってるんですか!あなたたち!」
「なんだァ、テメェ……この俺を『火片の勇者』イーギル様と知っての狼藉か?アァー?」
火片の勇者、イーギルは親娘から手を離し、セインへと身体を向けた。セインに追いついた三平太が、イーギルの口にした『かへん』の意味についてスワンに耳打ちをする。
「『かへんの勇者』ってぇ……どういう意味だい?」
「火の欠片、小さい火って意味よ。恐らくあいつの使う火属性の魔法は、普通の人よりも少しだけ強化されるわ……」
勇者とは選ばれし者。初代勇者、ファウストの残した伝説の武器、防具によって選ばれた才ある者が、厳しい訓練を経て国に認められる存在だ。勇者は勇者以外にはない特別な能力を身に付けており、その能力に応じた二つ名を与えられているのだった。
勇者を名乗るイーギルに対して、セインは服で隠れていた、首に下げられたネックレスを取り出した。ネックレスにぶら下がる金属の板には、勇者の刻印とセインの名が彫られている。
「僕も勇者だ!今すぐその二人を開放して、店を燃やしたことを謝罪しろっ!」
「なにィ~?勇者だァ?」
イーギルはセインの上から下をジロジロと眺める。中古で買ったような色褪せた革の鎧にくたびれた鉄の剣、凹んだ鉄の兜。勇者どころか、駆け出しの冒険者の小僧にしか見えない。イーギルは鼻で笑いながら、心底馬鹿にした表情でセインを挑発した。
「……ぷぷっ、おい坊っちゃんよぉ、正義に酔うのは勝手だが、ケンカ売る相手は選んだ方がいいぜ?」
「あははは!」
「違ぇねぇ!」
イーギルの仲間が大声で嘲笑う。仲間を馬鹿にされたスワンが前に出ようとするのを、三平太とバートンが無言で制した。文句を言おうとするも、二人はじっと、自分たちのリーダーの背中に視線を注いでいる。二人に釣られ、スワンもまた、セインの背中に視線を注ぐ。しょぼくれた装備に身を包んだ、情けない少年の背中が、なぜだかずっと大きく見えた。
「勝てる勝てないで相手を選んでいません。あなた方の行動が、僕にとって正しいか、正しくないかです」
勇者セインは怯むことなく、まっすぐな瞳で言い放つ。迷いのないセインの青臭いセリフに、イーギルのニヤつきがピタリと止んだ。明らかに気分を害した様子で、セインに向けてガンを飛ばす。
「……おいお坊っちゃん、二つ名はどうした?正しいだのなんだのと品行方正な勇者さまであらせられるお坊っちゃんには、たいそうご立派なのを付けてもらってるんだろう?名乗りなよ」
『火』は攻撃魔法として優秀な属性だ。威力の増え幅が少ないとはいえ、火魔法に特化した魔法使いを兼用できると勇者と考えれば、自分は国にとってそこそこの価値がある存在のはずだ。
しかしもしもこの小僧が、俺よりも国に認められるレアな能力の持ち主なら……下手に事を荒げると、自分が国から裁かれ兼ねない。
それに二つ名は勇者の能力の証だ。それを知っているかいないかによって、対策は大きく変わってくる。
(自分よりも弱く、たいしたことがない能力だったら、こいつを殺そう)
イーギルとその仲間は、臨戦態勢でセインの返答を待っていた。