世間知らずの高飛車娘
国から、今度は騎士と共に見目麗しい少女が動向してきた。
その少女は兄弟姉妹の中でも、比較的ジョットと交流があった第七王女である。
交流があっただけで、仲が良いと言うわけではなかったのだが、どうやら周囲はそう見なかったようだ。
旅の装束に明らかに着られている彼女の名前はシャルロッテ。
銀色の髪につり目の強気な瞳を持つ、ナルと年の近い少女であった。
「お兄様、我が儘はやめて国のために働きなさいな、あ、そこの使用人お茶は結構よ。
下錢な犬の淹れたお茶なんて高貴な私の口に合うわけはないもの」
少し甲高い声で言われ、目をぱちくりさせると使用人扱いされたナルは苦笑した。
しかし、最初の騎士たちの来訪の時のように、髪と瞳を隠すためにローブのフードを目深にしているので、シャルロッテにはその表情は見えていないが。
その様子に、ナルの母親であるアキはニコニコと笑顔を浮かべながら、静かな怒気を纏わせて今回もやってきた騎士団長を見た。
その笑顔には、『王宮の躾はどうなってやがる、龍神にチクって国を滅ぼしてもらうぞ』と書いてあった。
騎士団長は顔を青ざめさせて、王女へと諫言しようとするが、
「あら、騎士団長。何か言いたそうね。良いわよ遠慮なく言ってごらんなさい。明日からパンと暖かい寝床の保障はできかねるけど。
ほら、私に何か言いたいんでしょう? 私は心が広いから聞いてあげる。言ってごらんなさい。
あぁ、そう言えば、先日、孫が生まれたと言ってたわね。大変、ミルクの心配もしないとね」
わざとらしい王女の台詞に、騎士団長は胃が痛そうだ。
「あ、あの椅子どうぞ、そちらの騎士様も」
王女に付き従っていた騎士団長と、もう一人若い騎士のために椅子をナルは用意する。
若い騎士は前回とは別の者だ。
「ちょっと使用人! 何を勝手なことを!」
そこで、シャルロッテの言葉が止まり、おそらく今まで体験したことの無い衝撃を頭に受けた。
彼女の視界が木製のテーブルと同じになる。
「ほほぉ。中々に食い応えのありそうな生け贄がきたな」
シャルロッテの横に現れた龍神が手加減こそしたものの、シャルロッテの頭をテーブルへ叩きつけるように押し付けたのだ。
「おい、ニンゲンの娘。ここは妾の縄張りだ。
我が物顔をするな食われるだけの下等生物が」
この森で食物連鎖の頂点にたつ龍神は、獰猛な笑顔を浮かべ声を低くしてそんな事を言う。
もちろん本気を示すために、シャルロッテが死なない程度の殺気も添えてある。
生まれて、おそらく上等、上級な生活しか知らないシャルロッテは底冷えのする龍神の雰囲気に体を恐怖で震わせた。
婚約者を貶す妹に、ジョットが何か言う前の出来事である。
お陰で、テーブルに威嚇と怒りを込めて叩きつけようとした拳が行き場を無くして元の位置に戻る。
と、そこでナルが何かに気づいたのか声を漏らした。
「あ」
同時に微かに聞こえた水音と、臭い。
ジョットの位置からは見えなかったが、ナルと龍神、そして騎士たちには王女の失禁が丸見えだった。
***
「着替えは、ボクのお古が丁度いい大きさなのでそれで我慢してください。
下着は予備を持ってきていて正解でしたね。
龍神様は普段は優しいんですけど、怒ると母さんより恐いんですよ。災難でしたね、王女様」
ナルに言われながら、風呂の世話をしてもらうシャルロッテは不貞腐れていた。
「お湯、温すぎたり熱すぎたりしませんか?」
広さこそ王宮に負けるが、それでもこんな場所でお湯に浸かって汚れを落とせるとは思っていなかった。
湯の温度も丁度よい。
「えぇ」
「よかった。あ、シャワーは、使ったことはあります?」
ナルの問いは、時たま迷って訪れる者が今までもいたので、その経験故の質問だったのだが、シャルロッテは腹いせに馬鹿にされたと思ったらしい。
途端に眉をつり上げて、ナルを睨むと甲高い声で叫んだ。
「もちろんよ、貴女、私を馬鹿にしてるわね?」
「いいえ、そんなことは」
「ならなぜ、そんな魔道士が着るローブ姿で顔を出さないの?
一国の姫に対して失礼じゃない」
ジョットがいたら、お前が言うなと拳骨を三発くらい貰いそうなことをシャルロッテは言った。
「えっと。王女様にはとても聞かせられない事情がありまして」
呪われ穢れた人間に湯の世話をされているなんてしったら、綺麗な世界しか知らないシャルロッテは卒倒して浴槽の中に沈むかもしれない。
幸い、先程の龍神とのやり取りがあったためか、シャルロッテがナルに対して無理やりフードを取ろうとしてくるようなことは無かったが。
こうして湯の世話をするのも、アキではシャルロッテに【不幸な事故】が起きかねない、しかし一人ではまともに入れないだろうと騎士団長が、誠心誠意ナルへ頼み込んだ結果であった。
「ねぇ、貴女。この家の居候なのよね?
ってことは、お兄様の婚約者のことも知ってるわよね?
その方、今どこにいるの?」
シャルロッテはどういうわけか、質問を変えてきた。
「へ?」
ナルが間抜けな声を出す。
どうやらシャルロッテの中では、今の段階ですらナルは賢女の侍女か何かだと思われているらしい。
そう言えば、彼女の態度あまりにもアレだったのと、その後が後だったので誰も説明している暇が無かった。
「えと、妹としてのご挨拶ですか?」
「は? 貴女、馬鹿ねぇ。婚約を解消してもらうに決まってるじゃない。
こんな所に住んでる育ちの悪い娘なんて外聞が悪いにも程があるもの。
お兄様は将来の王よ。なら、釣り合う家から妻をめとるのが常識でしょう」