告白とこれからについて
あの後。
夕方になると母が帰ってきた。
やはり事前に龍神から来客の話をきいていたようだ。
夕食を騎士達の分も含めて作り、食事の席では真面目な話はしなかったものの、その食事の後に母とジョットが改めて話を聞いていた。
ナルは手早く後片付けをして自室へと引っ込んだ。
「悲しんでいるのか?」
部屋で膝を抱えて、ここに来てからの三年間を思い出していたところに森の主人たる龍神が現れた。
「ううん。お母さんもジョットも必要とされる人です。
ただ、一人は寂しくなるなぁって思っただけで。
聖女の伝説はボクも好きな話なんだけど、このままいろんな事がうまく行けば、きっとジョットのお嫁さんはその聖女の人なのかなとか思ったんです。
ジョットは国に帰って王様になる、それでその聖女の人と結婚して幸せにって、お母さんはジョットの国で雇われて仕事をして、ひょっとしたら今度こそ幸せにしてくれる人を見つけるかもしれない。
でも、ボクには何もないんです。ここにいる、それだけしか出来ない。
もしも、ボクが呪われて無くて、そしてこの変な呪いの証しもなくて、髪の色も目の色も元のままだったのなら、どうなっていたんだろうとちょっと考えてしまって」
ぎゅうっと、呪われ穢れた証しである印がある場所を服の上から掴む。
誰にも見せられない、忌まわしい刻印。
聖女に浮かぶモノとは正反対のそれ。
「たらればを言ったところで仕方ないだろう。
ここでの暮らしは嫌か? 私もいるだろうに」
「まさか、嫌じゃないですよ。
ただ、もう二度とお母さんやジョットに会えなくなるのが寂しいってだけで」
「なら一緒に行けば良いだろう?」
「出来ないですよ。この髪と目の色じゃ、どこに行っても受け入れてなんて貰えません」
他人に肌を曝すことはないだろうが、印を見られなかったとしても代わりとばかりにこの白髪と紅い瞳がある。
むしろジョットや母の邪魔になるだけだ。
今まで、ずっと母のお荷物だったのだ。
母には故郷に心に決めた人がいた。独身最後の一人旅をすることにも反対され、それでもとお願いして、楽しい旅行に出掛けたのだ。
その旅先で強姦され、孕まされ、三年前の件で捨てられた。
ナルはその母へ降りかかる不幸を全て自分のせいだと考えていた。
だってそうだろう。自分さえ産まなければここまでの事にはならなかったはずだ。
故郷に帰れなかったとしても、他のしあわせがあったはずだ。
鏡を、あるいは水に写る醜い自分の姿を見るたびに、どうして生まれてきたんだ、どうして呪いを受けたにもかかわらず生き延びてしまったんだと責める自分が、ナルの中にはいるのだ。
「ジョットはナルのことを受け入れたが?
だから、お前もそれを用意したのだろう?」
「それは、そうですけど」
「人間は面倒くさいな」
「神様がサバサバしすぎなんです」
部屋には、不鮮明ではあるが騎士達とジョット、そして母が話し合う声が届く。
荒々しい感じではないので、順調に話し合いは進んでいるのだろう。
ここで一人で暮らしていく。
それはいつか必ず訪れるものだ。
そして、そのいつかが今日来ただけのことだ。
ただ、それだけのことだ。
やがて、話し合いが終わったのだろう。
静かになった。
かと思ったら、部屋の扉が叩かれた。
「ナル、入っていい?」
ジョットだった。
真剣な声で、ジョットは続けた。
「大事な話があるんだ」
途端に、彼とのこの一年間の思い出が溢れてきて、涙がこぼれた。
おそらく、ここを出ていく事を伝えに来たのだろう。
ジョットは必要とされるべき存在なのだ。
ナルとは違って。
血筋もいい。呪われて穢れたナルとは違うのだ。
「入れないのか?」
龍神が不思議そうに訊いてくる。
「いえ、その、龍神さま。席を外していただいても宜しいでしょうか?」
ナルの滅多にない可愛らしいお願いに、龍神は微笑んで姿を消した。
軽く目元を拭って、ナルは扉へ近づくと声を明るくしてジョットを招き入れた。
「どうしたの? ジョット?」
そんなナルを、ジョットは見つめた。
ナルが泣いていたのは、少しだけ涙を擦った後があるのでわかった。
「ナル、泣いてたの?」
ナルが椅子を用意して、そこにジョットが座る。
ナルはベッドに腰かけて、ちょうど向かい合わせになる。
「あはは、バレちゃうか。うん、ジョットやお母さんがここを出ていくって思ったらちょっと寂しくなっちゃって」
ジョットは、ぎゅうっと自分の手を握りしめた。
「大事な話って、それなんでしょ?」
真っ直ぐに、ジョットはナルを見た。
初めて会ったときから変わらない、二つの宝石がジョットを見つめている。
「うん、そう。そうなんだけど」
「ジョット。ボクは、君がいなくなると思うと寂しい。
母さんもきっと君と一緒に行くんだろう?」
「まだ、わからない」
「ボクは、君がここに来た日のことをよく覚えている。
そう、ちょうど去年の今日だ。
初めて、この容姿を誉めてくれたよね。あの時、すごく嬉しかったんだ。
それに、君はずっと優しかった。喧嘩もしたけどずっと楽しかったよ、このいちねん。
だから、お礼を贈りたいってずっと思ってて。でも、何が良いのかわからなくて、龍神さまとドワーフのおじさんに色々聞いて手伝ってもらって、これを作ってみたんだ」
そうして差し出されたのは、赤い耳飾りであった。
「君は、何気に無茶をするから。御守り。でも、ごめんね。
これ、君の好きな宝石じゃないんだ。要らなかったら捨てていいから」
その言葉に、思わずジョットは叫んだ。
「違う! 俺が好きなのは、宝石なんかじゃない! 君だ!!」
「へ?」
涙を溜めて、必死に泣くまいとしているナルを見て、こうさせているのが自分なんだと思うとやるせなくなった。
どうせ言う予定だったのだ。
だから、勢いに任せてジョットはまるで女王に謁見する騎士のように椅子から降りて、片膝をつき、真っ直ぐにナルを見た。
そして、小さな小箱に鎮座している、赤い宝石のついた指輪を神に献上するかのようにナルへ捧げながら、
「アースナル・ドレッドノートさん。
俺の人生に寄り添い、俺を支えてください。
俺は、俺は」
目を丸くして、ただジョットを見つめるナル。
その感情は、ただただ驚いているようにしか見えない。
「俺は、ナルのことが、大好きです」
そこで、ナルが大粒の涙を流した。
これがどんな意味を持つ行為なのか、わからないほどナルも物を知らない訳ではない。
「ナル、答えを」
ただただ優しい、いつものジョットの声。
「ジョットは、ボクで良いの?
ボクは元々は男で、呪われて、穢れた存在なんだよ?
君は、貴い血を穢れさせたいの?」
「君の呪いは浄化されてる。君は穢れてなんかいない。
君は、こんなにも綺麗だ。
今まで見てきたどんな美姫より、君は美しい。
たとえ穢れたままだったとしても、俺は君を選んだよ。
男のままだったなら、他の方法で一緒にいる道を選んだ。
そう自信をもって言えるくらい、俺は君を愛しています。
どんなことがあろうと、俺は君を守ります。
どうか、俺の人生を支える柱となってください。
これからも、ずっと一緒に俺と生きてほしい。
ナル、君は俺のことが嫌い?」
その問に、ナルはふるふると首を横に振った。
そして、恐る恐る左手をジョットへ差し出してくる。
「ボクも、君のことが好きだよ」
一番大事な宝物、そして宝石を扱うよりも丁寧にジョットはナルの手に触れた。
慎重にその手へ、指輪を嵌めていく。
大きさはピッタリであった。
「ジョット、ありがとう」
「ナルっ!」
そこで、ジョットは感極まって彼女を抱き締めた。
勢い余って、二人してナルのベッドへ倒れこんでしまう。
「俺も、ありがとう。
俺を必要としてくれて、本当にありがとう」
そして、自然と二人の唇が重なった。