助っ人、同行人、とりあえずそんな人物
恭しく頭を下げてきたのは、ナルよりも年上の女だった。
黒い髪に、瞳。
リディクと同じだが、しかし長く伸ばされ赤いリボンで一つにゆるく束ねられたそれはまるで絹のようだ。
瞳も色こそリディクと同じだが、黒曜石のように美しい。
年は二十歳前後。
名前は、アカリと言うらしい。
人懐っこそうな笑みを浮かべ、アカリは口を開いた。
「よろしく、えっとアースナルさん」
「ナルで良いです。アカリさん」
「では、ナルさんで」
「はい!」
アカリは、その場にいる者ーーアキ、ジョット、そして護衛のために今日から正式に配属されたリディクへと挨拶をしていく。
アキだけはなぜかとても驚いているようだった。
まじまじと、アカリの顔を見て、少し戸惑っていたように見えた。
「邪龍さんの頼みなんて珍しいなとは思ったんですけど。
またこの格好か」
レイドに苦笑しながら話かけている。
そんなアカリをリディクは値踏みするように見た。
その視線に気づいているのかいないのか、アカリはレイドと会話する。
「忙しかったですか?」
「まさか、しばらく暇を言い渡されてたんで丁度いいです。
ただ、見てくださいよ。このお守りの量」
アカリが言って見せてきたのは両手の指に一個ずつ嵌められた指輪と、首から下げたリング、そしてナルがジョットへ贈ったもの同じ魔法が掛けられているピアスであった。
ナルの魔法よりも、かなり強力な術式が編まれているようである。
むしろ執着とか執念じみたそれに、少しだけナルは興味を示した。
「大変だったみたいですからね~」
「ほんと、大変でした。でも邪龍さんは運が良かったと思いますよ」
「卒業製作と論文でバタバタしてましたから。助けにならなくてすみませんでした」
「気にしないでください。ま、アイツらの罪滅ぼしもあるとはおもいますけどね、このお守りは」
そう話す二人にナルがトコトコと近づいて、じぃっとアカリのお守りを凝視した。
「すごい。こんな術式見たことない」
触れたいけれど。
邪な気持ちで、アカリに触れればその度合いにもよるだろうが腕が飛びかねない。そんな術式だ。
お守りというよりも、これは呪いに近かった。
アカリは何も言わなかったが、リボンもお守りのようで一番強い力を感じる。
どうやら、リボンに施されている刺繍の可愛らしい花の模様、それ自体が術式になっているようだ。
過保護とかそんなレベルではない。
と、そこでリディクがアカリに訊ねた。
「えっと、つかぬことをお聞きしますが、アカリさん」
「はい?」
「あなたは人ですか? 龍族ですか?
報告書を書く関係で教えて貰いたいんです」
なるほど、と手を鳴らしてアカリは答えた。
「俺は人ですよ」
その一人称に、レイド以外の全員が不思議そうな顔をした。
しかし、気にせずにアカリは何故かナルを見ながら続けた。
「そうそう、俺、言葉遣いが男なんで基本後宮では口閉じてますね。
公の場だと少しは女性らしくも出来るんですけど、長く続かないんで」
苦笑して、そしてどこか自嘲気味にアカリはそう言った。
その日の夜。
許可は簡単に降りた。
ただ、配慮なのか何なのか同行はジョットの妹のシャルロッテとなった。
それを聞いて顔をしかめたのはジョットだった。
旅の道中も、ナルに何やら突っかかっていたこともある。
ナル達の家で龍神の怒りに触れてから、少しは大人しかったものの今回はその龍神もレイドもいない。
だとすると、想像以上の嫌がらせが予想された。
さすがに殺すような度胸はないと思うが。
旅の道中の刺客の件は、レイドからアーサーに伝えたらしいが続報は来ていないのでどうなっているかはわからない。
「レイドさん、アカリさん、ちょっと」
二人を呼んで、情報の共有がどこまでされているか確認する。
すると、レイドはアカリに全て説明しているようだった。
そして、アカリはもう一度お守りの指輪を見せながら、言ってきた。
「だからこその、このお守りの量なんですよ。
危険だからやめろって言われたんですけど、お前らよりはマシだって言って黙らせてきました」
アカリの笑顔と声の裏に、なにか薄ら寒いものを感じた。
「こちらから頼んでおいて、あれだがもし危険だと感じたらアカリさんの判断でナルと逃げてくれ」
「そんなに危険だとわかっていながら、家族を連れ歩くって異常ですね。
まさかとは思いますが、死んでほしいんですか?」
「それは」
「それは?」
「ナルが望んだから。ただ、まさかわざわざ殺しにくるとは思っていなかったんだ。
いや、迷いはあった。ナルのことを誰の目にも触れさせたくはなかった。
ただ、どこかでナルに外の世界を見せてやりたかったというのはある」
なにしろ、生い立ちが生い立ちだ。
あの森のなかで骨を埋める覚悟をしていたナルに、違う世界もあるのだと見せてやりたかった。
ここまでの道中、馬車の中から流れる風景を見て楽しむナルは、まるで幼児のように無邪気で可愛かった。
「そうですか」
内心、『うわぁ、ガチでこんな人いるのか』と少々引きながら、しかしそれを顔に出さずアカリはそう返したのだった。
 




