伝説と歴史と陰謀論 2
小説と資料を読み進めていくと、やがてドレッドノート家が保有していたとされる書物の存在に辿り着いた。
ドレッドノート家が千五百年で蓄積したとされる魔法の研究や奥義などが記された本である。
全九巻からなる黒と白の表紙の書物だとされている。
ドレッドノート家が存続していたなら、十巻以降も記されていたであろう。
ちなみに奇数巻が【漆黒の先導書】、偶数巻が【純白の新導書】と呼称されていた。
総称して【教科書】とも呼ばれていたので、一族のみが閲覧できたのだろうとも云われている。
それを下敷きにこの国は、魔道士育成のための教科書を作成したとも云われていた。
ようはオリジナルの劣化版である。
よりオリジナルに近いものは閲覧が制限されていたと言うから、少なくとも一般に出回っている魔導書と違い、その本自体の力も本物なのだろうと思われる。
これが、客観的に見たドレッドノート家に存在したであろう魔導書の概要だ。
しかし、真しやかに噂されている、所謂、怪談とか都市伝説によると、その本には悪魔が封印されていて、封印が解かれてしまい悪魔が己を封印していた一族を呪い殺したのではないかと言われている。
「呪われた魔導書」
陰謀論や都市伝説好きが呼称しているのは、こっちである。
【呪われた魔導書】が総称となってしまっているようだ。
噂には尾ひれが付くもので、曰く触れただけで死ぬとか、開いたら目が潰れて死ぬとか。
そんな話が一部では通説となっているらしい。
一方で、こちらの方が現実的だと思われる話がある。
ドレッドノート家を邪魔に思っていた貴族達が結託し、食事に毒を混ぜて一族を殺したのではないかと言うものだ。
その貴族の最有力候補の一つが、以前ジュリエッタと面会したアーサー・エンタープライズの実家であるエンタープライズ家だ。
魔法の研究においては、常に二番目でありドレッドノート家を超えることは無かった。
所謂、目の上のたん瘤であったドレッドノート家の滅亡を計画したのではないかと言われているようだ。
魔法の研究だけではなく、魔法という分野そのもので頂点になることは出来なかった。
事実として、魔法研究者が着ることを許されている有色のローブ。
魔法研究機関一位の称号がわりである、紫のそれを着ることが許されているのはたった一人だ。
魔法研究者と言うのは、実はそんなに発言権はない。
いや、無かった。
これは今まで上位とされている一位から七位には基本ドレッドノート家の人間が一人は確実に収まっていたからだ。
先代一位は、アキの姉であり、二位はアキの父親であった。
三位以下は他の研究者達であった。
アキは嫁入りが決まっていたため、臨時の職員として父親の手伝いをしていた。
アキの父親は婿養子であったが、その実力はたしかな物だったため二位にまで上りつめることができた。
その腕に当時一位だったアキの母親が惚れ込んで、今に至る訳である。
父親は、ドレッドノート家とは縁もゆかりもない一般人であった。
他の家との結び付きを重視する貴族社会では、異質な恋愛結婚となったが滅亡するその時まで夫婦仲は良好だったとか、最後は喧嘩が絶えなかったとか噂には事欠いていない。
ただ、一説には旅先で行方不明となった娘の死亡を知っていて、禁忌である反魂の魔法を使い、そしてそれに失敗したのではないかとも云われている。
反魂の魔法と言うのは、魂をこの世に呼び戻し生き返らせる魔法である。
倫理に反する上、危険なため禁止されている魔法である。
さすがに末端とはいえ貴族であり、魔法の第一人者である一族達が死んだのだ。
捜査は慎重に進められたが、その後、経過報告も何もなく気づいたら食中毒事故として片付けられていたようだ。
「アキ・ドレッドノート、この人が陛下の最初の婚約者」
文字だけの、今は死者扱いの女性の名を口にする。
このアキの行方不明についても、エンタープライズ家黒幕説が登場するあたり、本当に他人は面白おかしく物事を脚色するなと思う。
陰謀論のほとんどは、暇潰しの【こうあってほしい】、【こうだったらお話としておもしろい】から来ている空想に過ぎない。
最近では、アーサー・エンタープライズがすべての黒幕だとも言われているようだ。
人の空想と妄想は底がない。
そして、とても残酷だと思う。
それで、ネタにされた誰かが傷ついても、口にして面白がった当人達は傷つくことは無いのだから。




