伝説と歴史と陰謀論
召し抱えた賢女に、王は心を奪われてしまった。
後宮は、その噂で持ちきりだった。
さらに、賢女は潰しあった王子達が虐めて捨てた、唯一生き残った王子の帰還に一役かったらしい。
その王子には婚約者だか、妻だかが既におり、更にはその腹には新しい命が宿っているとかいないとか。
他に跡継ぎはなく、更には次の王子か姫を妊娠しているらしい娘の噂で後宮は持ちきりだった。
噂話の真偽は確かめようはない。
何故なら、基本妃達が後宮を出ることは許されていないからだ。
どうしても確かめたいのなら、外にいる者を呼び出しと応接間で話を聞くしかないが。
そんな手間をかけてまで、噂の真相を確かめようとする者はいなかった。
何故なら、噂だけで充分だからである。
そして、ジュリエッタはその噂に興味はなかったドロドロな大人の略奪恋愛
よりも、ふわふわな恋愛の方が話として好きだからだ。
どこの誰が妊娠してようが、正直どうでも良かった。
いっそのこと、その賢女の娘であり王子の婚約者だか娘だかがそのまま正室の椅子に座ってしまえば良いのだ。
少し前の面会から、アーサーからの連絡はなく。
そして、相変わらず王の渡りも無かった。
口性のない者達は、ジュリエッタを影で嘲笑っていたが、彼女は気にしていなかった。
それよりも最近は、この国の初代王の伝説の話を読み漁るのに夢中であった。
史実と伝説を元に再構成された作り話である。
この場合の史実とは、初代王やその側近達、もしくは同じ時代を生きた貴族が遺した日記に記されていたことである。
初代王はとにかく聖女に入れ込んでいたらしい。
信頼できる第一資料を分析して書いているからか、かなり斬新な話が出てくる。
この話を書いている作者は、お話と割りきっているからかそれとも表現の自由ゆえに気にしていないのか、話を読み進めていくと奇妙なキャラが登場したのだ。
それは、吸血鬼とその吸血鬼を使役する十代半ばの人間の登場であった。
吸血鬼はともかく、その人間の描写が酷く曖昧だった。
少女なのか少年なのかわからず、なによりも異質なのは吸血鬼を使役しているという点だ。
これが逆ならわかる。
吸血鬼と言うのは、亜人に分類されてはいるものの古代に存在した悪魔の血を引く末裔と言われている上位種だ。
そんな存在を人間が使役するなど、あり得ない。
そんな存在が人間に使役されるなど、普通では考えられない。
この登場人物達の存在が何故か気になった。
なので、城の中にある図書の中からこの作者が資料に使っているであろうものと同じ本を探してきてもらった。
ただし、後世の研究者が意訳したものだったが。
その資料の一つにその記述を見つけたとき、ジュリエッタは奇妙な高揚感に心が高鳴った。
この伝説を調べれば、聖女について、現れてしまった刻印について何かわかるかもしれないと思ったのだ。
聖女については謎がとにかく多い。
聖女が実在していたのは確かなのだが、名前が伝わっていない。
彼女がやってきたという、海の向こうの国がどこなのかすらもわかっていない。
そして、その最期についても伝わっていない。
何故伝わっていないのか。
墓の場所も不明なのだ。
王と聖女は結ばれたはずだ。
婚姻の解消があったという話は伝わっていないはずだ。
王の最期は伝わっている。
その墓の場所もだ。
しかし、聖女の墓は不明なままだ。
これは作品の後書きに面白おかしく書いてあったのだが、記録にも、王と一緒に埋葬されたという記述はないらしい。
ほとんどの人は、初代王と一緒に埋葬されていると思い込んでいるが、それは後世の創作であるらしい。
「でも、少なくともこの小説には、聖女の名前が書いてある」
これも創作なのだろうか?
ここまで信頼できる第一資料を使って書かれているのに?
わからない。
わからないからこそ気になる。
小説に登場する聖女の名は、【ハジメ】となっていた。
実在した聖女が産んだ子供は三人。
男女の双子と、歳の離れた女の子。
この歳の離れた女の子が後のドレッドノート家の祖である。
ドレッドノート家の創設者が女性であったことも、当主が女性であることと関係があるのだろうと推測される。
そして、女系と同時に他産の家系でもあったようだ。
行方知れずとなったドレッドノート家の娘にも姉が数人おり、その中の一番上の姉が次期当主として確定していたらしい。
力量では行方不明となった娘が相応しかったらしいが、総合的な能力で見ると姉の方が適任だったらしい。
男の子も希に産まれていたらしいが、長生き出来る者は少なかったということだ。
そういう呪いでも掛けられていたのかもしれない、と邪推したくなる。
しかし、真相は闇の中である。
ドレッドノート家はもう無いのだから。




