事情は人それぞれ
リディクはしばらくの休暇を言い渡されていた。
彼は、帰ったその足で墓参りへと来ていた。
彼の家はすでにない。
ドレッドノート家の悲劇の裏で、彼の家も無くなっていた。
ほぼ、時を同じくしてリディク以外は皆殺しにされた。
彼の家、その血は古くから続くものだ。
本当かどうかはわからないが、どうやら御先祖様は初代王に仕えた戦士だったらしい。
数代は家が繁栄したが、やがて没落。
今では一般庶民だ。
彼が騎士になったのだって、奨学生となって騎士学校を出た方が稼げるからだった。
安定した収入さえあれば食いっぱぐれることはない。
そこそこ平和で、退屈な普通の人生が一変した日。
つまりはリディクが家族を失ってから、今年で十四年になる。
当時三歳だった彼は施設と、ほぼ他人と言ってよい遠縁の親戚の家を行ったり来たりのたらい回しとなった。
そこそこ稼げて暮らすことに困らず、遊べる金が定期的に入ればそれで良かった。
そして、彼には家族がいなかったことも奨学生となるのに有利に働いた。
一般のそれとは違い、騎士となって国のために働けば返さなくていいのだ。
しかし、就職先がたとえば別の場所だった場合は返却義務が生じる。
悪運が強かったのか、騎士学校での上級生からの虐めの標的にされることもなく、それなりに楽しい学生生活を送っていた彼の人生が二度目の転機を迎えた。
なんの巡り合わせか、特別学級への編入を言い渡されたのだ。
拒否はゆるされなかった。
元々、悪運で生き残った命であるし、運命の理不尽と他人の手によって流され転がされ生きることに慣れてしまっていた彼は、この時もただ流された。
そこで彼は、様々なことを学んでしまった。
「今のところ、人は殺してないし。運は良い方なのかな」
墓参りをしたとき、天国にいるだろう両親と祖父母、そして産まれて間もなかった妹にそう言ってみた。
まだ、手は綺麗なままだ。
まだ、手だけは他の同期達と違い、血に染まっていない。
直接、手を下さなければ結果的にーー間接的に誰が死のうがどうでもいい。
このまま、綺麗なまま終われれば良いと思う。
皮肉だよなぁ、と思いながら彼はここしばらくの事を思い出す。
誰が敵なのかわからない。
だから焙りだせと言われた。
上司ーー現王からの命令に加えて、本来の上司からの指示である。正直、これ以上、仕事が増えないでほしいものだ。
国への不満がリディクには少なからずあった。
リディクの家族を殺した犯人はまだ捕まっていない。
いつの間にか捜査は打ち切られていた。
悔しいとか、憎いとか、そういう感情もたしかにあったが、それよりも身分の差による扱いの違いと、人が持つ他人への偏見。
家族が殺された事を、面白おかしく言う者や、捜査関係者の心無い言葉。
それらを向けられていたリディクはすっかり歪んでしまった。
不満を隠し、給料分は仕事をする。
不満はあるが、すっかり今に慣れてしまった。
リディクはそこそこ優秀な人間だった。
必要以上のことはしない。
リディクがもたらした情報でのあぶり出しは、そこそこ上手く行ったらしかった。
しかし、この旅の道中。
どうやら、リディクのような者が兵士の中に紛れていたようだ。
彼がそれに気づいたーー知ったのは、昨夜。
レイドが毎晩どこかに出掛けていたのは知っていた。
彼は、賢女の娘ーーナルの護衛だ。
その彼がどこに行っているのか気になってはいたのだ。
しかし、深追いしすぎて邪龍に敵対されても困るので、観察するだけにしておいた。
と、そこで、本来の上司から連絡が入った。
それは、紙を使った魔法で、鳥の形をした紙がリディクの目の前で形を変え、人形のような小さな、そして半透明の上司の姿が浮かび上がった。
くすんだ金髪の、三十代後半の男ーーアーサーだった。
『お前、わざとか?』
いきなりの言葉に、しかし、リディクは飄々と返す。
「なんのことでしょうか?」
『とぼけるな。お前、龍族のことなんて報告書のどこにも書かれてなかったぞ』
「あぁ、すっかり忘れてました」
『............』
「そう怖い顔しないでくださいよ」
『賢女のこと、どこまで調べた?』
「今のところ分かってるのは、隣国の出身。元貴族の愛人。
下品な表現が好みなら、少しマシな性奴隷と言ったところでしょうか。
まぁ、それでもよく手離したなとは思いましたけどね。あれだけの知識と魔法の技量、娘の方も中々のものだ。
上手く使えば」
リディクの報告に、アーサーは難しい顔のままその言葉を遮る。
『よくわかった。もういい。
次の仕事だ。休暇が終わりしだい、お前、賢女の娘の護衛につけ』
「賢女ではなく、娘の方ですか?
すでに龍神の強力な助っ人がいますよ。」
『それでも、だ。命令だ』
「わかりました」
『そうだ、もう一度訊くが。お前、他に【伝え忘れてること】ないよな?』
「ないです」
『特に、賢女のことで無いか?』
「無いです」
報告した以上のことが知りたければ、調べろと指示すれば良いのにと思いながらリディクはきっぱりと言った。




