過去は過去、今は今。たぶん女性の方がその辺冷静で冷酷かもって話。
謁見の間に現れた賢女と、捨てられた王子。
その二人を見て、自分の子である王子よりも賢女に現王は言葉を失った。
もちろん、それは驚きのためである。
「アキ」
思わず漏れてしまった名前に、聴こえていたのかいないのか賢女は深々と頭をさげた。
一方、捨てられた王子であるジョットはこみ上げてくる不快感を誤魔化すために、頭を下げてその表情を隠した。
自分の子よりも、他所の女。
いや、父にしてみればかつて愛した女性の成長した姿なのだから仕方ないのかもしれない。
アキにかつての少女の頃の面差しはたしかに残っているのだろう。
その証拠に、娘であるナルも、母似であった。
それしたって、と王族らしからぬ感情がわいてくる。
確信を持ってアキの名前を呼んだわけでもないのだろう。
ただ面影に思わず呟いてしまったという感じだ。
気づいているのか、いないのか。
そこからは、本来の件についての話し合いとなった。
王が呪いを受けたときの状況などが、報告され、現場に残されていた毒物などの情報も提示される。
その中で推測される限りの可能性を、アキは伝えていった。
やがて、次の問題へと話は進んだ。
ジョットについてである。
全滅したかに見えた跡継ぎが実は生きていたのだ。
しかし、王族や国の事情など知ったことではないので、アキはきっぱりとしかし、物凄く丁寧な物言いで、『ろくに管理も出来ずに好き勝手やらせていた息子と部下共の責任は親であり上司であるてめぇの責任だろ。
犬猫じゃねーんだ、てめぇらの依頼が終わったらすぐ帰る。必要以上に絡んでくるな』という意味合いの事を伝えたのだった。
端から聞いていたジョットも、アキのここまでの苦言というか上品な罵詈雑言は初めてで、人生の試練は人をこうまで変えるのかと別の意味で驚いてしまった。
母であるアキにとって、目の前の王は過去の恋人ではあるものの、結局結ばれることのなかった思い出の中の存在である。
この妙にサバサバしている所はナルにも受け継がれていた。
思うところがないわけは無いのだろうが、少なくとも未練は感じさせていない。
ジョットは人の頭の中が読めるわけではないので、結局アキの心情に関しては何もわからないのだが。
ただ一つ言えるのは、ナルにいつか同じことを言われて拒絶されたり、捨てられないように気をつけなければならないということくらいだ。
***
正直、瓜二つだと思った。
賢女の娘であるナルのことである。
賢女の旧姓については、残念ながらわからず終いだったと部下の報告に書かれていた。
ナルは、かつての妹分であり行方知れずとなった、アーサーの記憶の中のアキ・ドレッドノートに生き写しであった。
フードは取らなくて良いから、せめて顔は見せてほしいという宮廷魔道士の願いに応えたためである。
賢女の名前は調べがついている。ただ、こんな偶然があるのかという考えがあった。
同じ名前など珍しくない。
現に彼の【アーサー】という名前も、三人に一人はいるほどよくある名前であった。
彼の部下にも何人かいたろする。
そのため、愛称か略称か、それともそのままなのかはさておいて、【アキ】という名前も、アーサーほどでは無いもののそれほど珍しいかと言われるとそうでもない名前である。
「すまないが、君たちの姓を教えてもらえないか?」
駄目元でアーサーがナルに訊けば、その答えはいいえであった。
これは、まぁ仕方のないことだろう。
アーサーも正式な本名を伝えることは基本ない。
アーサー・エンタープライズと言うのは、公式な場で使う名前である。
魔法や呪術をかじったものであるならこの意味がわかるであろう。
名前とはそれだけ大事なものなのだ。
名前もそうだが、爪に髪の毛、皮膚片にしても基本細心の注意を払う。
それを奪われるというのは、奪った相手が悪意を持つ者なら力量にもよるが害を加えられてしまう。
同様に、直筆の物も利用されることがある。
応用すれば、強力なお守りにもなるがそうやって使われることが希である。
たとえば、血などを封じ込めた宝石のお守りなどもあるが、これは他人に命を握られているも同じである。
もし、そのお守りの効果を超えるような事態になり、そのお守りが壊されるあるいは壊れることがあれば、制作者の命を奪うことになりかねないからだ。
「すみません」
言えないことが多すぎて罪悪感もあるのだろう。
ただひたすらに謝ってくる少女に、アーサーは苦笑した。
(アキとは違うな)
とても気が強かった彼女と比べると、ナルはとても大人しい性格のようだ。
「チョコが好きなのかい?」
話をしつつ、茶菓子として出されていた最近流行中の菓子を少しずつ、しかし美味しそうに口にするナルに、アーサーは話題を切り替えた。
「あ、す、すみません! おいしくて、つい」
そこで、アーサーは退出させていたメイドを呼んでお茶のお代わりを持ってくるよう指示を出す。お菓子の追加も忘れない。
そこからは、部下の報告にあったナルが食いつきそうな話題を振ってその場を盛り上げた。
話し方が上手いからか、それともナルが人に慣れつつあるためか。
あるいは、その両方か。
アーサーの話す最先端の魔法研究の話に、ナルの警戒心はどこへやら好奇心に満ちた顔でその話を聞くのだった。




