自分の都合ばかりで悪いとは思ってる
一応、お忍びであるからか用意されていた馬車はとても地味なものであった。
乗り合い馬車と同じ物のようで、それなりの人数を収用できるようだ。
御者は、下級の兵士であった。
騎士団の者は馬で護衛にあたる。
産まれて初めての馬車に、小窓から流れていく景色を無邪気に眺めてナルは目を輝かせる。
「そういえば、不思議だったんですけど」
いつまでも白髪隠しのフードを取らないナルに、レーズィリストーーレイドが訊いた。
「レベルターレならアルビノって忌避されてるから、隠してたのはわかるんですけど、どうして白鴉信仰のあるアーバンベルグの人たちの前でも隠してるんですか?」
その言葉にジョットとアキがばつが悪そうに視線をそらす。
ナルはそのことに気づかず、そしてなんのことかわからなかったので、聞き返した。
「はくあしんこう?」
「えっと、本来なら白くない生き物が白い色を持って生まれるのは物凄く珍しい確率なんです。
で、白い色を持つ動物って地域や国によっては、とても神聖視されるんですよ。
白鴉信仰っていうのは、そんな考えの一つです。
これは白い鴉が神様、あるいは神様の遣いとして信じられていて、見ると幸せになったり、吉兆の証しみたいな扱いですね。
昔はそれこそアルビノの人間は現人神として保護されていたらしいですし」
その説明を受けて、ナルはジョットを見る。
ジョットは視線をそらしている。
構わず、レイドは続ける。
「まぁ、さすがに現代だとそこまでする場所も少ないですけどね。
ただ、アーバンベルグは少し特殊で、白鴉信仰が根付いたのには別の事情があったみたいですけど」
「別の事情?」
ジョットからレイドに視線を戻して、ナルは返した。
言われてみれば、ジョットは最初から白髪を受け入れていた。
そう、受け入れる土台があったと言うことだ。そして、シャルロッテもレベルターレでは忌避されている紅い瞳を見ても、驚き以上の感情は出ていなかった。
そう、アーバンベルグでもレベルターレと同じようにナルのような容姿が忌避されていたのなら、少なくともシャルロッテはナルの紅い瞳を見て、ギャーギャー騒いだはずだ。
それが、最初から無かった。
それをジョットと母に問いただすのは後回しにして、ナルはレイドの言葉を待つ。
しかし、それに答えたのはシャルロッテだった。
「初代王の伝説のことを言ってるんでしょう?」
龍族相手なので、声音に気を使い確認するように言ったシャルロッテにレイドは幼い笑顔を浮かべると首肯した。
「はい。その通りです。千五百年前の伝説に曰く、神の国からきた少女は、馬を必要としない、白い色をした荷馬車に乗ってやってきました。
この少女が聖女ですね。聖女の導きで初代の王は仲間を集め占領された国を取り戻します。その仲間の中に純白の翼を持つ者がいました。
伝説では聖女の賢属とも言われています。その純白の翼を持つ者は聖女の次に王のために働き、王のお嫁さんの一人になりました。
その伝説が派生してはくっついて、こねくりまわされて今の白鴉信仰に繋がっているんです」
「馬がいないのに動く車」
話を聞いているうちに、ナルの関心は白鴉信仰から別のことに移ってしまったようだ。
「聖女って、魔法使いだったのかな?」
「どうでしょう? 聖女が使っていた道具のいくつかは聖遺物として王都の記念館だったか博物館に展示されていると聞きました。レプリカですが」
ですよね? とレイドはシェルロッテに話を振った。
「まぁ、本物は飾れないからね。本物はドレッドノート家が保存していたはずよ」
シャルロッテ達には、ナルと母親のアキがドレッドノートであることは伝えていない。
なので、彼女が口にしたのは本当に偶然であるととった。
「ま、貴女の魔法の腕がどれだけ良くても伝説の一族には敵わないでしょうけけど」
勝ち誇ったように言うシャルロッテに、ナルは苦笑で返した。
アキは笑いをこらえている。
ジョットも複雑というか、可哀想な子を見る目で妹を見た。
その妹はと言えば、そんなことに気づかずに意地の悪そうな笑みを浮かべている。
まるで、ナルの反応を試しているようだ。
少しして、騎士団長が休憩のために馬車を止めた。
馬車から降りて軽く全員体を動かす。
ちょうど良いので、ナルはジョットへ訊ねた。
「ね、さっきの話本当?」
「さっきって?」
「ジョットのいた国だと僕の髪と目って嫌われてないって」
「それは」
「ほんとなんだ。ねぇ、なんで教えてくれなかったの?」
ずいっと、顔を近づけられてジョットはあーだのうーだの言葉に迷ったあと、護衛の騎士も誰もいない馬車の裏までナルの手を引っ張って連れていくと、真剣な表情で教えてくれた。
「理由は二つある。一つは俺の勝手な都合。国に戻りたくなかったんだ」
「なるほど。もう一つは?」
「言わなきゃダメ?」
「言わなきゃダメ」
フードの下から綺麗な宝石のような瞳を向けられ、思わずジョットは視線をそらしてしまう。
その瞳には怒りはなく、教えてもらえなかったという寂しさが少しだけ浮かんでいた。
「独り占めしたかったって言ったら、ナルは怒る?」
「?」
意味がわからなくて、きょとんとしているナルのフードに触れる。
触れながらジョットは周囲を見回して誰もいないことを確認すると、
「ごめん」
そう言って、そのフードを取ってしまう。
現れたのは、太陽の光を浴びてさらに輝く白髪だ。
その頭ごと自分の胸へ抱き寄せて、ジョットは小さく、だがはっきりと言った。
「君は美しすぎるんだ。君の髪もその瞳も俺だけのものにしたかった。他の者の目に触れさせたくなかったんだ」
「ジョット、それはさすがに嬉しいけど恥ずかしい。他では言わないでね」
思った以上に熱くなってしまった顔を隠すために、ナルはフードをかぶり直す。
それでも、リンゴのような赤さは隠せていなかった。




