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聖女認定された側室少女も困っています

 腕に訳のわからない入れ墨のような紋様が現れて、意気揚々と報告に行って事態は彼女の思惑からずれてじまった。

 彼女ーージュリエッタの、これで故郷に帰って自分の時間を楽しもう作戦が完全に消えてしまった。

 むしろ待遇が良くなりすぎている。

 部屋も移動となった。

 今は何故か次期正室が使う部屋をあてがわれ、侍女の質も上がった。

 野良の犬猫のように扱われていたのが、いきなり人間扱いになったと言った方が理解しやすいだろうか。

 食材が文字通りそのまま出てくることもなくなり、調理された他の側室に出されているものよりも少し上等なものが出てくる。

 その待遇の違いに思うところがなくもなかったが、料理には罪はない。 

 そして、現状いまだに王の渡りはなく、さらに言うならこの紋様がなんなのかという説明もなかった。

 説明は無かったが、何となくこれが何なのかは勘づいた。

 各国の神話を集めた本の中に、それらしい描写があったのだ。

 しかし、すぐにその考えを改める。

 神話は神話。お伽噺だ。

 まさかな、という思いと。もしかしたら、という考えがジュリエッタの中でぐるぐると回る。

 他に資料があればもう少し詳しく調べられるのに。 

 もしくは、きちんとアーバンベルグ側からの説明が欲しいところだ。

 しかし、答えが示されないなら自分で調べるかしかない。

 幸いにして時間ならあるのだから。


 紋様が出て数日後。

 ジュリエッタの疑問、その一部は解消された。

 いきなり呼び出されたのは、女達の世界である後宮の建物の中にある応接間。

 ここは普段、現王に嫁いだ他の妃達が商人とやり取りをするために使う場所だ。

 そこに待っていたのは、宮廷魔道士である。

 制服であるローブ姿の彼は宮廷魔道士の中でも最高位の存在だ。

 魔導士の階級は着ているローブの色でわかる。

 ちなみに最高位は紫色のローブである

 彼の名前はアーサー・エンタープライズ。

 王の幼馴染みであり、かつて存在したという伝説の魔法使いの一族の血が入っているという名門貴族の次期当主だ。

 事前に新しく配属された仕事熱心な侍女から聞かされた情報を頭の中に広げる。同時に彼女の仕事ぶりに感謝した。

 知っているのといないのとではだいぶ心証が違うし、対応もしやすい。

 アーサーは、まず今までのジュリエッタへの扱いに対して頭を下げてきた。

 正直なことを言ってしまえば、ジュリエッタは後宮での扱いに対してはとくに何も感じていなかった。

 ほぼ自由だったからだ。

 どうせならダメ元でこの後宮の敷地内で空いている花壇を畑にでもすれば良かった、そんな場違いなことを考えながらジュリエッタはアーサーに言った。


 「宮廷魔道士の中でも、最高位の方がきたということはこの不可思議な紋様について説明をしてもらえる、ということで良いのでしょうか?」


 この数日。待遇が良くなったことを利用し、少々図々しい願いをすることも増えてきたジュリエッタはこの国の歴史についても侍女や侍従に話してもらうことがあった。

 後宮という魑魅魍魎だらけの場所に勤めている連戦の猛者達からすれば、可愛いお願いの部類であったので、快く話してくれた。

 その知識も助けになった。

 伝説の魔法使いの一族ーードレッドノート家。

 下級貴族でありながら、この国ではその存在は庇護されていた。

 ジュリエッタが生まれる前に、不幸な食中毒事故で一家は全滅。

 唯一、国外を外遊していたらしい娘は行方不明。

 早い話が断絶してしまったのだ。

 しかし、下級貴族ながら他の貴族と同様、他家との結び付きを婚姻によって得ていたため、薄くなりはしたもののドレッドノート家の血は受け継がれていた。

 それが、目の前のアーサーという存在だった。


 「えぇ、と言っても貴女は独自に調べていたようですが」


 腹の中を探りつつ、アーサーは言った。

 そして、続ける。


 「それは、ほぼ聖女の証であると結論付けられます。

 歴代の、歴史の中に登場する聖女についてはご存じですよね?」


 「はい」


 「神子(ノア)を宿すという役割も?」


 「えぇ」


 「では、こちらの説明は不要ですね。それが全てです」


 説明する気がないわけではないのだろう。

 ただ、今の確認以上のことをこの宮廷魔道士も知らないのかもしれない。

 穏やかな笑みを浮かべる青年をジュリエッタは見る。

 アーサーの実年齢は知らないが、現王と同年代だったはずだ。

 と、すると三十代半ばか後半くらいだろう。

 しかし、この国の男性にしては、女性の扱いが丁寧なようにも感じる。

 女性の人権はたしかに保障されている。

 しかし、保障されているということと偏見と差別の意思はまた別のものだ。

 

 (この国は、なにかおかしい)


 女性の取り扱い。それが一定の年代より上の人間には顕著になっている。

 そう、ちょうど現王を境目にすると、より分かりやすい。

 人間扱いされていなかったわけではないのだろう。

 ただ、現王よりも上の世代になると女性は子供を孕み、産む道具扱いがとても顕著になるのだ。

 現在の正室や他の側室が良い例かもしれない。

 彼女達がどういった経緯で正室になったのかは知らないが、ただ選ばれた基準はわかる。

 王の好みである年上の女性であり、そして出産して間がなかった者達ばかりであり、そして子供を産む道具として扱われても不思議に思わない、感じない、考えない女性達。

 彼女達の過去もそれなりのものだったのだろうとは、噂話で察せられた。

 中には父親が誰かもわからない子供を出産したらしい令嬢もいたと、ふるい噂話できいた。

 そう、貴族の中だけ、女性の価値が決まる基準がずれているのだ。

 どれだけたくさん、子供を産めたのか?

 傷物だろうと関係ない。どれだけ質の良い次世代を産めたのか?

 実際、どの腹から生まれたどの子がどれだけの功績を残したのか、王家の図書室にはその生々しい記録が残されていた。

 その記録が目につくところにあった、それだけでも異常だ。


 それが改善に向かうのが、先代の王の時代。

 それでも、意識がいきなり変わることはない。

 先代も、改善をしつつもそれでも女性達を子供を産む為の道具扱いした節がある。

 それが今の正室と側室達だ。

 意識改革がされる前の世代。

 

 「いいえ。きちんと話してください」

 

 「そう言われましても。貴女様が聖女とわかった。その刻印はその証明であるーーこれ以上の何を話せと?」


 「ドレッドノート家」


 試すようにジュリエッタが呟けば、アーサーの顔が険しくなった。


 「この家は実に不思議な家ですね」


 「親戚です。魔法の神に愛されていましたから」


 「らしいですね。しかし、私が言いたいのはそういうことではありません。

 なぜ、この国でこの家だけが、正統な当主が女性なのかということです」


 「驚きました。そこまで調べていたとは」


 アーサーは先を促す。


 「その答えも、本に載っていました。こういった歴史は観測側の都合の良いように改竄されていくものですが。記述が残っていることにも驚きました。

 ドレッドノート家は、最初の聖女の直系なのですね。つまり、この国の初代国王ーーレオンハルト・ノエル・アーズベルグと最初の聖女の間に生まれた子供、その一人が興した家」


 「貴女が聡明な方で嬉しいです」


 「私が言いたいのは、何故聖女の血が入っている方達にはこの刻印が出ないのか? と言うこととどうして縁もゆかりもない私にこれが出たのかと言うことです」


 アーサーは、ジュリエッタにかつての妹分を重ねる。

 これくらい好奇心が旺盛な子だったなと、思い出しながらアーサーは優しく微笑んだ。

 

 「前者の質問に答えられる者はもはや彼岸の存在です。後者もまた同様の理由で答えられないんです」


 「ドレッドノート家の者でしかわからない、と」


 「正確には、正式な当主と当主候補しか知らないと言ったところです。

 ドレッドノート家は女系でした。

 あの家にとって魔法、神秘の極意は口伝による一子相伝でした。

 それは伝承もです」

 

 口伝による一子相伝。それも女系ときいてジュリエッタは言葉をなくしてしまう。

 あまりにもリスクが大きすぎるのだ。

 それだけ重要な何かがドレッドノート家にあったのだろうとは思う。

 

 「聖女について話せることはここまでです。

 ジュリエッタ様、こちらの本題に入らせていただきます。

 貴女様に刻印が現れたことにより、少々めんどくさいことになりそうです」

 

 「これ以上にめんどくさいこと、ですか」


 「貴女にあてがわれた部屋、それだけで気づいていると思っていましたが」


 気づいていた。

 でも、見てみぬ振りをした。

 それだけだ。


 「なにもかも後手後手で申し訳ないです。せめて、もう少しだけ籠の中の生活を過ごしていただけたらなと」


 どの国でもそうだが、一枚岩の場所何てないのだなとジュリエッタは察した。

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