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問題がない場所なんてない

 官民問わず、どこの職場でもそうだが報告、連絡、相談は重要である。

 しかし、意外とこれが行われない。

 このアーバンベルグ国では、下はしっかりとやっているのに上である貴族達がそれを無視し、押さえつけるというそれこそ男尊女卑並の悪習が蔓延っている。

 下の意見が通らない上、賄賂で要職につく、退職する年齢になっても居座り続ける糞狸じじぃが多い。

 そして下に仕事を投げるだけでなにもしない。

 それ故の不満が蓄積していき、先先代の王の頃はそれは酷い治世だったそうだ。

 それを少しずつ改善していったのが先王である。

 時代を繰り返させないために、国の制度が少しずつ改善されていった。

 それでも、賢王の在位中に全てを変えることは出来なかった。

 残された課題は現王に引き継がれた。

 現王も様々な困難に見舞われながらも、なんとかこの国をもっと良い方へ導こうとしていた。

 しかし、それは縁の下の力持ちであった下級貴族の消滅とともに下り坂を転がり始めた。

 その下級貴族がドレッドノート家である。

 魔法の神に愛され、神にも近づけたであろうと言われる一族だ。

 一部の上級貴族による妨害によって家を大きく繁栄させることが出来ず、家は小さいままだったが、魔法の技術力だけは軍や研究機関ですら敵わなかったと言われている。

 秘術、禁呪、様々な魔法に精通し、ドレッドノート家独自の研究成果の全てが記されている魔道書は、一族の滅亡で行方がわからなくなっている。

 公式の記録では、年に数度ある一族が集まっての食事会。そこで出された食事、その食材の一部に毒性の強い物があり注文を受けた料亭の料理人が誤って調理した結果起こった食中毒だとされた。

 集団食中毒の可能性が濃厚ではあったものの、この家は意外と敵も多かった。

 なので、食中毒と魔法による殺人事件の両方から捜査が開始された。


 「母さん、故郷にいたときなんかあったのかな?」


 「さぁ?」


 王都への出立を明日に控え、なんとか準備を終えた後。

 アキの自室に、ナルとジョットの二人は呼び出された。

 龍神とレイドの姿はなく、シャルロッテは騎士団長とリディクによって荷物を纏めているところだ。

 つまりこのアキの部屋には、三人しかいない。

 促されるまま、用意されていた椅子に座る。テーブルには茶と茶菓子が置いてあった。

 故郷に戻る前に、とアキが話始めたのがアーバンベルグでの実家のことである。

 この件は、瞬く間に大陸中を駆け巡った。

 それは、アキが身籠ったのとほぼ同時期だったらしい。

 帰る家がなくなり、そもそも精神がズタズタだった彼女に、この噂は大打撃を与えた。

 アキが妊娠を知ったのは、その直後のことだった。

 ちょうど、今のナルと同じ十三才の時だ。

 その翌年、十四才でアキはナルを産んだのだ。

 他の国ではこれはかなり早い出産になるらしいが、アーバンベルグでは貴族の学生結婚は普通だった。

 妊娠の間は学業を休み、そのまま奥の仕事をするため自主退学するか、学業を続けるかは自己判断と嫁いだ家の判断に任されていた。

 というのも、使用人の中には同じように子を産んで乳が出るものがいたからだ。

 その者を乳母として子供を預け、面倒をみてもらうということも普通だった。

 面倒を見てもらっている間に学業に勤しむのだ。

 だからアキは、他の国ではまだまだ子供だと言われる年齢での出産に抵抗はなかった。

 ただ、孕まされ、当時は腹にいるナルに嫌悪感を抱いたこともあった。

 しかし、自分と腹の子しかもう家族がいないのだという現実が、アキを【ナルの母親】へと変えていった。

 ナルにこうしてきちんと実家の事を話すのは二度目である。

 最初は、この森に移り住んだときに軽く説明したくらいだ。

 ただ、レベルターレにいた頃はあの家に派遣されてくる口さがない使用人達の鬱憤の捌け口とばかりに、要らない話を聞かされていたようだが。

 ナルが大人を怖がるのは、何も実の父親にされたことばかりが原因ではない。

 いろんな大人から、醜い話を無理矢理聞かされていたというのもあるのだろうとアキは思っていた。

 なるべく耳に入れないよう、アキなりに気をつけてはいたが全てを止めることは出来なかった

 言葉は人を救いもするし、傷つけもする。

 それは、人を殺めることだってできる、魔力を付与されない魔法だ。

 それこそ、誰にだって使える魔法だ。


 「お父様、ナルにしてみればお祖父様ね。

お祖父様の手伝いで、色々書類の整理をしていたんだけど、もうね、酷かったのよホウレンソウが。

報告があがってこない、魔道研究の術式仕様が許可なく変更されてる、理由を求めればこっちの方が良いと思い、良かれと思って変更したとか反論というか言い訳を言ってくるお局様がいて、とっても、そう、とっても苦労したわ。とってもね」


 かなり苦労したんだろう、『とっても』が三回続いた。


 「お祖父さん、っていうかお母さんの一族ってすごい人達だったんだね」


 ナルも充分に、ドレッドノート家に恥じない実力を持っているが、今まで比較対象がいないかったので、どれくらい凄いのかという実感がない。

 せいぜい、ずっと使ってるから使いなれているという認識だ。


 「この際だし、王都に着いたらお墓参りに行きましょう」


 「え」


 「良いの。こんな形になったけれど、きっとお父様達は喜んでくれると思うわ」


 その話を、扉を隔てた廊下で聞いている者がいた。

 シャルロッテである。

 この家は隣室の音は遮断するのに、廊下へは声が届くように作られているらしい。

 だから、部屋の中の話が聞こえたのだ。

 そもそもシャルロッテがここに来たのは、ナルが洗濯したであろうシャルロッテの残りの服の在処を聞くためだ。

 主に下着とか。

 それが、まさか滅んだとされる一族の末裔ーー生き残りだったとは。

 一部では魔法に呪われ喰い殺されたと噂がある、呪われた一族の末裔。

 途端に吐き気が込み上げてきた。

 穢れた一族の人間に、高潔な王女である自分が世話をされていたという、事実。

 しかし、吐くことはなかった。

 この事実を報告すれば、ナルは一人ここに戻ってくることになるだろう。

 兄は熱を入れているが、それもここまでだ。

 何しろ学もほとんどない兄が、呪われた一族の事を知るはずはないのだから。

 知っていても、一般受けしやすい、いい話ばかりだろう。

 なら、いくらでもやりようはある。


 「あんな下賤な女が王家の子を宿すなんて、絶対にあってはならない」


 高貴な血を守るためだ。

 そこに穢れた血はいらない。

 もっと相応しい人間でなくてはならないのだ。 

 


 

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