顔合わせ
朝食の時間と共に、現れた龍神。
珍しく、知人だと紹介された少年はペコリと礼儀正しく頭を下げた。
「人の発音で言うと、レーズィリストが近い発音になります。
どうぞこれからよろしくお願いします。ナルさん」
「あ、ご丁寧にどうも」
レーズィリストは龍神と同じ龍族の子供らしい。
子供と言っても、すでに数百年以上を生きているのでナル達人間よりも年上である。
「知り合いには邪龍さんって呼ばれてます」
冗談めかして可愛く言うレーズィリストに、同席していた騎士団長とリディクは目を丸くする。
「えっと、つまり悪い龍さん、ってことでしょうか?」
騎士団長達の様子に気づかず、ナルは純粋な疑問を口にしてみた。
「まぁ、そうですね。人から見れば狩られても文句は言えない程度には悪い龍かもしれないですね」
あはは、と楽しそうに返すレーズィリストとナルのやり取りは声さえ聞こえないよう耳をふさげば、のほほんとしたやり取りにしか見えない。
邪龍、それは龍神とはまた違う存在だ。
国を滅ぼし、人を大量虐殺する凶悪な存在である。
龍殺しでない限り太刀打ちなど出来ない。
それもこうして人と意志疎通できる個体がいるなど聞いたことがない。
邪龍と呼ばれる龍は、言うなれば破壊の権化である。
千年を生きた他の龍と違って、人の言葉を理解することもなくただ暴れ国を滅ぼす存在だ。
そう、人からは見られていた。
「娘、お前の護衛にはこれ以上ない人選ならぬ龍選だろう」
自信満々な龍神に、何故かレーズィリストも誇らしげだ。
「護衛、ですか?」
「そう、お前は母とそこの番の少年と共に行くのだろう?
妾も着いていきたい所だが、場所を離れるわけにはいかないのだ。
妾の代わりに、この童の出番、というわけだ」
これにはさすがに、リディクも顔を引きつらせた。
この森から王都までは馬車で数日かかる。その間にナルへちょっかいをかけようと画策していた彼は、その計画の破綻を知った。
知性と理性のある邪龍という、異質な存在が護衛につく。
それも、子供の姿をしている。
リディクはこの数日、この家に滞在し賢女とその娘、そして次期上司候補である少年の観察を行っていた。
気づいたのは、ナルが特に騎士団長への警戒というか怯えが強いということだった。
リディクに対しても、怯えているが熊のような体格の団長と、着痩せするためひょろく見えるリディク。リディクの方が背も小さい。
最初は他のーー今まで相手をしてきた女性のように見た目で判断しているのかと思っていたが、それも違うとわかってきた。
と言うのも、ナルの目に宿るのは純粋な恐怖だったからだ。
目は口ほどに物を言う。
これは本当だ。
今まで接してきた女達は、近づく男達を値踏みし、男が女の気を引くためにその身を飾る装飾品を観察していた。
家柄もそうだが、目の前の男は自分をどのような位置で見ているのかという事をしっかり、観察しているのだ。
あの舌舐めずりする、獰猛な魔物や肉食獣のような光はナルには宿らなかった。
また、演技の上こちらを品定めをしているのかとも思ったがそれも違う。ただ、招かれざる客を警戒している、ただそれだけの得たいの知れない存在への恐怖だろうかとも考えた。最初は田舎娘だからかとも考えたが違う。
田舎の住人というのは、その土地柄にもよるが同じ余所者でも比較的【客】には愛想が良い。
しかし、都会や他所の集落から婚姻のため嫁いで、また婿にきた人間にはとても冷たいものなのだ。
それでも、婿にきた男は働き手であるからか、まだ扱いはマシで、女への扱いは九割がた酷いものだ。
都会では駆逐され、貴族の中に洋式美として残っているかどうかという古くさい男尊女卑が未だ強い。
そんな隔絶された田舎娘の例に漏れない態度だと考えたのだが、少し違った。
と言うのも、他所から結婚のためにやって来た人間というのはそれこそ何十年も受け入れられることはないのだ。
しかし、ジョットは受け入れられているし、騎士団長とリディクの事を怖がってこそいるが冷たいそれではないのだ。
嫌っているとも違う。
実際、リディクには少しずつだが慣れてきているように感じられた。
それは、騎士団長にも言えることだった。
ナルは騎士団長にも慣れつつある。しかし、あの宝石のような瞳に宿るのは未だ恐怖である。
異性への恐怖ではないだろう。そんなものがあったら、そもそもナルとジョットは深い仲になっていないはずだ。
ある年齢層への恐怖。リディクはそう答えを出した。
しかし、答え合わせは出来ていない。
出来ていなかった。
それが今日、確信に変わった。
邪龍の登場だ。
邪龍直々の自己紹介で、彼が雄であることがわかった。
ナルやジョットより年下の外見ではあるが、それでも男とわかる顔立ちの邪龍に対して、ナルは恐怖も警戒心もその瞳に宿すことなく普通に接している。
結論として、ナルは自分より一定以上年齢が上の人間に対して恐怖を抱くということがわかった。
今のところ、母であるアキや親代わりである龍神に対する恐怖は抱いていないように見えるので、年上の他の女性に対しても騎士団長やリディクへのそれと同じ感情を宿すのかはわからない。
「そんなわけで、またここに戻るまでの護衛となります。
これからよろしくお願いします。ナルさん」
「あ、はい、えっと」
「呼称は好きにしてください。知人や友人は略してリストとかレイドって呼ばれてます」
「では、レイドさん。こちらこそよろしくお願いします」
これは、つまり龍神の再度の警告だ。
ナルを傷つけることが起きれば、いつでも国を滅ぼすという警告。
その事を騎士団長も理解しているのだろう。
重くのし掛かる責任感と重圧に顔を青くしていた。




