密命を受けた近衛騎士
気絶したシャルロッテの周囲に、魔方陣が描かれる。
それはたった一つだ。
「へぇ」
その魔方陣を展開させている、賢女の実子を騎士団長とともに来た若い騎士は見た。
次に、目的の唯一生き残った王子を見る。
なにしろ他の王子達は、殺しあって全滅してしまったのだ。
現王の正室は五十を過ぎている、王子どころか姫を産むことは難しいだろう。
それは他の側室にも言えることだ。そのほとんどが出産率が下がると言われている三十代後半から五十代なのだ。
唯一、まだ手は着いていないが、王位継承の争いが起こる直前、王が倒れる前に輿入れしてきた側室がいる。その側室はナルやジョットと年が変わらなかった
はずだ。
輿入れまでに、なにやら色々あったらしいが詳しいことは若い騎士ーーリディクは知らない。
しかし、このお家騒動と普段の執務で王は多忙であり、他の側室達の嫌がらせによって新入りであり一番若い側室は引きこもっていると聞いている。
後宮は質こそ違うが弱肉強食の世界でもある。
視線の先には、次代の唯一の王候補、その婚約者の少女が楽しそうに魔方陣を展開させていた。
術式は治癒魔法である。
シャルロッテの顔には傷はないが、貴金属を身につけていたので腕輪の部分が火傷しているように見えた。
それを治しているのだろう。
しかし、先程の魔法といい、今使用している治癒魔法といい顔こそわからないがナルは中々の魔道士であるとリディクと騎士団長は実感した。
これで美しい顔立ちだったのなら、と思わなくもないが顔を隠しているのには相応の理由があるはずだ。
女性ともなればひょっとしたら消えない傷痕でもあるのかもしれない、とリディクは邪推していた。
確認出来れば良いのだが、龍神とジョット、そして賢女がそれとなく牽制しているので下手な行動が出来ない。
やりたくはないが、ジョットから婚約を破棄、解消するとは思えない。
なら、気の弱そうなナルの方を攻めるしかないだろう。
女性というのは、己の外見を気にする。より美しくなろうとする。美しさを保つため、化粧をしている。
正直、側室達は化粧をしなくても美しい顔立ちではあるのだが、これも子孫を残すための人間なりの生存競争の一つなのだろうと思う。
より優秀な血を残すため男に選ばれるための、手段だ。
そして知っている、気弱な人間というのは己に自信の無いものが多いということに。
ナルが引け目を感じているのは、その他ならない容姿だということをそれなりに女遊びに激しいリディクは見抜いていた。
リディクは黒髪黒目の、何処にでもいる青年だ。
末端ではあるが近衛騎士として働いている。
今回は王の勅命であり、密命を受けて騎士団長の供としてここにやってきた。
我が儘姫のお守りももちろん兼ねているが、あくまで最優先事項はジョットとナルの婚約の解消と賢女の助力を得ることである。
方法は任せるということだった。
「さて、どうするかな」
龍神の威圧は面倒だし、何とか彼女と話すことは出来ないだろうか。
リディクはナルヘどうやって接触するか考える。
見たところ、すでに二人は深い中になっているようだ。
これで、子供が出来たのならますます任務は難しいものになる。
いまのところ、それは無いようだが。
まずは話してみてやり方を考えなくてはならない。
と、そこで今がチャンスだとリディクは気づく。
勝負はとりあえずカタはついたし、治癒魔法を展開しているとはいえナルに龍神とジョットが近づいて話しかけている。
騎士団長も、和やかな彼らを見てそちらへ歩き出す。
なら、これはチャンスだ。
話す切っ掛けになる。
女とは単純なものだ。
至高の存在のように褒め称え、上げれば勘違いをする。
顔立ちにコンプレックスがあるならなおのこと、ジョット以上に優しく接すれば会話くらい出来るはずだ。
「スゴいですね」
騎士団長についていき、横からリディクはナルヘ声をかけた。
半分は心からの称賛、もう半分は打算で話しかければ目深に被ったフードの下に隠された紅い瞳が一瞬リディクを映した。
まるで宝石のような紅い瞳は、しかしすぐにフードの下へ隠れてしまう。
「いえ」
そこで、魔法の展開が終わった。
シャルロッテの怪我を治し終えたのだろう。
「謙遜しないでください。貴方のような魔法の腕が良く、美しい瞳の女性は初めてです」
まさに、普段姫達にするように恭しく礼をすれば、ナルは戸惑っているようだった。
危害は加える気はないのだが、龍神が口を挟んできた。
「ナル、それとジョット。
家に戻っていろ。お前とは妾が話す」
龍神にリディクは苦笑する。
「人の物に手を出す趣味はないですよ、俺。
まぁ見たところ、ナルさんは美しい女性のようなので、手を出す気はないですが話くらいしたいと思うのが人情でしょう」
「おい、慎め」
騎士団長の非難がましい声をリディクは無視する。
「読めない人間だな。嘘はついていないいようだが。しかし嘘をつかないという事と信用できないのはまた違う話だ。あの娘に近づくな」
龍神の警告に、リディクは肩をすくめた。
 




