能ある鷹は爪を隠す、なら龍は?
シャルロッテは、我が強い。
それも、悪い方に。
痛い目を見てもここまで反省しないというのは、いや学習しないというのは才能なのかもしれない。
「どうしてこんなことに」
ナルは憂鬱そうに呟く。
龍神の縄張りである森の中には、拓けた場所がいくつかあった。
その中の一つにナルと、シャルロッテは向かい合って立っている。
「お前の妹を見ていると、古い知人が言っていた【愛すべき馬鹿】という言葉がしっくりくる」
「まぁ、あいつは底無しのアホウですけど」
それにしても我が妹ながら、アホウの頂点に立つのはやめてほしい。
シャルロッテはナルとの果たし合いを望んだのだ。
アホウである。どうしてそのような思考になるのか、昨日、龍神によって宙吊りにされたとき、頭をかちわる方向で話が進めば、摩訶不思議な妹の頭の中を文字通り確認できたというのに、ナルが必死になって止めたので出来ず終いだった。
「おそらく、自分より下だと位置づけた者には容赦しない性格なのだろうな。ああいう者には言葉は通じない。何がなんでも自分が相手より上だと言うことを知らしめなければ気が済まない」
「もしも知らしめることが出来なかったら、どうなると思います?」
「おそらく、悔し泣きしてズルだなんだと騒ぎ立てるだろう」
今まで、王室の世界しか知らないシャルロッテにとって立場や身分が上の者に負けることはあっても、下の者に負けることはなかった。
「妹の鼻っ柱が折れてくれれば、おばあ様のようにとまではいかなくてももう少し淑女らしくなってくれると期待してたんですけど無理そうですね」
「そうならないわけではないが、それこそ今までの価値観、主観から見る世界を壊して、心を壊して、人格を再構築させないと無理だ」
「馬鹿はよく聞きますけど、アホウも死なないと治らないってことですか」
視線を婚約者と妹、それから少し離れた所で成り行きを見ている騎士達を見る。
今回、騎士団長共にきた若い騎士。
龍神が、シャルロッテへ一度目のお灸を据えた時、そして二度目の時。
どちらも、剣に手をかけつつ、しかし抜き放つということはなかった。
そう、あの龍神の動きに反応していたのだ。
それは、あり得ないことだった。
そう、普通の人間なら仮にも神と呼ばれる存在に、職務とはいえそれを全うしようとすること自体、出来ないのだ。
殺気、存在感に体がすくむからだ。
上位存在に下位存在は手を出せない。そのはずだ。
「人間の言葉でいうなら、そう言うことだ」
ちなみに、アキはこの場にいない。
いつものように人里へ出かけている。
アキは、出掛ける寸前にナルへ何か耳打ちしていたが、いったい何を言っていたのかわからない。
ただ、耳打ちされた時、明らかにナルの表情が驚き、そして戸惑ったものに変わったことはよく見えた。
「それより、愛しい婚約者の顔に傷がついても良いのか?」
試すように龍神に言われ、ジョットは苦笑する。
「ナルがこの世で最高位の魔法使い、魔道士であることを俺は知っていますから」
「いまだに、式展開がぎこちないものなお前は」
「ナルが凄いんですよ。もっとちゃんとした世界で育ったなら、きっと俺はナルに手を伸ばすことも、いいや触れることすら出来なかったと思います」
住む世界が違いすぎて、きっと出会ってすらいなかった。
でも、現実はこうしてナルの横にいることができる。
並び立つにはきっとまだ不釣り合いだ。
それでも、ナルがジョットを支えてくれるようにジョットもナルを支えていきたいと願って、それが叶ったからこそ今がある。
「お前は元王族だろ。ヒトの世界は自由になる金があるのなら人の運命さえ金と権力でなんとでもなると聞いたことがある」
「王族もピンキリですよ。それと、金と権力手に入れられるものも限りがあります。ナルの心と優しさをそれで手に入れられるとも思えませんし、見極める目がなければ、結局本物を手にできないと思います」
ジョット達の視線の先で、先ほどからシャルロッテがキーキー喚いている。
どうやら、何も学習しなかったという見解は改めなければならない。
シャルロッテはナルを貶す言葉を選んでいるようだった。
ナルはといえば、困った顔で使い慣れた杖、スティックを握っている。
練習用の杖なので、制御を誤ってシャルロッテに怪我をさせることはないだろう。
一方、シャルロッテは何も持っていない。
「そんな道具を使っている時点で、貴女の魔法の実力なんてたかが知れるわね」
「あははは、耳が痛いです」
その笑いが、シャルロッテの癪にさわったらしい。
腕で何かを払い除ける動作をシャルロッテがすると、突風が生じて生えていた草をなぎはらい切り刻んでナルへと直撃した。
「んっ」
軽く杖を振るってナルはそれを迎え撃つ。
と言っても、ナルのそれは地味なものだ。
やり返すでもなく、ただ杖を振るっただけで魔法そのものがかき消えてしまった。
つまり、ナルは無傷である。
「?」
状況が把握出来ず、シャルロッテが今度は火の魔法を放った。
球の形をした炎は、やはりナルへと一直線に向かい、まるで何も無かったかのように消えてしまう。
「術式構成魔法は解きやすいから、良いけど。
なんだかズルみたいで後ろめたいなぁ」
そう困り顔でナルは小さく呟いた。
 




