抄
抄・・・古来の伝承等を書き記した書物。
本作は若干堅めの文体で書かせて頂きました。
予めご了承下さい。
卯月、降り積もった雪は溶け、緩んだ気持ちを締め直すと新調したスニーカーにどことなく、違和感を感じた事だった。
バスの停留する二分前という、とても間に合いそうに無い時間に玄関を出る。ふわっとした寒さが、眉の濃い顔を刺した。
いつもであればそれは、高校へ行く時のルーティーンなのだが、今日に関しては、その限りでない。
鞄の中にあるのは教科書でなく小説だし、どうしたってそれは、勉強をする時の中身でない事は明白なものであった。
頭の中には既に、物語が広がっていた。
それは冒頭、必ず自身の身の上から始まる、ファンタジー。
読書が好きで、特に幼い頃なんかは文字を並べるのが大好きな少年だったのだが、どうも、私という人間は周りに馴染めない類いの、所謂『変人』だったと記憶している。
空想癖が酷くて、自己規制が利かなくて、大変手の掛ける子供だった事だろう。
身体的に、特に腕力が弱かった。有り得ないと思うだろうが、実際握力が一桁だった時期が長かった。
さてそんな、お世辞にも強い人とは言えぬ私が力を得たのは小学五年生、若干遅めの自我が芽生えた頃だった。
どうやらそれは調べてみると『夢遊病』とか言うらしいものの一種で、空想上の世界へと意識だけが旅をする・・・なんていう代物だというから驚きである。
私がしていた空想は大体、絵本や小説である様な世界。
魔法やら幻獣やらが未だ息づく、ファンタジーである。
それらを私は自由帳に書きなぐった。表やら絵やら、はたまた拙い文章だったりもしたが、兎に角書きなぐった。
そうしてそれを机の天板いっぱいに広げて、思いを馳せるのだ。
バスが揺れ、停留所に停まる。降りた先は市内随一、というより唯一のショッピングセンターだった。
ここには、結構大きめの書店がある。
それこそ遠出が出来ればもっと大きな書店へと行くのだが、あまりにもそこは遠い。インドア派学生にはそのモールが限界だった。
本屋だというのに煩いのがネックなのだが、数は流石に、中々多い。
フードコートが近くにあるせいで集中出来ない。
ああ、悲しい哉、意欲が失せた。
こうなるともう、私は何も買う事なく家へと引き返す。
駄目だ、静かでなければそこは、真に書店とは呼べない。
私はまたバスに乗り、市の端の方へと帰っていくのだった。




