12 お幸せに(祈り)
馬に乗り街道を走ること半日、とても重要な問題が発生した。
何事かというと、お腹が空いたのだ。
ここ数日は人目があったため、食べる量をかなり抑えていた。
それでも一般的な量を若干超えていたのだが、やはり足りないようで燃費の悪い躰が空腹を主張し始めたのだ。
そろそろお腹いっぱい食べたいな。
勢いで町をとび出したので食糧はほとんど持ってない。
昔から私に計画性というものはほとんど無いのだ。
ゴールを決めて突き進むが、その過程をその時の気分で選ぶのが何時ものパターンだ。
「お腹すいたな~」
私の言葉を聞いた馬がビクッと体を震わせた。
どうやら身の危険を感じ取ったらしい。
「安心しなよ、お前を食べる気はないから……まだ」
最後の言葉に再度震えた馬に、気にせず走続ける指示を出す。
はぁ~ ごはんどうしよう。
いっそ魔物でも襲撃してくれないかな~
最悪盗賊でもいいよ、汚いからあまり食べたくはないけど。
ほどなくして私の願いが天に届いたのか、私の鼻に魔物らしき匂いが前方より届いた。
初めて嗅ぐ匂いでどんな魔物かはわからないが、魔物の匂いに交じって人間の血の匂いがする。
商人でも襲われたのかなと思いつつ、食量確保のために匂いの元へ向かうことにした。
においの元には壊れた馬車と村人らしき3人の死体と、その死体を貪り食う<戦猪>が2匹いた。
道に散らばった荷物を見るに、おそらく買い出し帰りに襲われたのだろう。
<戦猪>は二足歩行の巨大な猪のような見た目で、それぞれ群れの階級により武器を持っていたり鎧を着ていたりする。
こいつらは木の棍棒を持っているが、鎧は着ていないので群れの中でも弱い部類のようだ。
馬を降りてまだ此方に気付いてない<戦猪>に向かい突撃する。
加速した私の体はあっという間に<戦猪>の元にたどり着き、そのままな勢いで振りぬいた剣が1匹の首を斬り飛ばす。
返す刃でもう1匹を斬りつけるが、さすがにこれは回避された。
「ブモッ、ブモォ~」
いきなりの襲撃で仲間を失ったため怒り狂った<戦猪>は、叫び声をあげて棍棒を振り回しながら襲い掛かってくる。
力はあるが怒りのまま適当に振り回した棍棒なぞ当たるわけもなく、カウンターであっさりと首を切り落とせた。
「今日は肉祭りだ~♪」
「ヒッーン!!」
「ん?」
大量の肉を手に入れたことがうれしくてはしゃいでいたら、後ろの馬から悲鳴があがった。
振り向くと馬の姿はなく、馬がいた場所に私の荷物が落ちていた。
辺りを見渡すと少し離れた空に馬を掴んで飛ぶ魔物らしき姿がある。
魔物は鷲の上半身に獅子の下半身を持っており、鋭い爪のついた鷲の足で馬を掴んでいた。
どうやら<鷲獅子>のようだ。
馬が傷を負っている様子もなく、丁寧に運ばれているので餌としてではなく番にされるのだろう。
<鷲獅子>は同族が近くにいない場合の発情期に、見かけた雌馬を攫い子作りをすることがあるのだ。
どうやらあの馬は雌だったらしい。
空を飛ばれると手の出しようがないので、馬の事は諦めるしかない。
末永くお幸せに(祈り)
馬の事は残念だけど以前村に来ていた商隊のお姉さんがしていた、寿退職をしたと思うことにしよう。
気持ちを切り替えて荷物を拾い脇の茂みに、<戦猪>の死体を抱えて持っていく。
ここなら食事の瞬間を見られる可能性が低いし、馬車の残骸を見た通行人に質問されることもない。
<戦猪>はいろいろと汚いが、解体すればあまり気になないし、食べやすくなるだろう。
適当に解体した<戦猪>の肉に、大きく口を広げて噛り付く。
生肉だが適度な弾力と油の旨味が広がりとても美味しい。
火を通して食べたいがいつ人が通るか分からないので、今回は我慢するとしよう。
それに出来るだけ生のまま食べた方が、より完全な吸収ができるのだ。
だから始めて食べる生き物は、そのまま食べるように心がけている。
それにしても最近食べていた動物の肉よりだいぶおいしく感じる。
やっぱり魔物の肉だからかな?
魔物は魔力の高い獲物を好んで食べて自身を強化すると言われているし、今の私は<愚かなる暴食>と言う立派な魔物の一種だしね。
魔物とは魔力で変異した存在のことだ。
変移することで肉体が大きく変わり、固有の能力や魔法を使うようになる。
そのため元が何か分からない魔物がかなり存在している。
そして他者の魔力を取り込むことでさらに進化するのだ。
ちなみに変異した生物の子孫は、親の変異前の種族ではなく変異後の種族となる。
魔力で変異する理由は諸説あるが、有名なのは古の時代に起きたと言われる神々の戦争ので、今は滅ぼされたり封印されたり眠りに着いた負けた神々が、世界の理として組み込んだからだと言われている。
かの神々は弱肉強食こそ生物の進化と繁栄に必要だと主張し、いずれは自分たちの領域までたどり着いてほしいとの願いを込めて、他者の魔力を取り込んで進化するようにした。
一方の勝った神々の主張は、創造された存在は我々が造り上げた世界で平和にすごし、神々に見守られながら神の子供達として、神々と共に歩んでいくことが一番と言うものだ。
子供に成長して自身に並んでほしいという思いと、何時までも共に過ごし見守りたいという思いの、どちらの親心が正しいかはもはや決めようがないだろう。
もっとも、世間に広まっているこの話自体もとうに廃れた宗教の聖書に記された記録らしいので、どこまで正しいかは分からないしね。
ちなみに世界最大クラスの宗教で、聖神アルスを崇めるアルス教はこの話を否定し、魔物は邪悪な神に魅入られたこの世界の敵として根絶を目指している。
余談だがこの話が記された聖書を持つ宗教を滅ぼしたのもアルス教らしい。
ちなみに進化することで知性や理性、強力な力を得た魔物を魔族と呼ぶ。
基準はあいまいだけど、有名なのは吸血鬼や龍種などだろう。
まあ、ただ魔力を取り込んでも簡単に進化とはいかないけどね。
魔力の摂取量以外にも条件がいろいろあるらしい。
魔境で隔たれた大陸の西側は彼らの領域であり、人間の領域である東側同様に様々な国を造っているらしい。
私も一応は魔族と言えるので、いつか行ってみようと思う。
とりあえず今は進化を目指し、ひたすら<戦猪>を喰らう。
今まではめんどくさくて、解体せずに直接食らい付き食べていたが、今そんなことをすれば服が汚れてしまう。
そのため今回は<戦猪>を解体したのだ。
さて、<戦猪>を食べたところで、恒例の強化といきたいところだが、問題が起きた。
吸収した<戦猪>の能力のほとんどが、今まで吸収した魔物の下位互換なのだ。
こいつら<戦猪>の中でも下位だったしね。
使えそうなのは脂肪くらいかな?
衝撃に強くて、いざという時にエネルギーになる。
躰に薄く纏ってみると、随分女性らしい体付きになったように思う。
人間だったころはこれから女性らしく成長する年頃だったため、今までは特定の部位の肉付きが薄く子供らしい体付きだったのだ。
……ついでに胸を少し盛っておこう。
お腹も膨れたため茂みから出て、村人の馬車だったものを漁る。
食料品がほとんどで、残りは衣服と僅かなお金だった。
もちろんお金は全て頂き、食料と衣服も持てるだけ持っていく。
そして私は変わり映えのしない街道を<ウォーレル大森林>目指しテクテクと歩いて行った。