第八話:撤退戦の困難
※※ 8 ※※
撤退作戦において「あーだ、こーだ」と一悶着あって、それから三時間……。
敵は一向にそれらしい動きを見せる気配がない。
しかし、まだ希望はある。
あたしの予想通り、敵軍がRS-7宙域で合流したのが何よりの根拠だし、もうそろそろ一気にカタを付けに動き始めてもよい頃合いなんだけど……。
正面、大型戦術ディスパネルに投影された彼我の簡略布陣図を見る。味方の少数単位に分かれたモザイク状の凹形陣に対し、敵軍は半球形陣で前衛部隊に張り付いているままだ。
当然、あたしたちが逃げたがっていることも、反撃に転じる余力も残ってないことも熟知しているはず。
となると、ここは我が軍にあらゆる攻勢手段を取らせないために行動の自由を奪っているとみえなくもないわよね。
そこが敵の思惑であり、一番気になるところ。
もし、仮に敵の作戦が単純に火線を密にして味方の防御陣を少しずつ削り取りながら物資・心身両面を消費させる作戦だったと考えるならば……。
最悪、このまま総力戦に持ち込まれてしまうならば……。
……命数はない。
昏倒しそうになる意識を叱咤させ、戦況集積情報と戦術コンピューターを連結させた。
総力戦になろうものなら敵自身、損害を無視できないはずだわ。
また、『窮鼠、ネコを噛む』じゃあないけれど、あたしたちに反撃の機会を与える前に、ここは情報用兵学上、圧倒的兵力で、しかも短期間で駆逐できる中央突破、しかる後に各個撃破という戦術しかあり得ない。
「そうよっ! 絶対大丈夫!」
あたしは上部スクリーンに投影されているかもしれない、見えない敵に向かってガッツポーズの姿勢で立ち上がる。
と、その視線の先で戦艦が至近弾を三発喰らって敢えなく四散した。
一瞬、艦橋が黄白色に包まれる。そして数秒後には何もなくなった空間を見つめたまま、力無く拳を下した。
「トウノ少尉、どうしたの?」
「あ、マナ少佐……」
微笑みながら近づいてきたマナ少佐が横に並ぶ。
にこやかに微笑んでくれる、そんなマナ少佐を見ていると、段々あたしの中の不安も恐怖も浄化されていく気がした。
「マナ少佐。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なあに?」
「マナ少佐は……その、初めて自分が作戦の重要な責務を担ったとき、どんな感じだったですか?」
マナ少佐は、あたしの質問に暫くモス・グリーンの瞳を大きく拡げていたけれど、やがて、くすりと笑った。