第五話:棋上演習(シミュレーション)
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あたしは光記憶片を端末ドライブに差し込み、それから操作盤を叩いて起動させる。暫くしてから会議用デスク中央にRS-7宙域周辺の立体型空間フォロビューが投影された。
「え……と、すでに作戦部から提出された地点につきまして、報告する意味を持ちませんので省略させていただきます。ただ、RS-9宙域敵軍後方、地点8-4-6が何故検索範囲に含まれたのかという理由にあたってのみ他の二地点の補足説明をさせていただきます」
あたしは、操作盤をたたいて情報部戦術コンピューターから情報連結させる。さらに作戦部のRS-7宙域図上演習ともリンクさせ、戦況と彼我の艦隊布陣図を重ねる。
「……これを見ますと、我が艦隊の先方部隊に敵軍がクサビを打つように突出してます。その上、後方に敵主力がいつでも戦線参加できる位置に布陣してます」
あたしは赤い光線を放つペンライトで立体型空間フォロビューの交戦宙域の一部を指す。
「この状況下で我が艦隊の後方部隊……つまり我らを前線投入したとなると、敵の考えられる次の行動は二つしかありません。我々の攻勢を恐れて撤退するか、あるいは我々の戦力逐次投入に呼応して主力を差し向けてくるか、でしょう」
「まあ、彼我の戦力差が圧倒的に開いてる以上、間違いなく後者だろうな……」
トクノ参謀長が独り言のようにぼやく。
あたしは無言で頷き、情報部アプリケーションソフトからファイルを開く。その情報を読み込んで立体型空間フォロビューに浮かんでいる彼我の艦隊布陣図がアニメーション化した。
「敵軍がRS-7宙域上で合流してきたとき……」
「ばかなっ!」
フクイケ少尉が立ち上がる。
「敵が戦場で合流するとでも? そんなことをしたら統制が取れぬまま密集してしまい、ただ我が軍の艦砲になぎ倒されるだけではないか! 謎の多い敵だが、貴様の稚拙な知能よりは優秀だと作戦部は認識している。敵は必ずRS-9宙域まで後退し、そこで主力と合流、我が軍に対し、再突入を敢行してくると決まってる!」
フクイケ少尉は何やら端末を操作し、立体型空間フォロビューに別の情報を代入したようだ。彼我の艦隊布陣図があたしの説明した内容と異なる動きをし始めた。
「敵が合流を果たそうするその間隙をぬって、ありったけの艦砲と光粒子魚雷を敵の先端部に打ち込んで、敵の足が鈍くなった隙を突いて地点7-0-3、あるいは地点3-3-2まで後退、しかる後に亜高速航行に入るっ! これこそが完璧の上策ですっ!」
……こ、こいつはっ!
自己陶酔に浸っているフクイケ少尉に心底嫌気がした。
こういう輩にはきちんと理論武装しないと。
あたしは気を取り直して説明を続けた。
「フクイケ少尉のご指摘ももっともですが……」
「当然であります」
……こいつ、殴ってもいいのかな?
震える右手を何とか左手で抑えつつ、再び気を取り直そうと必死に努めた。
「敵は我が軍の決定的な瓦解を誘うために、全予備艦艇を前線に投入して防御陣を突き崩しにかかるでしょう。さらに敵は我が軍が亜高速航行で戦線離脱をする機会を窺ってることを熟知してると考慮して間違いないでしょうから、間断ない攻撃を仕掛け、隙を与えぬままRS-7宙域で合流するのは明らかです」
あたしは素早く端末を操作する。
「仮に敵が陣形を再構成するために後退したとしても、迅速に対応して大攻勢をしかけてくる可能性は否定できません。そうなると情報用兵学理論上において、攻撃率、防御率ともに下回ってる我が軍は艦艇維持率を到底安定できず、その影響で亜高速航行に支障をきたす艦も増大します」
フクイケ少尉が代入した数値に、あたしは自分の数値を上書きした。そうすると、後方二地点まで後退したは良いものの、敵の大攻勢に追いつけず、亜高速航行に入れぬまま、我が艦隊の布陣図が崩れ、小さくなっていく様がアニメーション化される。
「さらに味方の艦艇が逐次、亜高速航行に入ってる間、敵の猛攻を食い止めなければなりませんが、戦力自乗の法則でもわかる通り、全滅です」
一瞬、艦隊司令部に、言い知れぬ動揺が起きる。
なんだかなぁ……。
あたしは気づかれないように嘆息した。