第二十四話:外周方面軍司令部
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近所の公園ではすでに梅が咲き始めました。春の到来ですね。ゆったりとした日和を楽しむ意味でもコロナ終息も切に願います。
※※ 24 ※※
(時間は十一時二十一分……。ま、間に合った)
あたしは上がった息を整えつつ、一階ロビーの電光掲示板を見て安堵の深呼吸を吐く。
「さあ、提督。外周方面軍司令部のオフィスへ向かいますよ」
と、呼びかけて振り向いて見れば、提督は肩で息をしながらその場で座り込んでいる。無理もないか。
新横須賀基地から市ヶ谷の宇宙軍省まで、将軍特権ってやつで管轄外のヘリを無理矢理飛ばし、そこから敷地内を走りっぱなしだったもんね。あたしだって、こういう土壇場は二度と御免だわ。
とはいえ、「自業自得だ」と提督を責める気にもなれないし、司令官と副官は一蓮托生だと思えば気も楽になるかな。
あたしは、そんなことを考えながら、再び提督に声を掛ける。
「提督、大丈夫ですか? 少し休みます?」
「いや、ははは……。大丈夫、大丈夫。しかしサユリ君はタフだねぇ」
「地球人の提督よりも、ソティス人のあたしの方が若い分、体力がありますから」
軽い冗談を放って、提督の手を掴んで持ち上げた。
「さて、これから僕は何をすればいいのかな」
提督は自分のお尻を叩きながら、あたしに晴れやかな口調で訊いた。
「はい。これより一一三〇時に外周方面軍司令部に出頭。そこで正式に艦艇と人員の指揮権引き渡し、並びに艦艇情報と人員名簿を受領いたします。その後、宇宙艦隊司令長官トヨタ元帥の許へ出頭し、本作戦の委任書と訓令を受けます」
「宇宙艦隊司令長官だって!?」
あたしの前を歩いていた提督の足が、急に止まった。
「それが何か」
あたしは訝しげに提督の横顔に視線を移すと、その鋭い目つきに驚いた。
いつもは溶けたアイスのように、とろ~んとした顔をしているのに、一体どうしたのだろう。まるで別人みたいで、ちょっと怖い。
「あのう、その……提督?」
普段と異なる提督の雰囲気にしどろもどろになりながら、驚きを隠せないでいると、提督自身も気が付いたのか「たはは」と頭を掻いて誤魔化す。
「ゴメン、何でもないよ。で、その後は?」
虚を突かれたあたしは、
「え、っと……その後は後方作戦本部第一課に行って作戦行動に必要な食糧、弾薬、その他の物資配給承諾書を発行して貰い、本日の予定は終了です」
歩き出す提督に少し遅れてスケジュール報告を再開した。提督は歩きながら身体を伸ばすという器用な動きで愚痴く。
「やれやれ、急に忙しくなったねェ……。今度の作戦、やっぱ辞めまーすッって言いたくなっちゃったよ」
「そんな勝手なことが許されるわけないでしょうッ。馬鹿なことを言わないで、もっと戦略とか、戦術とか色々と考えることがあるでしょうッ」
間抜けな答えに、あたしはぴしゃりと返した。厳しい副官としての助言に、馬耳東風な提督は緩み切った表情で大きな欠伸をする。
「馬鹿な事かねぇ……」
「馬鹿な事ですッ」
あたしは、きっぱりと言い放った。口元をむにゃむにゃとして、とろ~んとした目つきで視線は遠く、
「でも、戦えば味方から多くの死者が出るんだよ? 多分……敵も」
提督の要領を得ない会話に、いい加減焦れてきて耳たぶで綺麗に切り揃えた栗色の髪をガリガリと掻きむしる。
「それが戦争というもんなんですッ! それに今は戦時下。しかもグルーンエルデは陥落、シリウス星系は敵の勢力内。少将閣下ともあろう方が、しょーもないこと言わないで下さいッ」
外周方面軍司令部司令官室のドアをノックしようとする提督の前に立ち、
「ほら、そんなことより――」
あたしは結び目の歪んだネクタイに手を掛けた。
「サユリ君!? いいよ、このままで」
慌てて制しようとする提督の手を払って、
「いけませんッ。もっと身だしなみに気を付けて頂かないと部下はおろか、他の艦隊からも笑われてしまいます。これでよし! あんまり、あたしたちに恥をかかせないで下さいね」
丁寧に結び終えたあたしは、にっこりと微笑んだ。無言で頷く提督は赤らめた顔を隠すようにそっぽを向いてドアを叩く。
――コンコン。
「入りたまえ」
執務室のドアを二度叩くと、中から許可の声が漏れる。あたしは無造作に入ってゆく提督に続いて、遠慮深げに入室してびしっと敬礼した。
「お、来たか。今日も来なければ、こっちから出向いてやろうと思ってたところだ」
相好を崩して出迎えるクルスヤマ閣下の親しみのこもった軽いジョークに。提督は明るい笑顔で返す。
「閣下。お久しぶりです」
「ははは。閣下はやめてくれ。貴様も元気そうだな」
そして、そのまま客間のソファーに導きながら、意外にもクルスヤマ閣下ご自身が、提督の後ろに控えていたあたしにまで促してくださった。
「中尉、君を掛けたまえ」
恐縮の余りというか、驚きで狼狽えながら提督に視線を向ける。にこやかな笑顔をあたしに返した。
「はっ。それではお言葉に甘えて失礼させていただきます」
ぺこりとお辞儀して提督の隣に座った。その様子を穏やかな眼差しで眺めていた閣下は机に肘を付いて訊いてくる。
「どうだ、中尉。こいつの副官は大変だろう。色々と手間を掛けさせる奴だからな」
「い、いえ……そんなことは」
と、言いながらも提督には申し訳ないが心当たりが多すぎるので、つい陰鬱な気分になる。かと言って「その通りです」とお答えするわけにもいかず、適当に濁すと全てを得心したふうに声を上げて笑った。
「ははは。おい、クサカ。中尉も貴様のお世話は大変だと言ってるぞ。上官が部下に迷惑をかけてはいかんなァ」
閣下が提督を穏やかに睨んだ。頭を掻きつつ提督は、
「ホント中尉には気苦労をかけっぱなしで、何ともお詫びのしようがありません。実は先ほども司令部に出頭するまでの道すがら、ずっと説教を聞かされてまして」
あたしを見てぼやく。
「そっ、それは提督が規定義務を怠ってたからであって……って、申し訳ございませんッ」
思わず反論してしまったが、声を低く笑っている閣下の存在に気が付いて、頬を赤らめて俯いた。
(う~ん……いかんなァ)
どうも状況と場所を考えず先に口が出てしまう。RS-7宙域の撤退作戦の時、フクイケ少尉とやり合ったのもそうだった。案外、自分で思うより短気な性格なのかしら。
(そういえば……)
あたしは、ちらりと上目遣いで閣下を見た。
クルスヤマ閣下の第一印象は軍人精神一直線の硬い人だと思っていたけど、こんな気さくな人柄だったとは知らなかった。ヒクマ提督やトクノ参謀長もそうだったけど、公私の態度がまるで違っているのね。
逆にあたしも含めて、アホなフクイケ少尉や優しいマナ中佐は性格が明瞭なので、まだまだ職歴が短いということか。
ふと、隣を見れば提督が美味そうにコーヒーを啜っている。
(まあ、軍歴が長くても変わらない……っていうか例外な人もいるけどね)
取り留めもないことを考えている間に秘書官が持って来たらしく、あたしの前で芳香漂い、鼻腔を擽る。
せっかくだから、あたしも頂いちゃおう。




