第十九話:無名の艦隊
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万華鏡のように輝くマリンブルーの東京湾を眺めるのもつかの間、定期便の輸送機が有視界飛行状態の横須賀基地に緩やかに着陸した。
「あちぃー」
空調の効いた機内から、滑走路に降り立ったあたしは、エンジン熱と日差しで焼けたアスファルトの上で燻されながら、艦隊司令部を目指して歩き出した。
とはいえ、とてもつもなく広大な基地を、しかも地図に不案内なあたしは、何処から探したものだと、あれこれ思考を巡らしていると、丁度、駐機場の端を、ビニール袋を下げた男が歩いているのが見えた。
その軍人は、よっぽど暑いのか、上着はTシャツ一枚に宇宙軍のスラックス。
見るからに貧相でだらしない中年士官風だった。階級や所属はわからない。
頼りなさそうだけど、一応聞くだけ聞いてみるか……。
「あのぉ……」
「はあ、何か?」
男はあたしに視線を向ける。無精髭と、とろ~んとした目つきが、ますます声を掛けたことを後悔させた。
「あのぉ、貴官は第九独立分遣艦隊の司令部が何処にあるのか、ご存知ですか?」
「……?」
男は眼をパチクリさせる。
「あ、あの……、第九……」
「あ~、あ~」
突然、あたしの言葉を遮って奇声を上げ、ぽんっと手鼓を打つ。
どういう過程を経て、何を納得したのか、さっぱり理解できないけれど、思い当たる節があったらしい。
男は満面の笑みを湛えて語り始めたのね。
「久しぶりに真っ当な名前を聞いたから何処のことかと思ったよ。ははは、ついておいで、案内するから」
男は嬉しそうに口笛を吹きながら、歩き出した。
あたしは一瞬、あっけに取られてしまったが、見失わないよう急いで追いかける。
「あ、あの、ここに来るまでの間、色々な人に訊ねて回ったのですが、全員といっていいほど、第九独立分遣艦隊のことを知りませんでした。一体、どんなところなんですか?」
男に並んで歩くと、今まで一番疑問だったことを聞いてみた。何となくだけど、この中年士官なら知っていそうな気がしたからなのね。
しかし、あたしの質問が聞こえなかったのか、それともわざと無視したのか、どちらでも取れるような、にこやかな笑顔で前方を指差した。
「あれが司令部だよ」
その指先には築何十年なのか分からないほど、おんぼろな二階建て木造建築物。
艦隊名が書かれたプレートもなく、一見ただの倉庫にしか見えない。
ただ、玄関先に立っている前時代の遺物と言うべき赤錆びた郵便受けだけが、人の存在を健気に主張していた。
……へ? ここがホントに司令部!?




